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「土浦連続殺傷事件」―8,「家庭内囚人」となった子ども達

2013/08/05(Mon) Category : 少年犯罪・家族事件簿
【土浦連続殺傷事件】

★1)なぜ天敵である子どもを4人も作ったのか-------------------------

長男(真大)は父親から目の敵にされ、長女は母親と冷戦状態。男女の子どもの筆頭が、それぞれ両親から押さえ込まれています。ここで、母親と子ども達の関係を見る前に、子どもが天敵なのであれば、なぜ4人も作ったのでしょうか。(以下は体験から推定するものです)

存在不安の強い夫婦の場合、感情は受け付けませんが、一方で不安から逃げ続けるために「意識を向ける対象」を必要とします。パートナーは自分より先に死ぬかもしれません。その時に、「意識を向ける対象」がいなければ困るのです。

また、子どもも一人だけでは、その子がいなくなったときに困りますから、複数作ります。子ども達の内の誰かが自分に心配をかけてくれる問題児や、世話を焼かなければならない病弱児、障害児などになれば、一生その子に意識を向け続けることができますから、“そうなるように”仕向けていく親もいます。

実際に子どもを「生き人形」にしようとして失敗し(亡くし)、ターゲットを下の子に変えていく親もいます。このように書くと、そんな非人間的なことが・・・と思われるかもしれませんが、日常の中でよく見られるアクシデントやトラブルの形でなされていることなのです。

もっと言えば、孫まで手に入れようとする親も多々あります。その場合の息子や娘は、子どもを産む相手を釣るための釣り竿役です。結婚するしないを問わず妊娠し、その後離婚するしないを問わず、わが子(孫)を母親(祖母)にいろいろな形で提供することになります。




★2)子どもは親の望むルートで接点を得ようとする---------------------

一方の子ども達も、気持ちでは繋がれない親と、どうしたら接点を持つことができるのかを探っています。

お金というルートしかないと分かれば、例えばギャンブラーとなってお金の無心にいくことで親と接点を持とうとします(ギャンブラーの人すべてがそうだというわけではありません)。この場合、次のようなパラドックスがあります。
・表層:目的=ギャンブルしたい。手段=親に無心に行く
・深層:目的=無心という形での親とのコミュニケーション。手段=ギャンブル依存

つまり、表層意識はギャンブル依存で苦しんでいるのですが、お金をなくして親に無心に行くことが深層意識の「目的」ですので、「ギャンブルという手段を維持」しているのです。


例えば病気の時に世話してくれたという体験から、病弱な人生になりもします。この場合、“病気”がコミュニケーション手段なのです。それに気づいた方は、生まれついての病だらけの弱い人間と思いこんでいたのが、元気溌剌の本来の姿に戻られました。コミュニケーションをとるのに「病弱、病気という手段を維持」する必要がないことに気づいたからです。人は気づいてしまえば、無駄なことはしなくなりますので、勝手に健康になっていったわけですね。


兄弟がある場合は、同じカテゴリーのルートで競い合ったり、あるいは他の兄弟が取らない道で認められようとしたりします。

たとえば、コシノ三姉妹は前者のパターンですね。母親がファッション以外には目もくれなかったので、その母親に認めてもらいたいが故に長女と次女は競いました。その二人の間に入り込む余地がないため三女はソフトテニスで頑張り、大学時代には全国大会で優勝するほどのプレーヤーとなりましたが、やはりファッションの世界に参入しましたね。

「カーネーション」を見ていて、三女が「淋しい!」と言ってあっさりテニスの世界を捨てた場面が印象的でした。周りにどんなに認めてもらおうと、お母さんの眼中になければ空しいのでしょう。このように、子どもとは母親に認めてほしい存在なのです。




★3)「家庭内囚人」となった子ども達--------------------------------

「感情の墓場」である金川家に最初に生まれた真大は、1歳の時に腕を骨折しました。親からの何らかのネガティブフィードバックがあったのでしょう。“感情表現以外はない”のが赤ちゃん。その赤ちゃんに対して、両親から発せられているメッセージは「気持ちを表現するな」でした。

これまで見てきたように父親はキレることで子ども達を押さえつけていましたが、理由はどうあれそれを放置したということは、深層心理的に見ると、それをさせていたということなのです。つまり、父親を利用して「感情の墓場」を維持しているのは、そこに一番長時間居る母親です。

『「土浦両親姉惨殺事件」―4,子どもに現れる「家族カプセル」の病理』でもそうでしたね。母親の『澄子は逆に父親の拒絶を利用しました』。『澄子が「母子カプセル」から勝を出さないために父子カプセルを利用』していました。このように母親は自分のIC及び子ども達(外在化したIC)を抑圧するために父親を利用します。

それを子ども達は分かりますから、母親から認めてもらうために「気持ちを言わずに部屋にこもっておとなしくしている」ようになっていくわけです。

また、「気持ちを表現するな」=「コミュニケーションするな」ということですから、兄弟といえどコミュニケーションがとれなくなっていくわけです。こうして、子ども達はそれぞれが独房に閉じ込められた「囚人」となっていきました。

そのことが、妹たちの供述に現れていましたね。
たとえば長女が「(きょうだい)4人の仲は良くない」、「(家族に)関心がない」と言ったのは、翻訳すれば「兄弟が仲良くなってはいけない」「家族に関心を持ってはいけない」という禁止令の中にいることを表明しているわけです。


金川家の場合、子ども達は大きな赤ちゃん(夫婦)2人の子宮として存在させられました。「感情の墓場」としての家の中で、一人一人が「家庭内囚人」として個室(独房)に閉じこもり、その形態自体が人工子宮の子宮壁としての完成形だったわけです。



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裁く自分と裁かれる自分

自分が子供のときは、自分の家族がおかしいとはちっとも思っていませんでした。

三人兄弟のうち、姉と私が現在働けなくなっており、若い時に親に反抗ばかりしていた姉が、両親とは遠く離れて暮らしながらも、生活の面倒をみてもらっていることもあり、時々母と話すそうです。

その姉は現在私の天敵でもあるので、連絡を絶っているわけですが、たまたま電話で話したときにこう言っていました。

「昔から両親のことを、人間とは思えないのよ」

人間とはどういうものなのか...

「人間とはあたたかいもの」、「人間とは助け合うもの」、そういった定義が自分の中になかったのではないかと思います。

子どもの時に両親からたくさん裁かれて、気が付かないうちに他人も自分も裁いている。

今朝はそんな自分を感じています。

 
    
 
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