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「土浦連続殺傷事件」―20,クルミ

2013/08/27(Tue) Category : 少年犯罪・家族事件簿
【土浦連続殺傷事件】

弁護人 「先生が『遺言は』と聞くと被告は『クルミを残してほしい』と言った。『おまじないか』と聞くと、被告は『第2の創世のため』と答えている。被告の言葉は理解できましたか」
鑑定医 「自分の思想を表現したのかと…」



クルミってなんでしょうね・・・

人生脚本を生き抜いた真大は、ほんとうの自分(インナーチャイルド)で生きたことはありませんでした。固い殻の中にギュウギュウに閉じ込められたほんとうの自分―それを彼は感じていたのかもしれません。

けれどクルミの中身って、脳みそのような形をしていますね。思考で生き続けた真大は、心も脳にあると思っていたのでしょうか。

いずれにせよ、閉じ込めた自分を解放した第2の人生を歩みたかったのでしょう。


それは輪廻転生しなくても、人生脚本に気づき、それまでに創り上げてきた自分の鎧を壊して裸のあるがままの自分に戻り「第2の誕生」をすることができれば、現世で『第2の創世』をすることができたでしょう。

そこは、真大が望んだ「自由と責任」の世界です。それが、この同じ空間の中にも実在しているのです。その世界へと抜け出すのか、親のいる世界(胎内)に止まるのか、選択は自由―あなたの意志に任されています。

ただし、「第2の誕生」をするためには、「母親を守る脚本ちゃん」と「あるがままの自分で生きたい小さいちゃん」の壮絶なバトルがあります。「誰か助けて」と丸投げしていては、この内なるバトルを誰も助けることはできません。

自分が「助けて」という思いをかかえている小さいちゃんを救うために「助けて」と言葉にすることと、他人に助けを丸投げすることは全く別物です。自分で自分を救う決意をした人が、「助けて」と言葉にできるのです。

そして、「脚本ちゃん」と「小さいちゃん」の両方を自分が受け止める覚悟をしたときに、自分は自分という船の船長となり、その両チャイルドが自分のエンジンになっていくのです。




クルミって不思議ですね・・・

ハンマーでなければ割れないくらい固いものもあるのに、その殻を割って内側から芽が出てきます。それも瑞々しく柔らかい芽が。

外から破ることは困難でも、「芽」が出る決意をしたら、内側から破ることはそう難しくないのでしょう。固い殻は、その決意までの間を守りながらじっと待っているのでしょう。

そして、芽が出るためには冬の寒さを経験する必要があるそうです。その厳しい時期を乗り越えて内側から芽が伸びてくるのです。芽が出てから実がなるのは10年以上後。

なんだか、人の生き直しの過程とよく似ていますね・・・









思考の迷路に閉じこもっていないで

2次元の中に自分を閉じ込めていないで

歩きだそう



私もよく歩いたもんだ

自分が何ものか分からなくて、そわそわとして、居場所がなくて、
でも行くあてもなくて、でもいたたまれなくて、
「なぜ俺はこんな所をただ歩いてるんだ」とふと思いつつも足は止まらなくて、そういう日々を過ごした挙げ句、ついにヒッチハイクの旅に出てしまった。

世間のレールから外れた中での日本各地の気候風土との出逢い。
太陽の色の違い、風の匂いの違い。

流れ流れていく中での人との出逢い。
住み込みで働く場所場所で生きる人々の生き様

気持ちが動かなければ動けない。
雨が降り続けば雨宿りのまま動けない。
飛ばす道では車は止まりようがなく、ただ延々と歩き続けるのみ。
―感情、気候、システムによってどうしようもないときはどうしようもないこと。

潮目、タイミングの体得、時間概念の変化・・・・



歩いた日々、私は体で学んでいたと思う。

頭はいらない―せいぜい、このように記述するときに必要なくらい。





不登校になって以降、母親と二人きりで生活し、長い間引きこもっていた方がいた。お金もなく、外に出る気力どころか電話する力さえもなく、初めてお会いしたときはあたかも「幽霊」と「化石」のようだった。

なぜエネルギーを吸い取られ続けていたかというと、その方が母親に「変わってほしい」という期待を捨てきれなかったからだ。

その闘いの本質は、「お母さんに自分のことを分かってほしい」という子のエゴと、「不安からの逃走」だけのために生きているからこそ感情は一顧だにしない母親とのバトルだった。

実際にカウンセリングできたのは5年間で6回だけ。
けれど、繰り返し繰り返し絶望が襲ってくる日々を越えて、あるときから急速にどんどん元気になっていった。

それは、母親にどこか見切りをつけたこと。
そして何より、「自転車」という翼を手に入れてから。

とにかく自転車で走る。
夕日が綺麗だなぁと思ったら、夕日を追いかけてどこまでも行く。
そういう日々を1年ほど続けている内にどんどん元気になっていかれた・・・

うれしかった!




誰にでも、できることはある。
できることをしよう。

そのうち、
身じろぎしない化石が自転車をかっ飛ばすという“奇跡”が起こる




犬も歩けば棒に当たる

あなたには足がある



化石のようなクルミの殻の中に瑞々しい芽がある



堅いクルミの扉をあけて外に出よう。

そして、

歩いてみよう







ランクヘッド 「白い声」
http://nicoviewer.net/sm3168030







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>私もよく歩いたもんだ
>歩いてみよう

そして歩いた先に思い込みの悪魔である金川登場で首刺されて殺されます。もし深夜にヒキの日課?であるジョギング(体作り)をするなら徐悪こと竹井に刺し殺されます。そんなの堪ったものではないですね。

確か福知山の脱線事故で亡くなった一人でこんな人がいました。その人は以前に決して軽くはない事故に遭ったそうですが賢明にリハビリをしたらしいです。疎覚えなのでハッキリしませんが社会復帰して1年も経っていなかったように思えます。本人の奮闘はエピソードとして紹介されたから意味があったものの紹介されなかったらほぼ無意味だったのではないだろうか?と思います。何なのでしょう?結局は死にゆく命。頑張って意味なんてあるのでしょうか?・・・・・・こう書くこと自体に意味があるようには思えませんが・・・・まあ人間(自分)は弱い生き物ですので書かずにはいられないという次第です。

 

がんばった

もう14年くらい暗闇を彷徨ってます。長い長い14年でした先生。死にたいと思うとき何回もあったし高校時代何回もマンションの屋上に無意識にのぼっていました。でも少しづつ自分の人生を取り戻してる気がします。

まだまだですけど、時々どこからともなく大粒の涙があふれ、どこからともなく激しい憎悪で身体をよじり、これが心の闘いってやつでしょうか先生。

よく今まで生きてきました、本当に本当に。がんばったねです自分に。

 

頭で生きると、体で感じることが不快なことばかりに思えてつらい。
でも、体で感じれば先に進める。

母は、気持ちを受け止めることが苦手な人。私もそう。お互いに傷つけ合いながら無視をし続ける。

私は変わりたいの。私の人生を生きたいの。
人の気持ちを受け取れる人になりたいの。
あと半分残っている私の人生は私に頂戴、

 
    
 
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