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「ひろしま 石内都・遺されたものたち」~向き合い方への示唆

2013/09/10(Tue) Category : 映画
渋谷アップリンクで「ひろしま 石内都・遺されたものたち」を見てきました。

写真家・石内都さんが広島原爆で残された遺品を撮り続けていますが、その写真展が2011年10月、カナダはバンクーバーのブリティッシュコロンビア大学(UBC:The University of British Columbia)内にあるにあるMOA(人類学博物館)で開催されました。

映画は、その写真展開催までの過程と来場者の感想で構成されたドキュメンタリーです。写真展をじっくりと眺める―そのように構成されている部分もありますので、退屈に感じる人がいるかもしれません。以下はトークショーも含めた感想及び、この映画を機に調べ気づいたことです。



★米人監督リンダ・ホーグランドのトラウマ----------------------------

宣教師の娘として京都に生まれ、山口、愛媛の小中学校に通ったリンダは、クラスでただ一人のアメリカ人でした。原爆の授業の時、40人のクラスメートは、一斉に振り返りリンダを見つめました。

『クラスメートの無言の不信から逃れ、二度と顔を合わすことがないように、机の下に穴を掘りたくてたまらなかった』というリンダは、『私の祖国は許されないことをした』というトラウマを抱え込んでしまいました。

初監督作品「ANPO」が広島の人たちに歓迎されたことが、『私の肩から重荷を下ろしてくれました』。そして、冷静に北米人に向けて原爆の映画を撮ることができました。
【監督インタビューより】

なぜ、アメリカ人に問うかというと、『アメリカには正義のためなら人を殺してもいいという神話がある』から。『アメリカではどんなにリベラルな人でも、広島、そして戦争についての正面玄関は閉じられています。だから私は勝手口を探すしかありませんでした。正義のために人を殺すべきだという幻想はロジックではない。だからこちらも理屈じゃないもので対抗するしかないのです』『その根深い神話と戦うには"美しいワンピース"しかなかった。』
【監督Q&Aより】




★カナダと原爆とデネ―族---------------------------------------------

映画はアメリカ人をターゲットにしていますが、写真展が開催されたのはカナダ。カナダと原爆の関係はいまだ精算されていないようです。
忘れられたヒロシマ――原爆開発に果たしたカナダの役割(ヴィクトリア大学歴史学部准教授ジョン・プライス)

『ウラン採掘の段階から世界の先住民族は核被害を受け続けている』によれば『世界で2,050回以上行われた核実験は、全て先住民族の土地で行われてきました』。『ウラン採掘、核実験、さらに核廃棄物を捨てるところも先住民の土地が選ばれて』核を持つ国が世界を支配しています。

グランドキャニオンに行く際に必ず通るキャメロンという小さい村があるそうです。その村の後ろ側には使わないウラン鉱石が捨てられていて砂漠の砂と見分けがつかなくなっているそうです。そこはナバホインディアンの居留地。その居留地には至るところにウランのゴミが捨てられていて、放牧されている羊は放射能汚染された草を食べ、その肉を食べる子供達に体内被曝の障害が出ているそうです。

ナバホの正式部族名はディネ。カナダにはデネー族という兄弟部族がいます。彼らは危険なものだと知らされずに採掘し癌になっていくわけですが、そのデネー族の人々が採掘したウランが広島・長﨑の原爆に使われたことを知って、彼らは日本に正式に謝罪したのです。

映画でそのことを知ってびっくりしました。
原爆を落とした張本人であるアメリカが、いまだに落としたことを謝罪するどころか正当性を主張しており、カナダも曖昧にしたままなのに、何も知らされず自らも被爆したデネー族の人々が謝罪したのです。

同じ苦しみを共有したからこそでもあったでしょうが、それにしても、
デネー族の民度の高さ、精神性の高さに頭が下がりました。




★デネ―族の魂と大和魂が出逢った意味--------------------------------

MOAは、デネー族の作った巨大なトーテムポールを展示できるように作られているユニークな建物でした。石内さんは、トーテムポールを魂の塊のように感じたそうです。一方で、衣類などの繊細な遺品に残された魂。

遺されたモノ同士が出逢います。
トーテムポールと遺品の間をつなぐモノは「原子爆弾」です。
トーテムポールと遺品の所持者は、双方とも平和に生活を営んでいた人々です。

原爆を操る者どもが、北米大陸と日本列島に平和に住む人々の生活と文化を破壊し、土地を不毛にし、未来に渡って汚染し続けているのです。


けれど、デネ―族の魂と大和魂がこの地で出逢ったことに意味があると思いました。アメリカを挟み撃ちにしたわけですね。




★頭でっかちを包囲する上での距離感----------------------------------

アメリカを挟み撃ちにするに当たって、監督リンダ、写真家石内、来場者カナダ人―それぞれの「距離感」と冷静さがとても大切だと思いました。

リンダ監督は、
『たぶんトラウマから抜けていなかったら、これは撮れなかったかもしれない。抜けて冷静になって、じゃあ他の人にもどうやって広島と向き合えるかという手段として、石内さんの作品と私の映画が作れたんだと思います』

アメリカ人とカナダ人については、
『カナダはアメリカじゃないですから。根本的に違いますよ。映画に登場するジョン・オブライアン教授も、アメリカにはああいう冷静に、カナダも原爆に加担していた、ということを知的に話してくれる先生はなかなかいないんです』
『(アメリカにもリベラルな人はいるが)アメリカが悪かったとは言うんですけれど、その主張があんなに静かではないんです。ガンガンお説教するみたいな感じ。アメリカのなかでそういう人々は居場所がないんです。』
【いずれも監督インタビューより】


そして、311の時広島で撮影していた石内さんは、福島のことは遠い出来事に感じた。
『「この距離感があることをきちんと認識しなければいけないと思いました。人の傷は絶対分からないんだっていうことを、私はとても認識して(東京に)帰ってきました。分からないってことをちゃんと意識しなければいけない。中途半端に分かるなんてことはあり得ない」
それは東京にとって広島が遠い存在であることをも意味する。
「だから広島(の原爆のこと)にしても、私は関東だから、遠い事件だったんです」』
【石内都インタビューより】


まず相手は絶対に分からないという距離感を認識し、距離感を保てる人々が協力して作品を作ったこと。及び、アメリカ人よりも素直に気持ちを話すことのできる白人であるカナダ人を登場させたこと―これらのことは、アメリカという理性原理主義のIPのお化けのような国を相手にする場合、とても大切だと思いました。

既にエンプティチェアを体験されている相談者の方は実感されていると思いますが、ごついIPお化けの下に隠れているのは、怯えたチャイルドだからです。アメリカは、恐らく世界で最も怯えた国なのだろうと思います。
【ご参考】「アバター」-生命の自然に還る“人生脚本書きかえ”の物語




★見た人が自分で完成させる映画--------------------------------------

上映後のトークショーの中で、蔵真墨さんが「見た人が自分で完成させる映画」だということを述べられていました。確かに。

私は、被爆者の描いた絵を見ていましたので、どのような衣類を展示するのか興味がありました。
というのも、電車から降りようとした姿のまま黒焦げになっていたり、全裸で真っ赤に火ぶくれしたまま憤怒の形相で亡くなっていたり、暗闇の中から青白い火に包まれた女性が倒れかかってきたり・・・

衣類が残っているとは思えませんでしたし、残っているとしても、どれほどのものが伝えられるのだろうという思いでした。けれど、「幽霊に囲まれている気分だ」という来場者のコメントを聞いて、なるほどと思いました。

また、もんぺの下などにワンピースを着たりして隠れたおしゃれをしていたから残った衣類もあるとのこと。それを聞いて、庶民の、女性達のしなやかさとたくましさに希望を見た思いでした。

おしゃれをすれば非国民と言われ、言論統制厳しい時代―その時代にあって密かにおしゃれをしていた勇気。原発や放射能、TPPをはじめとして言論統制が厳しいのは今も変わりません。その私達が、遺品から勇気をもらった思いです。

私は、被爆者の絵とトークショーでの隠れたおしゃれの話を聞いて、この映画を完成させることができました。できれば、外国の人にも、通り一遍ではなく深く感じてほしい。そのためには、誘導的かもしれませんが、遺品写真の展示と被爆者の絵の展示を併設してほしい―そういう提案もさせていただきました。すると、国内では、そういう試みもあったそうですね。

いきなりアメリカではなく、北欧やヨーロッパあたりから、併設展示などを進めてほしいものです。外堀を埋めましょう。




★遺品を通して続ける母親との対話-----------------------------------

野村恵子さんが、とても自然体な石内さんの写真の撮り方について話をされていました。広島の遺品を撮ることは、石内さんのライフワークになっているそうです。

石内さんは母親に反発をし続けていて、会うと喧嘩ばかりなので会話がなかったそうです。父親が亡くなったとき、そろそろ母親と話をしようかと思っていた矢先、母親が亡くなりました。悔いが残ったことだろうと思います。

そこから、母親が遺した下着など、遺品との対話が始まりました。

なるほど、石内さんが広島と向き合うとき、「原爆」という政治的で巨大なものと向き合うのではなく、個々の遺品(人)と対話している原点はここにあるのかと思いました。

石内さんは、母親との対話を続けているんだ―そう感じました。


カウンセリングを通してつくづく思うことは、
親が生きていても亡くなっていても、
どの人も皆、親との対話を続けながら生きているなぁ、ということ。

それが、日々の営みの中に隠れています。


戦争も、化学兵器も、原爆も、原発も、いらないでしょう?





-------------------------------------------------------------------
この10年で、リンダさんはどんどん明るく元気になっていったと、トークショーのお二人が話されていました。

原体験から逃げず、それと向き合って克服していくこと。
それが、新たな人生を切り開くものであることを教えてくれています。

下記の記事も面白いです。
映像翻訳家 リンダ・ホーグランドさん「日本人になりたかった私」






【ひろしま~石内都・遺されたものたち~】




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カナダ

ブリティッシュコロンビア大学も、ヴィクトリア大学も母校なので、このように取り上げらているのが嬉しく感じました。確かにカナダ人は、冷静な感じがあると思います。
インディアンの方がウランを採掘して、日本に謝罪したとは知らなかったので、驚きました。

 
    
 
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