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リアリティとは(2)-「レッテル貼り」が不幸を呼ぶ

2005/10/06(Thu) Category : 見方・考え方・価値観-パラダイム
にゃむり氏やKIT氏も参加されている『自治体職員有志の会』というのがある。会員数:389名(47都道府県197自治体)と言うからすごいネットワーク。

熱くて篤い日記が掲載されている。中に拙著の感想があった。3回にわたって書かれている!熱い!!
その方(男性)は、なんと育児休業中とのこと。これまた、すごい。

『恐いのが、一度このような世界観を確立してしまうと、世界観に合う事だけを受け入れ、それ以外は受け付けなくなるということです』
というピックアップがあったので、リアル・パート2いってみよう。




前回、経験から理解できるようになることがあるという話を書いた。
今回は、経験しても身にならない話を書いてみよう。

自分が思う自分のイメージのことを「自己概念」と言う。
いわば、自分に対するレッテル貼りである。
レッテル貼りは解釈を固定化する作用がある。

たとえば「自分は嫌われ者だ」という自己概念を持つ人は、いろんなできごとを自分が嫌われているからという理由に結びつけて解釈する。この時、自分が好かれている事実は無意識の内に外されるか、巧妙に嫌われている理由にすりかえられる。こうして、ますます自己概念を強化していくことになるが、これを「自己概念の循環効果」と言う。

簡単に言えば、思い込み。
ABC理論のエリス流に言えば「間違った信念」。

自分はガンだと思い込んだ患者などもその例の一つだ。
あらゆる症状をガンに結び付けて考え、ガンであること“確信”していく。そして、医者に行き、医者が違うと言っても「やっぱりガンだから本当のこと言えないんだ」と、それさえも“材料”にして確信を強化していく。そして、「あなたはガンです」と言ってくれる医者に出会うまで医者巡りを続けることになる。



-------------------------------
この「レッテル貼り」は、自分に対してと同様、他人に対してもいとも簡単にやりがちだ。
「あの人は怪しい」と思い込むと、その人がやることなすこと怪しく見えるようになる。いわゆる「疑心暗鬼」というやつで、映画のモチーフになりやすい。
「あの人は身勝手だ」と思い込むと、その人がやることなすこと「自己中で身勝手」な行動に思えて、いちいち腹が立つようになる。
「あの人は自分に嫌がらせしている」と思い込むと、その人がやることなすこと自分に対する嫌がらせに思えてしまう。昨今の近隣住民トラブルは、こういう「思い込み」が根っこにあるのではないかと思う。

狐のゴンは、「イタズラ狐」とレッテルを貼られてしまい撃たれてしまった。
小さい頃、かわいそうでかわいそうで、ボロボロ泣いた。



-------------------------------
結局、レッテル貼りをしがちな人は、事実の持つ多様な側面を洞察できなくなる。頑固で平板な人生を歩むことになる。
困るのは、周囲を巻き込んでしまう場合があることだ。

人間は反射する。
こちらが目を大きく開けば、相手も大きく開く。あくびもよく伝染するよね。
レッテルを貼られた人間は、その人の前ではそのレッテルのとおりに行動するようになる。

そうでなければ、貝になる。
前回、父親の前で口を紡ぐ子どもたちの例を書いた。
何を言っても、一方的な答えしか期待できない場合、子どもたちは言うのをあきらめる。この時、父親は子どもたちから逆レッテルを貼られている。



-------------------------------
人間は成長する。それと共に、関係性は常に変化している。固定化しているものなどない。
万物は流転する。その真理の中で、なにかを“固定化”しようとすると、不幸を呼ぶことになる。
不幸を呼んでいるのは、他ならぬ自分であることに気づいてほしい。

難しいけどね…。
でも、気づかなければゴンが浮かばれない。






第6部 制圧-1、叩く正義を得るためのレッテル貼り

認識世界を守る闘い―防衛機制vs防衛機制

押しつけのパラドックス(3)―親の望みと正反対の子供が育つわけ




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父子関係

水隅さん、コメントありがとうございます。
私も、中学の頃から父親と口をきかなくなり、まぁ、普通に話が出来るようになったのは45歳を越えた頃からでした。

39歳のときに自分の半生を棚卸しして本1冊分書き上げました。それを実家に送りましたが、それから数年後に、退職を迎えて暇になった父が読みました。
その話を母から聞いた時に、わだかまりが取れたような気がしました。

やはり、きちんと受け止めてほしかったのでしょう。
一方の、父も定年を迎えるまでは振り返る余裕がなかったのかもしれません。

伝えたいこと、受け止めてほしいことをきちんと伝えることができるまで、時を待ちましょう。諦めたら、そこで終わりです。

 

僕も父親とは、まともに話せません。

もういい年ですが、僕も未だに父親とは絶対にホンネでぶつかり合うことはできないだろう、という諦念を持ち続けています。

僕には歳の離れた弟がいるのですが、彼が父親と思いっきり言い合いしているのを見て、何ともうらやましく思います。

 
    
 
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