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311東日本大震災の爪痕―3.なにもない浜(室戸島)

2013/12/27(Fri) Category : 地震・災害・脱原発
松島に宿泊した翌日、室戸島に行ってみました。
天然の防波堤(島々)に守られた松島と異なり、外海に面した大浜、月浜などは壊滅的な被害を被りました。

宮城県奥松島室戸島
宮城県奥松島室戸島 posted by (C)Hide


★宮城県奥松島パークライン---------------------------------------

外海に面した27号奥松島パークラインを室戸島に向かって走りました。
下図の2カ所で車を止めてビデオを撮りました。

宮城県奥松島
宮城県奥松島 posted by (C)Hide


震災前の写真がありました。整備された道路にきれいな松並木です。
野蒜海岸付近とありますから、ちょうどビデオを撮った辺りでしょうか。

震災前の奥松島観光案内図がありました。

上図の現在地と書かれている緑のエリアが水没しています。

奥松島パークラインー1.水没した内陸部
奥松島パークラインー1.水没した内陸部 posted by (C)Hide

奥松島パークラインー2.水没した内陸部
奥松島パークラインー2.水没した内陸部 posted by (C)Hide


取り残された道路。

奥松島パークラインー3.水没した内陸に残された一本道
奥松島パークラインー3.水没した内陸に残された一本道 posted by (C)Hide


室戸島に入る入り口に鉄骨むき出しの建物がありました。
2年前の写真が下記にありました。
2011.7.10―室戸島松ヶ島橋周辺


2年後の現在は、このようになっています。

奥松島パークラインー4.室戸島入り口の廃屋
奥松島パークラインー4.室戸島入り口の廃屋 posted by (C)Hide

奥松島パークラインー5.室戸島入り口の廃屋
奥松島パークラインー5.室戸島入り口の廃屋 posted by (C)Hide







★宮城県宮戸島:大浜---------------------------------------------

大浜に向かいました。
震災後2011.5の写真がありました。

2年後の現在。

311津波2年後:奥松島室戸島 大浜1
311津波2年後:奥松島室戸島 大浜1 posted by (C)Hide


浜にも陸地にも何もありませんでした。
ただトラックが行き交い、台形に盛り土された造成地が並んでいました。

陸の孤島を象徴するかのように、ぽつんと岩がたたずみ

311津波2年後:奥松島室戸島 大浜2
311津波2年後:奥松島室戸島 大浜2 posted by (C)Hide


その後ろに壊れたままの残骸が置き去りにされていました。

311津波2年後:奥松島室戸島 大浜3
311津波2年後:奥松島室戸島 大浜3 posted by (C)Hide


震災直後の大浜の映像がありました。






★宮城県宮戸島:月浜---------------------------------------------

月浜に向かいました。
2006年の写真がありました。


震災2年後の現在です。

311津波2年後:奥松島室戸島 月浜1
311津波2年後:奥松島室戸島 月浜1 posted by (C)Hide


「歓迎の門」の右下にポッカリ穴が開いていますね。
そこから下記のような民宿街が広がっていたはずですが、今は更地です。

311津波2年後:奥松島室戸島 月浜2
311津波2年後:奥松島室戸島 月浜2 posted by (C)Hide

311津波2年後:奥松島室戸島 月浜5
311津波2年後:奥松島室戸島 月浜5 posted by (C)Hide


震災直後の月浜の映像がありました。






★仮設住宅------------------------------------------------------

門を入ってすぐ左に仮設住宅が建っていました。

311津波2年後:奥松島室戸島 月浜3
311津波2年後:奥松島室戸島 月浜3 posted by (C)Hide

311津波2年後:奥松島室戸島 月浜4
311津波2年後:奥松島室戸島 月浜4 posted by (C)Hide


小学校高学年くらいの子が自転車で帰ってきました。
どんなことがあっても、生活は続いていきます。
こんな狭いところで暮らすのは、ストレスも大きいことと思います。

震災は人のせいではありません。
人の努力を超えたところにあります。

ならば、被災した人々を守るのが国の役割でしょう。
他を急いだり、他に金をかけたり・・・することがあるの?


1993年(平成5年)の奥尻島の津波を思い出します。
確かあのとき、国による保障がなくて「なんのための国なのか?」と疑問を持ったことを覚えています。

そして、その後の社会を観察していて、国を信用しなくなった人々が、あの頃からお金を使わなくなっていったように思います。「経済」は「信用」が大前提ですから、信用を失えば経済の血液(金)も循環しなくなり、失速していくことになります。そして、タンスにしまい込まれているお金を狙って、オレオレ詐欺が1999年頃から頻発し始めたのです。

国が国民を裏切ったことから、不信の因果が巡っているようです。




★震災関連死----------------------------------------------------

震災関連死が、災害による直接の死者数を上回ったそうです。
【12月17日毎日新聞】

震災関連死とは、『震災後の混乱で適切な治療が受けられなかった人が病状を悪化させたり、避難生活の中で発病したりした人、心のバランスを崩し、自殺した人など』

『現在の生活環境を改善させることが必要だ』と福留邦洋准教授(東北工業大地域防災)と述べられていますが、国は足下をしっかりと立て直すことよりも、秘密保護だの、オリンピックだの、意味のない防潮堤だの、ハコに閉じ込めることや、ハコを作ることで無理くり経済を回そうとしているかのようです。

国が国民に思いやりを持つなら、「愛国心」などという言葉をわざわざ法律に入れなくても、国民は国を守るでしょう。そして、生活に安心するなら、お金を使って経済も勝手に回るでしょう。

けれど、
郷土を破壊する国を、
大切に守り育ててきた土や水を汚染する国を、
そして破壊しながらそっぽを向いている国を、
誰が信用するのでしょうか。

その上、こういうことを書けば「テロ」と見なされるのでしょうか。




----------------------------------------------------------------
浜に出ました。
かつての賑わった月浜の写真がありました。

今はひっそりとたたずんでいます。

311津波2年後:奥松島室戸島 月浜6
311津波2年後:奥松島室戸島 月浜6 posted by (C)Hide

311津波2年後:奥松島室戸島 月浜7
311津波2年後:奥松島室戸島 月浜7 posted by (C)Hide







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