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【縄文vs弥生】7.俘囚の上頭・奥州藤原氏と黄金の国ジパング

2014/01/21(Tue) Category : 神社・寺・城・歴史
【縄文vs弥生】

★まつろわぬ者達の「繁栄のタワー」藤原清衡----------------------

前九年の役で処刑された藤原経清という安倍氏の重臣がいました。経清の父頼遠は下総国住人であり、その後陸奥に移住しています。祖父藤原正頼が従五位下であるにもかかわらず、父頼遠が無官であったということは、頼遠が俘囚との混血であった可能性を示しています。

つまり頼遠は、平将門と同じように親族からも差別を受け、自らの道を切り開くために“母方の故郷”である東北に移住したのかもしれません。頼遠は奥州で有力豪族となり、その子経清は俘囚長・安倍氏の娘を娶って清衡をもうけます。

しかし、前九年の役で藤原経清は処刑されました。このとき、清原氏がその妻と子清衡を迎えます。が、後三年の役で清原氏は滅び、清衡が清原氏の所領を継承することになりました。このとき、清衡は実父である藤原氏の姓に戻し藤原清衡を名乗りました。

つまり、安倍氏の重臣の息子藤原清衡が陸奥と出羽のすべてを支配することになったのです(1087年)。これが奥州藤原氏の繁栄の始まりです。


下総俘囚との混血であった可能性のある父と俘囚長安倍一族の母を持ち、俘囚主清原氏の養子となった藤原清衡。まさに、陸奥・出羽・下総の俘囚の結節点としての人物でした。

俘囚との混血である平将門が、虐げられた者、まつろわぬ者達の「怨念のタワー」であったとすれば、
俘囚との混血である藤原清衡は、まつろわぬ者達の「繁栄のタワー」だったのかもしれません。




奥州(藤原氏)経済圏------------------------------------------

藤原清衡は中尊寺を作るときに「(中尊寺)落慶供養願文」(1126年)に次のように書いているそうです。

「自分は東夷の遠酋(おんしゅう)である。」
「自分は俘囚の上頭に居り、出羽・陸奥をはじめとして粛慎・挹婁にいたるまでがなびき従い、三十余年の間歳貢の勤を間違いなく果たしてきた」

さて、『粛慎・挹婁』ってどこでしょう?
北海道の方にそういう地名があったのかと思いましたが、なんとここ↓

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粛慎(みしはせ)、挹婁(ゆうろう)とは、中国東北地方~ロシア沿海地方に住んでいたツングース系狩猟民族のこと。部族ごとに山や谷に住み、狩猟の他、農耕や養豚も行っていたそうです。

544年には、“佐渡島の北の海岸に船に乗って粛慎人が来ており、春夏は魚をとって食料にしている。島民はオニと言って、粛慎人に近づかない”という越の国からの報告があるそうです。

658年には、“越の国守が粛慎を討って、生きているヒグマ2匹とヒグマの皮70枚を献上した”という記録があります。

縄文人のグローバルな航海能力を思えば、奥州が粛慎、挹婁と交易し、従えていたとしてもなんの不思議もありません。蝦夷(北海道)、粛慎、挹婁含めて縄文的経済圏ができあがっていたのでしょう。

何しろ、古代出雲の時代に既に日本海交易圏があったわけですから、日本海は庭みたいなものです。粛慎人が佐渡島に来たり、越の国守が北海道や大陸でヒグマを捕ってきたりしたこともあったのでしょう。




★京(首都)をしのぐ勢いの平泉---------------------------------

そして、二代基衡は「匈奴」「奥のえびす」と呼ばれ、三代秀衡も「奥州の戎狄」と称され、四代泰衡にいたる百年(1087-1189)の栄華を誇り、平泉は平安京に次ぐ日本第二の都市となりました。弥生+縄文パワーの炸裂を見る思いですね。

藤原清衡は仏国土をこの世に顕すべく多くの寺を作りました。また、東大寺・興福寺・延暦寺・園城寺の四大寺の他、中国の天台山にまで多くの砂金を寄付しています。その黄金文化の象徴が中尊寺金色堂(1124)。阿弥陀堂を総金箔で作ったのです。

その子基衡も父を超えるべく壮大な毛越寺(もうつうじ)を再興(中尊寺は寺塔四十余、禅坊三百余。毛越寺は寺塔四十余、禅坊は五百余)。
もともとは、清和天皇の「北門擁護の御願寺たるべし」という詔勅を受けて円仁が興した寺。

基衡は、本尊とする薬師如来の制作を京の仏師・雲慶に依頼。制作3年間の間、金100両、馬50頭、アザラシの皮60余枚、鷲の羽100、白布3000反、絹1000疋、希婦細布(けふのせばぬの)2000反、信夫毛地摺(しのぶもちずり)1000反などを送り続け『蟻の行列』のようだったそうですから、その情熱と財力は並々ならぬものがあります。朝廷でも評判になったことでしょう。

しかし、薬師如来像のあまりの見事さに鳥羽上皇は色をなし、京から持ち出すことを禁じたそうです。元々「征夷」すべき朝敵の地。そこが京を上回っては面目も立たないのでしょう。

基衡は七日七夜飲食を絶って祈願し、関白藤原忠通(ただみち)に嘆願し説得してもらって、なんとか許可を得たそうです。天皇勅願寺の再興ですから、朝廷も文句は言えなかったのではないでしょうか。

完成した毛越寺中心伽藍は、『金銀を鏤(ちりば)め 紫檀・赤木等を継ぎ 万宝を尽くし 衆色を交ふ 霊場の荘厳はわが朝無双』と「吾妻鏡」に書かれているそうです。現在は、その跡形もありません。
金堂円隆寺跡

芭蕉が平泉を訪れたときに詠んだ句が染み入ります。


「夏草や兵どもが夢の跡」


現在は、境内は国の特別史跡、庭園は特別名勝に指定され、平泉は世界文化遺産となりました。縄文+弥生融合の文化が世界遺産となったのです。

2003年には、円仁が開山した平泉中尊寺、平泉毛越寺、松島瑞巌寺、山形立石寺の四寺で「四寺廻廊」という巡礼コースが設定されました。




★黄金の国「ジパング」とは奥州(平泉)のこと?----------------------

ところで、「東方見聞録」で日本のことが「黄金の国」と紹介され、ロマンを呼び込んで大航海時代を招来したことは有名ですね。書いたのは、1271年~24年間にわたってアジアを旅したマルコポーロ。元のクビライに謁見し、役人となっています。

「東方見聞録」にはジパングのことが次のように書かれているそうです。
『莫大な金を産出し、宮殿や民家は黄金でできているなど、財宝に溢れている。人々は偶像崇拝者で外見がよく、礼儀正しいが、人肉を食べる習慣がある』

『モンゴルのクビライがジパングを征服するため軍を送ったが、暴風で船団が壊滅した。生き残り、島に取り残された兵士たちは、ジパングの兵士たちが留守にした隙にジパングの都を占領して抵抗したが、この国で暮らすことを認める条件で和睦して、ジパングに住み着いたという話である』

クビライによる二度の元寇(1274、1281)のことも書かれていますし、クビライがマルコポーロの帰国を止めたそうですから、親しく拝謁していたのでしょう。

元の日本観も「東の奥洲」で黄金を産出し、「西の別島」で白銀を産出するとあったそうですから、元自体が日本を黄金の国と見なしていたことがわかります。交易を通じ、粛慎・挹婁の民族を通じ、天台山に寄付した砂金などを通じて、奥洲の名が元に鳴り響いていたことは想像に難くありません。

中尊寺、毛越寺という光り輝く大伽藍を持つ大都市平泉が、黄金の国ジパングの象徴だったのではないでしょうか。



<続く>



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十神山

 さすが、国産特殊鋼のDNA、出雲である。

 

古代島根の鼓動

なんの策もないまま戦争の泥沼にはまり込んでしまった大日本帝国ではなく、無条件降伏という屈辱からはじまる戦後日本でもない。
ふたつの時代にふれたからこそ、私の脳裏にうかぶ国がある。
四海に囲まれ独立し力に満ちたその国は間違いなく我々の眼前に存在する。
それが黄金の国ジパングだ。

 
    
 
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