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エンプティチェアで見えた脳内母親の正体

2014/02/28(Fri) Category : 自律(自由と責任)への道
【家族ロールプレイ(20140125)の感想】番外
(以下は、許可を得て掲載させていただきました)

1.言葉にすることでほとばしった気持ち-----------------------------------

相談者の方(Aさんとします)が、家族ロールプレイのワークショップに「私も参加したかった」と言われました。家族ロールプレイの感想を読まれて、その気持ちがつのったようです。

けれど、そう言ったすぐ後に言葉が続きます。「でも、子供どうしよう」「できなそうで悔しい」―自ら蓋をしようとされているのです。

ちなみに、「でも、子供どうしよう」で“子供がいるからできないでしょ”とICに言い訳し、「できなそうで悔しい」でIPに“私はしないよ”と誓っているわけです。

ともあれ先を急がずに、「参加したかった」という気持ちが「今」あるわけですから、そこで立ち止まって、その今の気持ちをどんどん言葉にしていただきました。すると、後から後から言葉が出てきました―

そこに行ってみたい。
悔しい。
行きたい。
やってみたい。
話がしたい。
いろんな事を感じてみたい。
参加したい。参加したい。参加したい・・・・
(もう泣きながら言われています)

懇親会も、カラオケも、全部。
何も気にしないで楽しみたい。
途中でなんか帰りたくない。
いろんな話がしたい。
楽しみたい。
寂しい。
行ってみたい。行ってみたい。行ってみたいよー・・・・・




2.体験→実感→自覚→行動-------------------------------------------

そのうち、「行ってみたいのに」―“のに”が出ました。
(感情が出たので、すかさずIPの逆襲が始まったようです)

・保育に預けるのは嫌だ。
・友人に預けるには時間が長すぎる。
・実家には預けちゃいけない気がする・・
できない理由を次々に挙げて、ICの希望の道を塞ぎ始めました。

たとえば、なぜ保育に預けるのが“嫌”なのかを訊ねると、「子を犠牲にして自分のわがままを通そうとしている」と、一見もっともらしい理屈をIPが言ってきます。(IPは身につけたあらゆる知識を利用します)

ここで確認してみました。
あれほど「行ってみたい」と言っていた気持ちは、これらの理由で行けない程度の気持ちですか?
すると、行きたい気持ちの方がずっと大きいと言います。

それが言えたのは、泣きながら言った自分を“体験”したからです。気持ちを言葉にすることによって思いがあふれ、だからこそ“実感”し、涙まで出てきた。だからこそ、こんなにも強い思いがあったのかと“自覚”でき、自覚したからこそ「行きたい気持ちの方がずっと大きい」と言うことができたのです。
(体験→実感→自覚→行動)

人は、自分が体験したことはハッキリと口にすることができます。そして、思いが強ければ行動することができます。そのため、本人を行動させないようにするには気持ちを“実感”させてはいけないので、IP(思考)があれこれと封じ込めていくわけですね。




3.「感情」と「思考」の関係------------------------------------------

そこで、「感情」と「思考」の関係を少しお話ししました。
最初に、たとえば何かをしたいという思い(感情)があるとします。それをするためにいろいろな障害があるとき、どうしたら思いを実現できるのか―そこを考えるのが脳(思考)の役割。

つまり、「思い」を実現するために「考える」こと=「思考」。
「思考」は「感情」のよきサポーターなのです。

ところが、現代はほとんどの人が感情を思考で封印したり、感情を思考(理屈)で強引に納得させたり、そもそも感情を伴わない思考(机上の空論)で物事を進めたりしています。つまり、心を持たない操り人形として動いているわけで、そこでどのように議論を交わしても、人が疎外され形骸化した冷たい社会になっていくだけです。

このような本末転倒社会の根っこにあるのは、「思考」を「感情」の優位に置いているという本末転倒にあります。

「感情」も「思考」も車の両輪。
「感情」と「思考」を対立させず、
「感情」と「思考」を協力させる―これが自己一致なのです。

すると、
「あー、そうなんだ~」
「シンプルすぎて、びっくりする」
「そういう風に頭使ってたんだ私」
「なんのために頭使ってんだ!」
となり、「何を泣いてたんだ?!」となりました。

本当の障害はどこにもなく、自分の脳(IP)が自分の気持ち(IC)を抑え込もうとしていた“だけ”であることに気づかれたのです。




4.怖いのは現実の母親ではなく脳内母親--------------------------------

「行きたい」という意志を確認したところで、子供をお母さんに預けるためのシミュレーションをエンプティチェアでやってみることにしました。

お母さんは、相手を責める口調で応答します。これまでは、その口調に勝手にひるんだり、勝手に解釈して自分を責めて終わっていたでしょう。けれど、泣くほど「行きたい」という気持ちを自覚したからには引いてはいられません。

しかし、理屈で責めることはしません。感じたことを返すだけです。
「何か怒ってるの?」という具合に。

すると、相手がゲームに乗ってこないことを感じた母親は、思いのほかすんなりと預かってくれることになったのです。これで、現実問題は何とかなる目処が立って、Aさんはホッとされました。

意を決して始まった結果が意外な結末を迎えて、Aさんは、自分が恐れてかたくなになっているのは現在の母親にではなく、脳内母親に対してであることがわかりました。




5.脳内母親との格闘------------------------------------------

ここまでを少し振り返ってみましょう。
・最初は、気持ちをさらっと言ってすぐに自分で「できない」と蓋をした。
・次に、気持ちを十分に言ったらIPの逆襲(理屈)がきた。
・そこで、これまでは脳は自分を封じるために働いていたが、本来は自分の後押しをするために脳がある―という方向転換をすると、自分が動くために母親にお願いするというチャレンジができた。
・そして、その結果、必要以上に自分が母親を怖がっていたことに気づいた―という具合に流れてきました。

だんだんと、自分を怖がらせてがんじがらめにしている脳内母親に近づいてきましたね。

すると、胸がザワザワする、とAさんが言い始めました。
力を得たICが出たがっているようですが、それが何かわからないようです。
「悔しい」「負けたくない」「苦しい、苦しい、苦しい・・・」「悔しい」とつぶやいています。




6.埋もれていた感情:第一層------------------------------------------

そのうち、小さい頃にお母さんの言葉にショックを受けた思い出が出てきました。あまりのショックに絶句し、次の瞬間にはお母さんがそう言うのだから、と自分を責めていました(当時)。
「みにくい自分」「なんて酷い人間なんだ」・・・

これは、お母さんの受け皿として生きるAさんの脚本ちゃんがお母さんの言葉を受け入れ、IP(脳)が間髪を入れず自分を攻撃し始めたわけです。Aさんがあっけにとられている間に、脚本とIPのタッグにより、Aさんの小さいちゃんは閉じ込められたのです。

では、自分はそんなレッテルを貼られる人間でしたか、と訊いてみました。すると、違うと言います。ではそうじゃない人に、しかも我が子にそういうことを言う母親を見て、どう感じるのか訊いてみました。

すると、今まで言えなかった言葉がやっと出てきました。
「ひどい」
「いじわる」
「サイテー」

やっと出てきましたね。




7.睨みつけてくる脳内母親-------------------------------------------

でも、これらの気持ちは、そのとき母親が言った言葉を第三者から言われたとしても、同じように湧いてくる感情です。しかし、その言葉を言ったのは他人ではなく、実の母なのです。その程度の感情ですむでしょうか。

ちなみに自分が母親だったら、その言葉を娘に言うかどうか訊いてみました。「絶対に」言わないとAさんは言います。そういう気持ちになりようがない、と。つまりは、それほどのことを、実の母に言われたのです。

自分に置き換えてみると、その異常さが見えてきます。幼い娘にそんなことを言う母親を見て、どういう気持ちが湧いてくるかを改めて訊きました。

すると、「ドキドキする」と言われました。本音を言いたがっているチャイルドと、それを怖い顔でにらみつけている脳内母親―その狭間に立ってAさんはドキドキされているようです。ものすごい緊張なのでしょう。

「こわい」「母じゃない」「嫌なドキドキがする」「答えが見つからない」・・・とつぶやいていました。ちなみに、「答えが見つからない」というのは、脳があれこれと働いている証拠です。「気持ち」を訊いているのに、脳が働いているのです。それは、冒頭で見たようにICに言い訳けができて、IPに従うための“理屈”を懸命に考えているのですが、それが見つからずにパニクっている状態です。




8.虚構を守るためのダミー感情---------------------------------------

エンパワーするために改めて訊いてみました。我が子に対して、「ひどい」「いじわる」「サイテー」なことを言う母親―その母親を見てどういう気持ちが湧いてくるのか?

「憎しみを感じる」と、ポツンとAさんは言いました。
「それはどういう意味ですか?」
「母親が私を憎んでいる、と感じた」

あぁ、脳(IP)で計算された答えが出てきたなと思いました。パニクっていた脳が、私の問いにわらをもつかむ勢いで飛びつきました。つまり、我が子にそれほどのことを言うのだから→きっと憎んでいるに違いない=辻褄の合う答えを出したのです。

そこで、「その当時、お母さんはそんなにAさんのことを憎んでいたんですか?」と訊いてみると、違うと言います。ここでAさんは、“憎しみ”というのは違うことに気づかれました。(脳が出す答えって底が浅いんです)




9.ストローク飢餓と人生脚本がほしがる答え--------------------------

実はこの答えの裏には、Aさんのストローク飢餓もかんでいます。
自分の存在に飢えた人にとっては、自分に向けられる感情はすべて自分の存在を確認できるエサなのです。罵倒も、蔑みも、嫌悪も、憎しみも、殺意ですら、自分に感情が向かってくることが喜びなのです。

つまり、「憎しみ」でもいいから、自分のことを思っていてくれる母親であって欲しいという願いが、この答えの裏にはあります。母親に憎まれていると思えることは、少なくとも自分という存在を意識してくれているということで、無視より絶対的にいいのです。

そして、親に対して(あるいは代理親である他人に対して)嘆いたり悲しんだり、嫌悪したり憎み返したりしているときが、「お母さんとともにいる時」なのです(=つまり、幸福なときなのです)。


そしてもう一つは、自分にとって怖い母親であり続けて欲しいという願いもあります。なぜなら、「自分を嫌う怖い母親」という“大前提”で、これまでの人生を構築しているからです。もしそうでなければ、これまでの人生は一体何だったのかということになってしまいます。

これまでの人生(虚構)を破壊するわけにはいきませんから、虚構の答えを口にするわけです。虚構はいくらでも脳(理屈)がこさえてくれます。




10.埋もれていた感情:第二層------------------------------------------

“憎しみ”ではないことに気づかれたAさんに、その場面をもっと具体的に思い出してもらいました。当時の自分。そして、その自分に向かって言った当時の母親を再現してもらいました。

それを客観的に眺めてもらったときに、ポロッと正直な気持ちが出てきました。
「子供みたい」「情けない」

出てきましたね~。
ショックを受けた瞬間に封じた感情―それは、そんなことを言うお母さんが、子供みたいで情けない、という感情でした。

もしお母さんが自分より子供だったら、悲しいよね。
そして、そんな母親から愛情をもらうことはできないんだ、と絶望してしまいます。その絶望を見たくないために、「情けない」と感じた気持ちを、自分が感じる前に封印してしまうのです。そうすれば絶望を見なくてすみます。

つまり、自分が絶望したくないために、脚本やIPだけではなく、自分自身がこの感情を埋め込んでいたのです。




11.正体が見えた脳内母親----------------------------------------------

今度は、それを聞いていた母親の役に廻ってもらいました。
「ポカーン」という感じだそうです。それはそうでしょうね。物言わぬ受け皿が「気持ちをしゃべった」わけですから、訳がわかりません。

次に来たのは怒りでした。
「親に向かってなんてこと言ってんの!」

「Youメッセージ」ではないので親に向かって言ったわけではありません。Aさんは、湧いてきた感情をそのままつぶやいただけです。けれどそれは、母親にとっては2つの意味で許せないことでした。

1つは、脚本から逸脱したこと。
母親の無意識の脚本の中で、Aさんは自分の受け皿です。Aさんがその母親に思考(IP)で対応している間は、母親にとってAさんは人間ではありません。けれど、気持ちをしゃべった!―道具が気持ちをしゃべったのでポカーンとしたのですが、道具の分際で人様に口をきくな、という怒りが湧いてきます。

しかも、「人の悪口を言うな」(=親の悪口を言うな)と繰り返し言う“躾”(禁止令)によって、封印(呪い)は完成していたはずなのです。はずなのに、今目の前でその呪いが解かれてしまっています。そのあり得ないことが起こっていることが、お母さんの不安を呼び起こします。

不安から逃げ続けている人にとって虚を突かれることは恐怖です。不意を打たれた瞬間に不安が出てこようとするからです。なので、不安を感じさせた相手に猛烈な怒りが湧いてきます(つまり、怒りの裏側はおびえなのです)。これが母親が怒った2つめの理由です。


さて、怒った母親の姿がどう見えますか、と訊くと
「さらにちっちゃく見える」。

そして、「情けない」「ちっちゃい」「がっかり」「小っちゃい小っちゃい」「あーがっかり」「ほんとがっかり」「情けないなぁ」・・・これらの言葉が延々と出てきました・・・


まだまだ、小さい頃のいろんな局面での感情が心の内に埋もれているでしょう。帝国に立ち向かうには局地戦です。こうして過去にタイムトラベルし、その時点での局地戦に勝って幼い自分を救い出していく。

気づいたときには、帝国は勝手に崩壊しているでしょう。




12.人が自信をつけていくプロセス------------------------------------

さて、冒頭では、水面下にいる脳内母が怖くて自分の気持ちを深めないまま、だから簡単に自分の欲求に自ら蓋をしていました。

次に、気持ちを言うことでICの気持ちを知り、だからICの味方になって今の親とシミュレーションで対峙したら、怖くない実感がありました。

その怖くない実感を背景に、今度は圧倒的な権力格差のある小さい頃の自分と母親の対峙をしました。途中ダミー感情で逃げようとしましたが、さらに奥に入っていくと、ついに強大だと思っていた母親が、実はちっぽけであったことがわかったのでした。しかも、実は当時からそれを知っていたことまでわかってしまったのです。


「体験→実感→自覚→行動」を繰り返しながら自信をつけ、一つ一つ扉を開いて奥の院に入っていくことがわかると思います。

体験から来る感動、それを言葉にして実感すること―それこそが人を成長させ、自信をつけさせていくことがわかると思います。

(家族ロールプレイを体験された方は、このプロセスを体験されたわけです)





13.脳内母親の実体をあぶり出すエンプティチェア---------------------

この事例のように親を怖がる人は、実は内奥まで辿っていくと、全く怖がっていないことも多いです。

結局、このちっぽけな母親像にAさん自身がたどり着きたくなかったように、自分の構築してきた人生を守るために、大岩盤である脳内母親を守るということが起こります。(つまり、自分を守っています)

そして、守るための鉄則は近づけないこと。
近づけないためには怖がらせて遠ざけること。

こうして脳内母親を水面下に隠した上に、近づこうとすれば恐怖を感じさせるという仕組みができあがるのです。

けれど、背骨ができてくると岩盤が崩壊しても立っていられるようになります。そうなったときに、脳内母親と対峙する局面が出てくるのです。

このとき、脳内に隠れていた母親を表に引きずり出し、その母親の思いまでも実感してもらう―それがエンプティチェアです。




14.脳内母親を守るカラクリを超えていけ--------------------------------

けれど、一人でエンプティチェアをやって成功する人はほとんどいないでしょう。IPに支配されている自分が、見守られる安心感のない中で行うわけですから、適当なところで手打ちになって終わります。

結局、くすぶった怒りはぶつける相手を求め、見つけた対象に向かって怒りを吐き出すという代償行為を続けることになります。それをしている人は、脳内親に怯えている=脳内親を守っている人なのです。

代償行為や代理感情で一生を過ごすこともできます。
脳内親に見せるために、脚本人生劇場はドラマチックになっていきます(何しろ、「見せ場」ですから)。

私はそれを「生きた」とは見なしていませんが、それを選択することを止める気もありません。いずれ、死んだら気がつくことです。せっかく肉体をもらったのに生きていなかった、と。
(前記事「自分の気持ちは自分のもの」をご参照ください)

ただ、できれば肉体がある内に「生きて」ほしいと思います。

生きたい方は、覚悟を決めてください。
覚悟とは、だんだん定まってくることですが、まず「決意」することです。

人に向かわず、自分に向かう。
怒りでごまかさず、内なる悲しみを声に出して受け止める。



再び、贈ります。







【より子 「それでいいのですか」】






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Comment

 

夫や父親が怖いって思うけど、お母さんがなかなか出てこない…蓋されてるかも

 

あー・・・

まだ、「母が怖い」を後生大事に隠し持っていた気がしました。

エンプティで、母がもぞもぞうごめく泥のお人形だったのを見ていました。今、よそで暮らしている母はもうあのころの母じゃないです。
赤ちゃんのように安心して暮らしています。
訪ねてゆくと子どものように喜びます。
あの怖かった鬼みたいな母はもうどこを探してもいないのですが、実は、私はそれがなんともいえずさびしかったのかもしれません。
あの母がどこにも見えなくなったのをよいことに、母への恐怖を心の底に匿って守っていた、という気がしました。

いろんなことに整理がつきつつあるはずなのに、いつまで経っても変われない自分は、自分がそれを望んで選んでいた・・・・
ショックを受け、そして気が抜けました。

今まで、「IP=脳」を仇のように思ってきました。IPが強い脳は、『気持ちで生きなさい』と言われると『考えちゃいけない』と自分を責めるのです。
今日、『本来、脳は自分の後押しをする存在』なのだと知ってとても楽になりました。

もう、力抜いていいんだ
今日から変わろう
そのために脳に助けてもらおう

「知恵を出して」と脳に頼んだらいいんですね

 
    
 
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