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「かぐや姫の物語」~もう、哀しみの無限ループは終わらせたい

2014/03/03(Mon) Category : 映画
何となく気になっていたので、最終日に見に行った。
途中で、お腹の底からこみ上げてくるものがあった。
全身で泣きそうになった。

私のチャイルドがむせび泣いているようだった。



ほら、真っ黒な宇宙の中にポッカリ浮かぶ青いオアシス。

透き通った水に、美しい緑、白い雲―
このみずみずしい地球に、私は命を満喫しに来たんだよ。

木漏れ日に、せせらぎに、草いきれに、土の軟らかさに、
温かい動物たちや跳ね舞い踊る昆虫たちに、
そして、邪気のない子供達の歓声に、
心が躍った―

まぶしい日差しに見守られ、吹き渡る風に身を任せ、
体が、魂が、喜んでいた。



なのに―
人が作った社会というものの中に押し込められていった。
人の評価というちっぽけなものに合わせて、鋳型成形させられていった。

しきたりに合わせて体を動かさなければならず、
マナーに則って口を動かさなければならず、
私の体は私のものではなくなってしまった。

せっかく、この世に肉体という表現を得たのに―

この肉体はもはや私の乗り物ではなく、
今や私の心の監獄と化してしまった。



きらびやかなモノも、
気を誘うコトバも、
人の世で最高のケンイでさえも、
すべてはニセモノだった。

「虚」の中に、心を動かす「実」は何もなかった。


私は、私の心を支えるために手の平の庭に自然を造った。
神が創りたもうた大自然―そのミニチュアを・・・
けれど、
それもニセモノだった。

私の居場所は、そこにはない。



もう、こんな所イヤだ!!
自分をごまかしきれなくなった心がそう叫んだとき、私はこの世を離れることになった。

違う、違うんだ。
そうじゃない。

このまがい物の場所はイヤだと言ったんだ。
地球がイヤなんじゃない。

待ってくれ。
私は、あそこに帰りたいだけなんだ―



でも・・・そこに、もう家はないよ。
親しい人たちは、みんな行っちゃったよ。
風景もすっかり変わってしまった・・・





-------------------------------------------------------------
私は、鹿屋を思い出していた。
虫やヘビやカエルたちと過ごした、帰らぬ麦わら帽子の時代―


父のことも思い出した。
幼なじみが結核で山小屋に隔離され、一人寂しく山中で生き、亡くなり、その小屋ごと荼毘に付された。故郷を去った父は、今、かつての実家を無意識にイメージさせる地形と家に住んでいる。

母のことも思い出していた。
幼児期に弟を死なせてしまった罪なき罪を人知れず背負い、無意識に自分を責め続ける人生を送った。故郷への強い憧憬を持ちながら、まるでその自分をとどめるかのように身動きできない体となってしまった。

この二人の逃避行を思う。

兄弟が多い二人とも、親は遠くから見るものだった。
父は、まるで祖母のような年の母親が物語る声を遠くで聴き、
母は、畑で小さい声で歌う母親の声を遠くで聴いた。

戦時中でもあり、死と罪の臭いがあるふるさと。
二人は、強く、強く惹かれるそれぞれの地(母)から、

だからこそ、
手を取り合って逃げ続けた。


逃げて、
逃げて、
逃げた。

走って、
走って、
走り続けた。


そして、今も
懸命に逃げ続けている―ボロボロになりながら・・・




 涙がにじむ




ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの

よしやうらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや

ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ

そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや



哀しい。
哀しい。

哀しい・・・





 涙が、後から後からあふれてくる。





気持ちを口に出していさえいれば、違う人生があっだだろうに。
海人(母)と山人(父)が出逢ってもいなかっただろうに。
流浪しない土着の人生もあっただろうに。

ゆったりと笑って過ごす、
ささやかな幸せが、そこにあっただろうに―

ぬくもりをしみじみと感じる
やさしく寄り添う穏やかな時間が、そこにあっただろうに―







 泣いた。







私の中のひでし君が、口をゆがめ、声を挙げて泣いていた―


































-------------------------------------------------------------
・・・でも、ね。

この二人が出逢ったからこそ、今の私と妹がいる。
その二人からいろいろと背負ったからこそ、今このような仕事をしている。

今の私がここにいるのは、
この両親だったからだ。

そして、気づいたからこそ、
もうこの哀しみの無限ループは終わらせたい。



かぐや姫は記憶を消されて月に帰った。
そして、無意識に涙を流すかぐや姫の姿を見て、地球に憧れる子供が送り込まれてくるのかもしれない。

周囲を惑わす美貌を与えられ、
関わる人々を欲求に走らせる“お試し”を与え、
地球人はまた試されるのだろう。

地球人が、見た目にも、金銀財宝にも、権力にも惑わされない人々になったときに、初めて月の人々と地球人が共に暮らせる日が来るのだろう。

そうなるまで、無意識の涙に暮れる人々が現れ続ける・・・・



もう、
この哀しみの無限ループは終わらせたい。





もう、

この哀しみを

終わらせたい














【二階堂和美 「いのちの記憶」】







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ふるさとは遠きにありて思ふもの

室生犀星の本をまったく違う話を読むつもりで借りてきて開いたら一ページめにこの詩が載っていてビックリしました。
私はこの詩を室生犀星のものだと知らなかったのですが。

悲しくうたうのはもう、悲しくうたううたはなくなってしまいました

 
    
 
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