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二世帯同居の留意点

2014/08/26(Tue) Category : 二世帯同居・介護
【二世帯同居の経緯】の続き

◆物件を決める-----------------------------------------------------

住まいについては、次の条件で考えました。
1.庭付き(父対策。母も出来るようになればベター)
2.スーパーが車なしでいける範囲にあること(父のため)
3.両親の他に私たち夫婦の仕事場(部屋)及び子供達の部屋の確保
4.津波が来ない高さ
5.可能であれば、借りられる畑が近くにあればベター

賃貸料は、老親の年金と私たちの共稼ぎを合わせれば何とかなるでしょう。けれど、そもそもそういう大きな物件があるのか? ところが、ネットとは便利なものでピッタリの物件があったのです。企業が社員の共同社宅として利用して以降、借り手がなかなかいないまま“そこ”にあったのでした。

すぐに予約を入れ、実家からの帰途そこに立ち寄りました。何から何までまさにおあつらえ向きで、用意されていたのかと思うくらいでした。決め手は、キッチン横のダイニングルーム。介護ベッドで寝起きしている母に丁度良いと思いました。誰もがキッチンを使いますので、必ず母の様子がわかるわけです。しかもリビングとはパネルで仕切りが可能です。

もう一つの決め手は、8畳の中2階があることでした。車庫の上がその部屋だったのです。実にうまい造りでした。2階に上がるときに必ずその部屋の前を通りますから、ストローク飢餓の父にとってはうってつけの部屋です。それに、中2階までの階段が近いので、実家の2階に母の声は届きませんでしたが、ここは何とかなりそうです。気にいりました。

そのときの住まいからも遠くなかったので、すぐに子ども達を迎えに行き、一緒に見てもらいました。2階の部屋も割り当てが終わり、かくして、ネットで発見して3日で決定したのでした。
(いつも思うことですが、いざ腹を決めて行動するときには既にそれが用意されている―と感じることが多いです)


住んでからつくづく良いところだなぁと感じたこと。
・近隣の方々がいい人達だったこと。
・近くに畑を借りられたこと(父対策)
・近くの公園でラジオ体操をしていること(父対策)
・車の通りの少ない農場脇の道路があること(母対策)
・腕の良い歯医者が傍にあったこと(笑)
・介護関係者がプロであり、連携がとれていること(信頼と安心のバックボーン)

歯医者にはほとんど行ってませんでしたが、実はここ20年は腕の良い歯医者を探し続けていたようなものです。いずこもそう悪くない。日本ですから。ただ、そこそこいい歯医者はいますが、ここぞと思うところがないなぁ、という感じでした。が、あったのです。引っ越し先のすぐ近くに。しかも、車椅子で移動できるようなレイアウトになっていました。これは大ヒットでした。(介護関係については別途書きます)


それにしても、今回ほど賃貸派でよかったと思ったことはありませんでした。ライフステージによって家族が必要なスペースはどんどん変わっていくものです。土地が変わることもあるでしょう。それらの都度、そのときに応じた物件を探すことが出来る。しかも不思議なことに、その都度そのときにピッタリの物件が見つかる。逆に持ち家だったら、とても難儀していたことでしょう。




断捨離------------------------------------------------------

さて、引っ越しの一番大きなメリットは、これを機に断捨離が出来ることです。まず我が家の断捨離。次に実家の断捨離。この2つの大事業をしなければなりません。

引っ越し業者もすぐに手配し、3週間後には引っ越しが決まりましたので、かなりの断捨離を行いました。解体してゴミ処理センターに持ち込んだり、リサイクルショップに持ち込んだり。
一方で、老夫婦の丈に合わせたキッチンローテーブルを見て回ったり、デイサービスや特養老人ホームを見学して回ったり。

子ども達にしてみれば急転直下の3週間でしたが、よくやったと思います。なお、“らくらくパック”的なものもありますが、自分で仕訳して段ボール詰めした方が引っ越し後の整理が圧倒的に楽です。


私たちの引っ越しから4週間後が実家からの荷入れとなります。実家の荷物は一挙には片付きませんので、2回に分けることにしました。1回目は、生活に直接関わるモノ以外を処分すること及び引っ越し業者との現地打ち合わせと荷造り。2回目は引っ越し日前に行って最終荷造りと最終処分。

1回目―引っ越しが終わって10日後に実家に向かいました。まず、専門業者に来てもらい骨董的なモノを処分しました。本当に残しておきたいものは、アルバムや記録類、作品や家族を撮ったビデオなど(これらがまた多い)。

大量にあるものは、ご多分に漏れず布団、座布団、衣類、下着、食器類(子宮としての家ですから、これらのモノが大量に詰まっている)ですが、持ち込めるタンスや収納箱が限られていますから、それに合わせて余る部分を処分。

その他の家具や絨毯やゴザ、応接セット、花器の類いなどは、父が近所の方に持って行ってもらっていました。家電製品も、ダブるモノはほとんど不要で、それらは引っ越し後の最終片付けの時に一斉に引き取ってもらうことにしました。

業者に依頼すれば、トラックを乗り付けて家具からゴミから一切合切を持って行ってくれますので、お金は多少かかりますが一網打尽に出来ます。1回目の断捨離で、かなり腹がくくれたのではないでしょうか。

2回目は、引っ越しが終わった後に残ったものをすべて引き取っていただきましたので、本当にきれいに片付きました。




◆地域への信頼と安心―介護体制--------------------------------------

両親の受け入れは、6/1に父、6/5に母と2段構えで受け入れました。まず父が落ち着いてから、一緒に母を迎え入れるための心理的段取りでもあります。また、実家から荷出しをする場合、母がいると大変なので、少しの間妹に預かってもらうという現実的段取りでもありました。

その現実的段取りの一つに、介護ベッドの準備もありました。事前に地域包括支援センターの方と打ち合わせし、6/3に介護用具の業者の方に介護ベッドの用意をしていただき、5日に母を受け入れた際には、母に合わせてトイレや風呂の補助器具などを付けていただきました。

その後、ケアマネージャーさん、デイサービスのスタッフの方など打ち合わせが続きますが、驚くのはそれぞれの方のプロ意識の高さ。介護対象の方を沢山見られてきたんだなということが端々に見て取れますし、しかも、それらの方々が互いをよく知っているのです。大きな市では、そううまく連携がとれない事もあるそうで、これがコンパクトシティのメリットだと仰ってました。

これらの介護関係者の方々がチームで取り組んでくれるという体制に、みんなが見守ってくれているという、とても大きな安心を感じました。社会的インフラがしっかりしていること、そこで働いている方々が誠実で専門性が高いこと―そういうことが、問題を抱えている家族にとってどれほど大きな心の支えになるのかを改めて感じました。

そして、実際的なことで最もよかったのは、デイサービスの施設が、とても開放的だったことです。閉じた感がなく、老人用フィットネスクラブ+サークルクラブのような感じでした。その感じが、父の抵抗感を下げ、通うことにつながりました。お陰様で、両親が二人揃って出かける土曜日は気が楽ですね。

もう一つよかったのは、この施設は病院が経営していたため、看護師がいることでした。たとえば、「お腹がチクチクする」といった気になる症状なども診てもらうことが出来ます。不安に向かいやすいお年寄りからすぐに不安を払拭してくれるので、ありがたいですね。

市役所の方々の対応も丁寧でしたし、引っ越し先がこの街でよかった―と、つくづく感じました。物件自体も大事な要素ですが、家族を支える地域環境はそれと双璧をなす要素です。安心を支えてくれる地域社会の構築はとても大切ですね。





◆二世帯同居に必要な条件---------------------------------------------

何事も長続きする要素の大前提は、「そこにいる誰もが無理をしていない」ということでしょう。それには、「すべての人が自分の時空間を持つ」ということが基本になります。

私たちの場合、両親はかつてのパワーがなく枯れており、子ども達は仕事に学業にそれぞれのペースで生きている、という丁度よい成人のバランスがあります。
また、家の構造と、親と私たちの生活時間帯のズレが、それぞれ自由な時空間を生み出しています。

加えて、私たち夫婦共に基本家にいて協力し合えるという、ある意味恵まれた状況下におけるものですので、その点ご了承ください。その上でなお、二世帯同居をする上で心得ておくべき事を記しておきます。



1.誰が家政の主かをはっきりさせる---------------------

たとえば父の実家に私たちが同居していたとすれば、父の意識が変わることはないでしょう。けれど、こちらで用意した家に後から両親が入ってきたという形になると、父も身勝手には出来ません。賃貸物件であることも、父が勝手に出来ない押さえになります。

また、私自身が自然と家の維持管理をしていますので、自ずと誰が主かが決まってきます。意識が変わると、姿勢が変わるなぁと自分でも思いますが、私の役割は快適な環境を維持すること。その中で、構成メンバーがノビノビと自由にすればよい―そういう意識が芽生えて以来、家の中のことをするのが苦ではなくなりました。

苦でなくなった理由のもう一つは、家事をしているときが両親と接する機会だからでしょう。日に3度の食事の時間帯に様々な家事をしているわけですが、そのときに動きながら話が出来ますので、まぁいろいろと出来てしまうわけです。

家政は、家の政(まつりごと)と書きます。二世帯同居してつくづくその意味がわかりました。いろいろな価値観がある中で、各自の自由を保つために秩序を保つこと(秩序のために自由を制限するのではなく)―それが政だと思います。そのためには、上下の世代に目配りが効く真ん中の第二世代がしっかりと見守らなければならないと思います。

家政は、第二世代の夫婦が協力して担う仕事(片方だけでは無理です)。それをきちんと出来る人が政(まつりごと)を治める人=よい政治家になるのかもしれません。



2.聖域(かまど)は守る------------------------------

母は家事仕事が出来ませんので、台所における嫁姑の確執はありません。むしろ父対策として、常に流しは綺麗にしてあります。いつもきちんとしておくことで、父も逸脱がしにくくなりますし、率先して洗い物をしていると父も真似ます。皿洗いは丁度良い運動になるので苦ではなく、私と真智子のどちらかがカウンセリングが長引いても、どちらでも料理に取りかかれるようになるわけです。食事は昼は適当で、朝夕とも私か真智子が個別に、あるいは協力して融通無碍に作っています。

冷蔵庫内も気づくたびに整理しています。いちいち言うことは、相手にすればその都度ストロークをもらえることになるので、ますます酷くなりますから注意もしません。



3.「源家族」と「現家族」の空間を分ける---------------

源家族(両親)と現家族のスペースが物理的にはっきり分かれていることは、心置きない空間を確保する上で大切です。母は階段を上がれませんし、父にはきちんと言ってありますので、2階に上がってくることは滅多にありません。このけじめはとても大切です。2階にもトイレや洗面があるので、とても助かりました。

用事があって父が2階に上がってきても、必ず下に降りて居間で聞くようにしています。ズカズカ入り込んでこられてイヤな思いが残ることを避けることが1つ(自分の聖域は守りましょう)。また、居間で話を聞く場合は、サッと切り上げてそれぞれの場へ戻ることが出来ます。

また、ストローク飢餓の人はやたらと音を立てて生活します。それは大きな話し声のみならず、TVの音、歩く音、ドアの開け閉め、椅子に座るとき、あくび、くしゃみ、食べるとき、飲み込むとき・・・果てしなく存在を主張し続けます。その“存在の押しつけ”がデイリーハッスルズ(無意識下の日常的ストレス)となって、心身状態の悪化をもたらします。ですから、音が気にならない領域を保つことは、ストレスをためないためにとても大切なのです。



4.「源家族」と「現家族」の時間を分ける----------------

食事時間は、両親以外は皆それぞれ生活時間帯が異なりますので、一緒になったりばらけたり様々です。その変化が自由な空気を形成しています。

外食もリフレッシュするので大切です。真智子と二人で共有し合うことは元より、父と3人、母と3人、両親と4人―そのときの用事によっていろいろなパターンがあり、外出時には母も華やぎます。レストランや飲み屋など、誕生日に割引のハガキが送ってきますが、それを利用して現家族だけで外食するのも定番となってますが楽しいですね。

テレビは、私たちがあまり見ないのと、父が朝のテレビ小説と大河ドラマを見るくらいで、その父も9時頃には寝てしまいますのでぶつかることはありません。

入浴も、両親は夕方までにすませていることが多く、これもぶつかることがありません。

デイサービス週2日の内、1日は両親共に出かけます。その1日を土曜日にしました。現家族に気兼ねなく過ごしてもらおうと思ったからです。けれど、先生をやっている娘は忙しく、息子はウイークデーも週末も変わらずマイペースなので、あまり関係ありませんでしたが、まぁこのように気楽な時間を確保するのも大事です。

なお、脚本人生劇場を生きている人は、観客が居るとよりドラマチックになります。私たち観客が居ると“人生芝居”に拍車がかかるわけです。ですから、老夫婦のコミュニケーションパターンにあきれても、それは必要があって維持されているわけですから、さっさと2階に上がります。居なければ張り合いがないので、段々しなくなっていきます。



5.「源家族」と「現家族」のお金を分ける-------------------

両親との間でも精算すべきものは精算しています。まぁ、真智子がまめですので出来ることですが、こういうやりとりをきちんとすることが意識をしっかりさせます。



6.老夫婦のやることを決める--------------------------------

父は庭仕事。母は洗濯物たたみ(できるときに)。
夫婦でやることは、ストーマの交換と入浴。ストーマの交換などを手伝ったこともありましたが、甘え始めることがわかり、今は一切手を出しません。母の直接のサポートは父という原則を貫いています。幸い、ストーマの交換の他、風呂やシャワーを浴びたりするのは父が介助出来ますので助かっています。さらに、デイサービスで週2回入浴しますので、母も気持ちが良いと喜んでいますし大助かりです。



7.私たちがサポートすることを決める-------------------------

病院は全面的に付き添います。薬の管理は本人達にやってもらっていて、私たちはフォローという位置づけですので、時に「飲み忘れたね」ということもあります。
歯科医などは押し車で散歩するには丁度良い距離なのですが、ゆっくり歩くことに苛つく父には任せられません(3分で行ける所なら30分くらい見ますから、人より10倍かかると思っていいでしょう)。これは、私がサポートしています。
本人がやると言ってもダメなこと、本人にやってほしいけれどできないこと、を見分けることが大切です。



8.環境衛生の維持--------------------------------------------

我が家では、母の足がおぼつかないためスリッパを利用していないので、トイレも含めた床の掃き掃除、拭き掃除はまめにやっています。
両親が使うトイレのチェックと清掃、そのゴミを含めた燃えるゴミ、資源ゴミなどのゴミ出し、庭のコンポストに調理ゴミを捨てること、などが私の毎朝の日課です。洗濯物干しは二人。洗面所や風呂の掃除は随時です。

衛生環境がよくなると気持ちもしっかりしてきます。また、ゴミ屋敷的環境ではそこに埋没して気にならなかったことが、気になってくるものです。母が香水をつけ始めました。また、真智子が母の下着などを石けんで手洗いした後洗濯しているのを知って「ホッとした」と言ったようです。意識が上がってきましたね。外出時の化粧や洗濯時の配慮などの真智子のフォローがありがたいです。



9.空間秩序の維持-------------------------------------------

ストローク飢餓の人は、「自分の代用品」をあちこちに置きます。あらゆるモノが代用品になり得ますが、要は常に自分で自分を見たいし、人に見られたいのです。それを放置しておくと、空間の途中に引っかかりが出来て“通り”が悪くなってスッキリしません。増えれば、空間が“重たく”なっていくでしょう。だから気づくたびに、たんたんとあるべき場所にしまいます。それを続ける内にしなくなっていきます。

逆にそれをいちいち「何でこんな所に」と怒ったり、説得したりすることは、相手にストロークを与えることになってしまいます。ストローク飢餓の人にとっては、怒りや蔑み、憎しみなど自分に向かってくる感情はすべてただのストロークですから、こうすれば“構われる”と学んで、ますますするだけなのです。



10.自分がしたことは自分に返す--------------------------------

ストローク飢餓の人は、自分が買ってきたモノを与えることで自分の存在を認めさせようとします。たとえば、果物を買ってきては「食え」と押しつける場合もありますし、あるにもかかわらずまた買ってきて放置し、そこに“存在”(自分の代用)を置く場合もあります。
こういう場合、毎食後必ず当人に「自分で買ってきたんだから食べてね」と出します。こうして自分がしたことが自分に必ず返ってくることがわかると、セーブするようになります。



11.自分がしたことを自分に返さない-----------------------------

存在不安から逃げる人は、どのように不安を感じないですむか→不安を感じる時間そのものを無くすか=どのように人生の時間をつぶすかを常に考えています。器用な人は、わざわざモノを壊して自分で修理する、ということをやろうとします。マッチポンプ(マッチで自ら火事を起こして煽り、それを自らポンプで消す)ですね。

たとえば、雨戸を強引に開け閉めして壊して、自分で直そうとするなど。こういう場合、決して本人には直させず、業者に修理してもらいます。そして、そのお金を払わさせず、次に何かを壊した場合に支払わせることを約束します。すると、自分がすることは何もなくお金を支払うだけになってしまいます(不安から逃げている人にとってお金は大事です)ので、そういう無茶をしなくなります。



12.意識を徐々に変える-------------------------------------------

父も母も、自分が熱中できるものをどのように見いだせるかが一つの課題でしょう。
そこに至るためには、それぞれ脳内親との闘いをしなければなりません(もちろんこういうことは言っても通じませんが)。

二人とも、環境は提供されて“そこ”にあります。
その環境を活かすか殺すか、それは本人の問題ですが、ゆっくりと眺めています。

森田療法に絶対臥褥というのがあります。何もせずにいると、そのうち何かをしたくなります。「何もするな」というIPが強くとも、少しばかり目覚めたICもいるわけですから、動きたくなってくるでしょう。“外”に向かったとき、そこには沢山のサークルがあります。

ともあれ、ストロークを求めるフック(ひっかけ)は無視して壁になること。
つまり、「余計な心配」はしません。

それぞれが独りで過ごす時間の蓄積が、内側からその人を動かすまで、無理をせずにこちらはこちらのペースで動いていきます。





*「ありがとう」------------------------------------------------------

両親と同居して、いろいろなことが見えてきましたが、それはともかく最も驚いたのが、両親共に「ありがとう」を頻繁に言うことでした。

「ありがとう、をこんなに言ってたっけ??」

なんだか狐につままれた思いでした。

長い年月が人を変えたのか。
生きているだけでありがたいのが伝わってきます。


人生脚本、存在不安、ストローク飢餓―そことの攻防は、いろいろありますが、「ありがとう」の言葉を聞くとき、根は素直な人たちなんだな、と思うのです。

ならば、抱き参らせよう。



・・・ともあれ、
「ありがとう」という相手を尊重する言葉。
それが、共同生活に最も必要な言葉なのかもしれません。

最後に、潤滑油になったり、はっきりものを言ったり、お金の面などきちんとすべき事はきちんとしたり、こまめな配慮をしてくれたり、いろいろな点で後ろ支えしてくれる妻に感謝です。

ありがとう。







【追記】
自律する=親と別れなければならない、と思っていらっしゃる方がいます。
自律するとは自由になることです。

ハラスメント界から自律界には来られませんが(自律した人は道具にならないので来る気もありませんが)、自律した人は自律界、ハラスメント界自由自在です。それは、ハラッサーと接していても“かぶらなくなる”からです。

かぶる間は、まだ表現されていないインナーチャイルドの気持ちがあると思っていいでしょう。声に出して“思い残すところがない”くらい表現していけば、親に対する執着は消えていきます。その執着が消えることが、お互いを楽にしていきます。

とはいえ、「二世帯同居の経緯」に書いたとおり、私自身数年前までかぶっていたわけです。経緯にあるとおりアクシデントのような形で両親の学びがなければ、また、私自身のICの気持ちの受け止めや親の脚本の発見がなければ、今も同居できていたかどうかはわかりません。

ともあれ、これまでのすべての行動の選択の結果が「今」につながっているわけで、これまでのことに感謝したいと思います。





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