プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
06 ≪│2017/07│≫ 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

6.コンテクストとダブルバインド~7.ダブルバインド状況の背後にはベクトルがある

2014/09/10(Wed) Category : 心理学
【「精神の生態学」~ベイトソンのダブルバインド理論の詳細】の目次へ

6.コンテクストとダブルバインド------------------------------------

ここで、「精神分裂症の理論に必要な最低限のこと」という論考の冒頭に掲げてあるダブルバインドの定義について記しておきます。前出のイルカの例を用いて解説するとわかりやすいからです。

1.学習の生じるコンテクストは、常に何らかの形式的特性を持っている。
2.この構造づけられたコンテクストもまた、より大きなメタコンテクスト(コンテクストの後ろにあるコンテクスト)の中で生じる
3.狭いコンテクストで起こることは、より大きなコンテクストによって左右される。そして、コンテクストとそれを包むメタコンテクストの間に矛盾または衝突が起こる場合がある。この場合、第一のコンテクストの中で誤りを犯すか、さもなくば誤った理由によって正しい行動を取るか、どちらかしかなくなってしまうというジレンマに陥る。これがいわゆるダブルバインドである。

―と述べています。とても難しい言い回しですが、イルカの事例で見るとよくわかります。

イルカの例で言えば、「水面から顔を出すと餌がもらえる」というコンテクスト(文脈)は、「それまでと異なる際だった行動をすれば餌がもらえる」という(より抽象性の高い)メタコンテクストの中にあるものでした。

けれど第一のコンテクストを実行しても餌をもらえないとき、学習したとおりにやっているのに報酬をもらえないという矛盾が起こります。この“目の前の矛盾”は、より抽象性の高いコンテクストにたどり着くための矛盾であって、たどり着いた暁には、「あれは矛盾ではなく、必要な経験だったのね」という類いのものです。

その矛盾が葛藤(ジレンマ)を引き起こします。そして、ジレンマを抱えたまま、同じ行動をしばらく繰り返し、ついに苛立ちのあまり指示通りにせず尾ひれで水面をたたいたときに餌をもらえたわけです。

つまり、第一のコンテクストの中に忠実にいる間中イルカは餌をもらえず(その理由がわからないのがイルカの苦しみ)、その忠誠を破った行動をしたときに餌をもらえました(忠誠を破ることがイルカの苦しみ)。

第一のコンテクストの中に居続けることも苦しみ、
第一のコンテクスを破ることも苦しみですね。

それをベイトソンは次のように言ったわけです。
『第一のコンテクストの中で誤りを犯す』ことも苦しみ、
『誤った理由によって正しい行動を取る』ことも苦しみ。
いずれも苦しいがどちらかしかないというジレンマ→それがダブルバインド

上記の文脈に則ってもう少し解読してみましょう。
「第一のコンテクストの中で誤りを犯す」=「水面から顔を出すと餌がもらえる」というコンテクストを信じて、餌をもらえないのにいつまでも顔を出し続けると言うことでしょうか→「それまでと異なる際だった行動をすれば餌がもらえる」というメタコンテクストの立場から見ると“誤り”ですね。

「誤った理由によって正しい行動を取る」=「苛立ちのあまり尾ひれで水面をたたく」という行為は“誤った理由”による行為ですが、メタコンテクストの立場から見ると「正しい行動」ですね。正しい行動をしたから報酬がもらえたわけです。






7.ダブルバインド状況の背後にはベクトルがある---------------------

ベイトソンは、第一のコンテクストに忠実に従って苦しみ続けるか、あるいは第一のコンテクストを裏切る(という苦しみを経る)ことによって(結果的に)メタコンテクストに到達するか、いずれしかないというジレンマに陥ることをダブルバインドと呼びました。

ここで注目すべきことは、メタコンテクストに向かうように圧がかかり続けていると言うことです。

そもそも苦しいのは、コンテクスト(&メタコンテクスト)が当然ながらある方向性(ベクトル)を持っているからです。それがどういう方向性であれ、ある方向性に強制されることは誰にとっても苦しいのです。

イルカの例で言えば、第一次適応については葛藤の記述がスルーされていますが、自由に餌をとって食べていたのが、顔を出さなければ餌をもらえないという段階で葛藤があり得るでしょう。

その葛藤を超えて第一次コンテクストを身につけたわけですから、そのコンテクストに執着するわけです。それに、それ以外に何をしていいのかがわかりません(苛立って尾ひれで水を打つまでは)。

つまり、ダブルバインドに遭っている側から言えば、どこかの方向性に向かうように圧がかかり続けているけれど訳がわからない―それが苦しいということ。その圧力がかかっている方向とは、メタコンテクストが目指すベクトルです。

この部分は見落としがちだと思いますので重ねて言います。
メッセージとメタメッセージの間に矛盾があり、どちらも選べなくて立ち往生―という状況にあることをダブルバインドというのではなく、ダブルバインド状況の背後にはベクトル(メタコンテクストの方向へ向かわせようとする圧)があるということです。(コンテクスト=文脈ですから当然方向性があるのですが)



-----------------------------------------------------------
ところで、ベイトソンの説明は、ダブルバインド状況を俯瞰して眺める立場から出来る説明です。ダブルバインドに遭っている側にメタコンテクストは見えませんので、遭っている側から説明すると次のようになるでしょうか。

(ある関係性=コンテクストの中で)徒労と思いつつ苦しみ続けることも、その関係性を放棄することも、いずれも選び難し。どっちにも行けないよ~―そういう苦しみの中にあることをダブルバインドと呼ぶ。

これを人生脚本の観点で見ると次のようになるでしょうか。
空しく苦しい人生脚本(母親とのコンテクスト)を生き続けることも、これまでの半生を築いてきた人生脚本を捨てることも、どっちも選べないよ~。つまり、ダブルバインドの状態のまま生きているからこそ、“生きづらい”んですね。




関連記事
 
Comment1  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 

久しぶりに、見ることが、できました。難しいけど、力をもらいました。

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
記事・インタビュー他
わが子を守るために
写真/動画集はこちら↓
 
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード