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8.ダブルバインドを経て成長するvs病気になる、の違い

2014/09/11(Thu) Category : 心理学
【「精神の生態学」~ベイトソンのダブルバインド理論の詳細】の目次へ

8.ダブルバインドを経て成長するvs病気になる、の違い-----------------

さて、調教師とイルカはこのダブルバインド状態を抜けて、より高次のコンテクストを共有できる次元へと成長しました。
一方で、ダブルバインド状況のストレスが続いた結果、統合失調症が発症するという仮設をベイトソンは持っています。
同じダブルバインドを経ても、片や成長し、片や病気になっています。この差はなんでしょうか。

注目しなければならないのは、ダブルバインドを仕掛けている側の姿勢ですね。
言い換えれば、ダブルバインドを仕掛ける側がどのようなベクトルを持っているか、どのようなベクトルをダブルバインドに与えているか、ということです(→ここから、「治療的ダブルバインド」という方向性も出てきます)。



まず、調教師とイルカの間には基本的信頼関係があります。そして、調教師はイルカを成長させようとしており、その成長を喜んでいます。
一方、ダブルバインドを使う親は、意識的にであれ無意識であれ、自分のエゴ(不安からの逃走、脚本人生の操り人形、代償行為の道具)のために子をコントロールしようとしています。いわば、子を自律(成長)せないために使っているのです。

つまり、
調教師とイルカの関係性(winwin)と、
問題ある親と子の関係性(支配者と道具)は、
そのスタート地点から異なっているということです。


スタート地点-まさしく文字通りで、親は人生脚本を生きるために適した配偶者を選び、子を道具にしていくわけですから、子は親のメタコンテクスト(人生脚本+存在不安からの逃走人生)の中に生まれてくるということです。

そして、イルカが最終的にメタコンテクストの方へ導かれたように、子は親のメタコンテクストに沿った生き方をしていくことになります。
この親の“強制”による操り人形行動と自分の気持ちとのギャップが、「自分の行動が自分ものではない感じ」を与え、その乖離感が長年にわたって蓄積され限界に来たときに、何らかの感情爆発のきっかけと共に統合失調症が発症することがあるように、私は見聞から感じています。


つまり、ダブルバインドという状況は様々なことで見られる状況なのですが、そこから病が発症するに至る場合は次のような条件が付加すると思います。

1.子を親のメタコンテクスト(人生脚本+存在不安からの逃走人生)の中に取り込む、あるいは親のメタコンテクストに沿って子を鋳型成形しようとする親側の強い圧力
2.その圧力が、親子関係の日常の中で四六時中休むことなく継続していること(まぁこれは無意識に行われているので当然なのですが)
3.子の側でいえば、自分の感覚・感情で動くのではなく、親のメタコンテクストに沿って操り人形のように動く日々が“日常”となること
4.加えて強い感情禁止令があり、「心のコップ」が破裂せんばかりに感情がたまっているのに、それに気づかない状況があること


ベイトソンは、『この種のトラウマを継続的に受ける結果として、分裂症的コミュニケーションが学習され習慣化されるという仮説を作り上げた。現在その検証を続けている』と述べています。“継続的に受ける”というところがポイントですね。

ただベイトソンは、『母親が子どもに対してなぜそうした心理を抱くのかという具体的な点は考察から除外されている』という立場に立っています。けれどコンテクストがベクトルを持ち、そのベクトルによって創造性を持つに至るかロボットになるのかの違いが出てくるわけですから、子どもにとってのメタコンテクストである母親の心理を追究することは、統合失調症発症の要因を探る上で重要だと思います。そして、そこを補うのが、「世代間連鎖」(家族療法)+「人生脚本」(交流分析)の観点だと感じております。




--------------------------------------------------------------------
なお、この「精神分裂症の理論に必要な最低限のこと」という論考でベイトソンが本当に述べたかったのは、これまでの学問の枠組みの見直しでした。

ニュートン力学下のパラダイムでは、
大きなコンテクストが小さなコンテクストに及ぼす影響は無視する。
問題は単純化する。
観察者と対象は分離する―という大前提で物事が進められてきました。

たとえば、『大きなコンテクストが小さなコンテクストに及ぼす影響は無視する』→「親が子に及ぼす影響は無視する」「社会が家庭に及ぼす影響は無視する」。

『問題は単純化する』→事件は当事者の責任能力の範疇に限定し、当事者の親や家庭の問題は取り上げないか参考程度にする

『観察者と対象は分離する』→「親と子は分離する」になるでしょうか。


けれど、観察者を含めた全体を観察すること、対象ではなく関係性こそが研究の対象であるという視点―これがすべての学問に必要だというのが彼の主張であり、それが量子力学など最先端の物理学でも証明されていますね。





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