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11.ダブルバインドと人生脚本

2014/09/16(Tue) Category : 心理学
【「精神の生態学」~ベイトソンのダブルバインド理論の詳細】の目次へ

11.ダブルバインドと人生脚本---------------------------------------

振り返ってみましょう。
この事例での母→子へのメッセージは次のようなものでした。

1.「もうお休みなさい。疲れたでしょう。」
2.「ママは、あなたのことが心配だから言ってるのよ。だから寝なさい」

1の裏:「“疲れた”という理由を受け入れて休みなさい。でなければ、おまえは<私がお前を愛していないということに、自分が気づくという罰>を受けることになるよ」

2の裏:「ママの指示に対する異議申し立てをせず寝なさい。異議を言うということはママの言っていることを疑うことになり、それは<私がお前を愛していないとお前が思っていることに、私が気づくという罰>を受けることになるよ」

“裏”とはメタメッセージ(メッセージの後ろに隠されたメッセージ)のことですが、2自体も1のメタメッセージ(メッセージ“についての”メッセージ)です。つまり、ここには4つのメッセージが登場しています。

1の直接的指示。(メッセージ)
1に隠された自罰的禁止令。(1の裏=メタメッセージ)
1の補完説明としての2(上と次元の違うメタメッセージ)
2に隠された外罰的禁止令。(2の裏=メタ・メタメッセージ)

つまり、
1:メッセージ+メタメッセージ1
2:メタメッセージ2+メタ・メタメッセージ2

これを言葉で表現すると
第一次禁止令:指示に従え。でなければ自罰を受けることになる。
第二次禁止令:異議申し立てをするな。でなければ外罰を受けることになる。

自分が自分を罰しているところに外罰(脅迫)が来ますから、指示者の命令通りに体を動かしてしまうことになります。このように自罰と外罰の二重の罰で拘束して、相手をこちらの思い通りに行動させてしまうことをダブルバインドと言うわけです。

そして、単なる「従えという命令」ではなく、罰を伴う強制力の強い命令ですから、「~を禁ずる命令」という言い方が出てきます。
第一次禁止令=指示に従わないことを禁ずる命令
第二次禁止令=異議申し立てを禁ずる命令



------------------------------------------------------------
さて、ベイトソンは、第二次禁止令を第一次より抽象レベルが高く、一次と衝突する禁止令と定義しています。その説明として、第二次禁止令は『第一のレベルのメッセージの、どの要素とも矛盾する』と述べています。

抽象レベルが高いというのは、第二次禁止令自体が、第一次のメタメッセージだからです。

“衝突する”あるいは“矛盾する”というのは2つのことが考えられます。
1つは、第一次の優しい装いとは真逆の脅迫(外罰)が入っていること。・・・・・・①
1つは、第一次は“罰する”というメタメッセージを発しておきながら、二次では「あなたのためだから(これは罰ではないよ)」と真逆のメッセージが入っていること。・・・・・・②

実際、第二次禁止令の例をベイトソンは次のように挙げています。
「これは罰ではないのだよ」
「私がおまえを罰するような意地悪な人間だと思っているんじゃないんだろうね」
「私が禁止したからと言って、それに素直に従う人がありますか」
「何をしてはいけないのか、などと考えるのはやめなさい」
「おまえにこれを許さないのは、おまえを愛するからこそなの」
「私の愛を疑うことは許しませんよ」

(ベイトソンが挙げたこれらの言葉の後に「だから、異議申し立てをするな」と付けることが出来ますので、これらをひっくるめて当ブログでは「異議申し立てを禁ずる命令」と書いております(これも私の造語ではなく遙か昔に習ったものですが、理解しやすいと思いましたので、以降それを用い続けています))



------------------------------------------------------------
ところで、ベイトソンは、二次は一次と衝突する禁止令と述べていますが、説明の仕方に少し混乱が見られるように思います。というのも、両メッセージとも優しい装いをしていますし、両メッセージとも罰(脅迫)が入っているからです。ではなぜ、混乱した説明になっているかと言いますと、次のような比較になっているからだと思われます。

①は、メッセージ(表層1)とメタ・メタメッセージ2(2の裏)の比較です。
②は、メタメッセージ1(1の裏)とメタメッセージ2(表層2)の比較です。

もし比較するのであれば、表層対表層、裏対裏で比較しなければなりません。つまり、メッセージ対メタメッセージ2、メタメッセージ1対メタ・メタメッセージ2です。

それで比較してみるとどうなるでしょうか。
・メッセージ「休みなさい」対メタメッセージ2「あなたが心配だから」
・メタメッセージ1「自分が愛されていないことに気づくという罰が来るよ」対メタ・メタメッセージ2「あなたが私の愛を疑っていることに私が気づくという罰が来るよ」

いかがでしょうか。一貫していますよね。
私から見ると、二次の命令は一次の命令をより強力に遂行させるための命令になっています。反論できずに、その方向に持って行かれてしまう。まるで二本のレールに挟まれた列車のようです。このように二重に拘束されてある方向への行動を押しつけられてしまうことを、私はダブルバインドと呼んでいます。

先に見ましたように、コンテクストはベクトルを持ち、存在自体がコンテクストですから、そのコンテクストの中で発せられるメッセージがベクトルを持つのは当然なのです。だからこそある方向へ仕向けさせる強制力を持つものになり、その一貫したものが継続して続くからこそ病が発症する場合があるわけですね。




------------------------------------------------------------
このベイトソンの説明の混乱を避けるために必要な視点は、そもそも母親がどういう存在(コンテクスト)か、という視点だろうと思います。冒頭に次のように載っていました。

『事例に登場する母親は次の2つの側面を持つ母親です。
a―子どもが近づくと敵意に満ちた、あるいは子どもから身を遠ざける行動をする
b―自分が子どもを避けていることを否定するために愛を装い、子どもへ近寄っていくそぶりを見せる』

そのようにする理由は、以下のような理由が体験的に想定されます。
・母親一神教への忠誠(「夫の妻」にも、「子の親」にもならない)、
・母親への怒りの代償行為(子は代理母親)
・存在不安を持つ“仲間”作り(“母親から見捨てられた仲間”作り)
・不安感情からの逃走(感情表現体としての子を遠ざける)
・自分の代理母親として維持するため(自分が“母親”であることを自覚してしまうような行為を徹底して避ける)等々

上記の背景(ここでは簡単に「人生脚本」と総称しておきます)は、子が生まれる前から母親の中に内在しているものであり、その脚本に則って夫を選び子も道具にしているわけですから、子は最初から母親のコンテクスト(脚本)の中に位置づけられているわけです。

ここで、子をコンテクストとすれば、母親は子を取り込んでいるメタコンテクストですね。子は、「母は自分を愛している」というコンテクストを信じて生きたい存在です。けれど、上記のような“背景”から「子を疎んじる」というメタコンテクストで生きている母親もいるわけです。メタコンテクストとコンテクストが最初から衝突しているわけですね。

そして、母親の「子を疎んじる」というメタコンテクストの背景にあったのは、上記の「人生脚本」(メタ・メタコンテクスト)でした。

・子のベクトル:母の愛を信じるコンテクスト
・母のベクトル:子を疎んじるメタコンテクスト
・母のベクトルの背景:人生脚本(メタ・メタコンテクスト)

問題は、メタ・メタコンテクストを母親本人も子どももわかっていないということです。わかっていないけれど母親は一貫した行動(メタコンテクスト)を取り続け、「母は自分を愛している」というコンテクストを信じたい子どもは、母親の言葉や見せかけの態度を自分に信じ込ませつつ(自分を欺きつつ)、母親のメタ・メタコンテクストを叶える生き方をしていくことになります。


つまり、
1.母親は無意識のメタ・メタコンテクスト(人生脚本)に則って、
2.メタコンテクストのメタメッセージ(子を遠ざける)を発する。
3.それは、言葉で表現されるメッセージと矛盾するものである。

4.子は、メタメッセージに気づくが、それを認識することで自分が信じたいコンテクスト(母は自分を愛している)が壊れるので、認識することを避ける。

5.そして、母親のメッセージを受け入れ(自己洗脳)、メタメッセージ(子を遠ざける)の通りに行動する。

6.親の“言葉”(メッセージ)を受け入れることが、IP(インナーペアレンツ:自己洗脳のための理屈群)を形成する。

7.一方で、親のメタメッセージに沿って“行動”していくことが、親のメタ・メタコンテクスト(人生脚本)に気づかせ(無意識ですが)、親の望む役割を遂行する人生+不安から逃げる人生を歩むようになる(人生脚本)。


そういうプロセスの中で、
8.親の脅迫を感じたくない子どもは(そんな親はイヤですから)、第二次禁止令が発せられる前に進んで従うようになったり、
9.自罰傾向(自らに対する第一次禁止令)が強くなったり、
10.実感と操り人形としての行動の乖離が激しくなって統合失調症などの病を発症したりするわけです。

自己防衛の手段として(ベイトソンは次の3つを挙げています)、
11.あらゆる言葉の裏に自分を脅かす隠された意味があると思い込んだり(メタメッセージのみに注目するケースですね)
12.人が自分に言うことを、みな字句通りに受け取る(メタメッセージを無視し、表面的メッセージだけに注目するケースです)
13.耳を塞ぐ(人とのコミュニケーションを取らない、あるいはフリーズする)

―このように様々な症状を発症していくわけです。




-------------------------------------------------------------
上記で見たようにコンテクストはどこまでも織り込まれていく、あるいは拡大していくものであり、個人対個人だけの問題ではなく、世代間で個人のエゴを付加しながら受け継がれていくものでもあります。そして、そのどの抽象レベルのコンテクスト間でも、ダブルバインドという現象は起こりますし、それが創発に至ったり病の発症に至ったりするわけです。

当相談室では、人生脚本やゲームなど交流分析の言葉も世代間連鎖という土俵の上で使っているように、ダブルバインドという概念も世代間連鎖という土俵の上で用いています。

私は、ダブルバインド現象が起こる背景に注目し、その背景に気づいてもらうことから自律に向かうサポートをしております。





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鉄鋼業界へ警告

 角松二佐、あなたにも見えたはずだ。

 

> 8.親の脅迫を感じたくない子どもは(そんな親はイヤですから)、第二次禁止令が発せられる前に進んで従うようになったり


↑ あ いたた た σ(^_^;) やってました、やってました、

進んで 全力で 母親に尽くして いましたですねぇ
まあ、いずれ限界は来ますわなぁ…鬱になりました。
それは救いというか、人間だもの、という感じなんですねぇ…
「なんで?」と 考えざるを得ない所に追い込まれるんですね。

中尾先生のおかげで鬱から脱出させて頂いたと思っております。
本当にありがとうございます。

 
    
 
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