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2-3)娘に「存在不安」を植え付けけ、見捨て続ける

2014/11/09(Sun) Category : 渋谷夫バラバラ殺人事件
【「渋谷夫バラバラ殺人事件」の考察】
【2.歌織の母親の人生脚本】


3)娘に「存在不安」を植え付け、見捨て続ける

存在不安が強い母親は、自分と同じ不安を抱える“仲間”を欲しがっています(無意識ですが)。他人は自分と同じかどうか分かりませんのでダメです。我が子でも性別が違う男の子より女の子がベターです。で、女の子が生まれたときに、自分が感じたのと同じような「母親からの見捨てられ不安」を植え付けるのです。

たとえば、その子が寝ているときに買い物などに行って放置し、帰ってきたら不安で大泣きしているなど、それに類する事例は多々あります。子供は、それまでも母親との間に心のつながりを感じられなかったりしているため、確信的に「やっぱり捨てられた」と思うわけです。


さて、「見捨てられ体験」をさせるために利用されることがあるのが、怒れる夫です。夫が逆上して子どもを怯えさせたときに子どもを救わないことで、その子に「母親からの見捨てられ不安」を植え付けるというのはよく見られることです。

先に見ましたように、父親の中には、きっかけさえあれば爆発的に出てくる母親への憎悪や怒りが渦巻いていたと思われます。その怒りが出るきっかけが、だらしなかったり無様な状態を見せることだったのでしょう。というのも、歌織が30歳の時に祐輔と離婚すべく実家に帰った折に、父親は『お前が1番だらしない』『このザマは何なんだ』と、なんと2時間も怒鳴り続けているからです。

怒りが激しいとき、及び怒りが持続しているときは、それが目の前の相手に対する怒りではなく、閉じ込められていた怒り―そのほとんどが親への怒りなのです。その怒りを代償行為で目の前の相手にぶつけているからこういうことになるのですが、父親は『お前が1番だらしない』『このザマは何なんだ』という言葉を母親にぶつけたかったのでしょう。



そのように見た場合、もしかするとですが、便座の上で3歳頃の歌織が父親に殴られ続けた「トイレ事件」も仕組まれたものだったのではないかと思えるのです。
なぜ、そこに母親が居なかったのか。
なぜ、母親が助けに行かなかったのか。
そしてなぜ、父親がそこに居たのか?・・・

もしかすると、歌織が粗相したのを母親が父親に告げたのかもしれません。(このようなこともよくあるパターンなのです)


いずれにせよ母親は、この子の中にも不安が植え付けられたと手応えを得たでしょう。そして一度不安を植え付けた以上、その不安を解消するようなことはしません。もし不安が解消されてしまったら、存在不安を抱えるのは自分一人ぼっちになってしまうからです。そのため、トイレ事件や父が歌織を追い返した事件のような出来事があったときこそ、助けないのです。



助けない一方で、子どもを手放そうとしません。夫は自分より先に死ぬ可能性があるからです。なので、子どもが父親に向かわず自分に向かうように、さらに自律できないように育てますが、この時に利用されるのも父親です。

夫の厳しいあり方のまま子どもに接したら子どもがどうなるか、母親はわかっていたはずです。にもかかわらず子を救わず夫を放置しました。それは、
父親から娘を切り離すこと、
男性嫌悪を受け付けること、
社会不信を植え付けること、
母親から見捨てられる不安を植え付けること、
人間不信を植え付けること、
存在不安を植え付けること・・・
いろいろな意味で効果的だったので、夫が利用されたのでした。

なお、「母親からの見捨てられ不安」を感じた子供は母親に執着します。それは、自分自身の実体験でよく分かっていますから、見捨て続けることで子が自分に執着することもわかっていたでしょう。そういう意味でも、娘ではなく夫を取るのです。





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母への憎悪

自分の奥深くにあった見捨てられ不安に触り
そこにいるチャイルドに襲いかかってくるAC人格と格闘しています。

「見捨てられ続ける」という言葉を読み
母親への凄まじい憎悪が噴火しています。

これまで母親は徹底的に私を見すて続け、
執着させ、見すて続けると同時に過保護という偽の優しさを容赦なく私の心の領域に垂れ流し続けてきましたが、
母親自身の中にある見捨てられ不安を
見たくない母親は未だ、
私に対し執拗に執着し続け、
荷物を送ってきたり、
偽の優しさの手紙を書いてきたり、
老後の獲物を逃すものかと必死のようで
怒りと憎悪と罪悪感と、
もしかしたら分かり合えるのではないか?という期待とがごちゃまぜになり、
私を混乱させます。


幼い頃の分離が全く行われていないため、
自分の中を見ていても、
どれが自分の気持ちで、どれがAC人格で、
どれが親に植え付けられた毒の観念なのか
わからなくなり混乱します。

見捨てられる不安イコール
意識の麻痺が起こるほどの強烈な
恐怖なので、
直視することを避けようとする思考も働き、
心の核、自尊心の核のところで、
居場所を失ったりします。

母親への憎悪。
自分へ向け、傷つけるようなことは
もう絶対にしない。
母親へ向けるべき憎悪を恨みの限り
吐き出したいと思っています。

思考があまりにもフラフラしているので、
自分を確かめるために立たせるために
ここに書き込ませてもらいました。


 

父親から娘を切り離すこと、
男性嫌悪を受け付けること、
社会不信を植え付けること、
母親から見捨てられる不安を植え付けること、
人間不信を植え付けること、
存在不安を植え付けること・・・

これ全部当てはまります。
凄まじい洗脳と束縛だと思います。

自分の中にある深い寂しさや
存在不安を感じて 
少しづつ変化していますが、
寝深い人や社会への不信感は
まだ消えません。
というより、今まで押し隠してきた
奥にあった不信感が
はっきり見えるようになった
のかもしれません。

 

私の母親も、娘の私を自分の母親がわりに愚痴ばかりきかせたあげく、このように父親の暴力を受けさせ、存在不安や罪悪感を植え込みました。ほんとうに、人としてあり得ない、温かさの欠片もない。そんな母親を哀れに思い、頑張り続けた私を私は受け止めることにした。両親の背筋が凍るような冷たさ…この冷たさを感じたくなくて色々してきたたけれど、いまは、自分が自分に帰れる温かさがあるから、その氷より冷たい冷たさも感じる勇気がある。感じてしまえば終わるのだ。家庭と社会のサンドバックにはもうならない。
こちらのブログを最近知りました。同じように孤独な闘いをしてる仲間がいるのだな、と力が湧きます。

 

読んでいて、怒りが・・・湧いてきました。
これ、きっと私の母親への怒りです。
うちも本当の黒幕は母親でした。
弱そうな顔して、本当は全部共謀してたんだ・・・!!!!!
昨日今日、自分が何をされてたのか実感が湧いて、恐怖と震えが出てきました。
やっと自分のために怒れそうです。

 

私も見捨てられていたのかも

私のこと、少しずつ拾って集めていきたい。娘にも同じことしないように。

 

「寝ている間に買い物に行き放置」も「父親が激しく怒っている時に放置」も私の家では当たり前でした。
徹底して母は、私を見捨てることにしたんだなぁと感じます。
無意識とはいえ、色々と見事な連携プレイ、本当に天晴れな両親です。

 
    
 
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