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8-1)リアリティのない母親

2015/01/28(Wed) Category : 渋谷夫バラバラ殺人事件
【「渋谷夫バラバラ殺人事件」の考察】
【8.離婚を決意した娘vs拒否した母親(2004.05)】


1)リアリティのない母親

さて、ゴールデンウイークに2人で帰省し、その後5月中に1人で帰省しています。あまりに短期間ですが、今度は離婚を決意しての帰省でした。つまりは、それだけの“成果”があったのでしょう。それは酷い暴力でした。

弁護側「16年の5月に被告が1人で実家に帰ってきた?」 
母親 「はい」 
弁護側「そのときの話で、被告は祐輔さんからどんな暴力を受けていたと?」 
母親 「手を椅子に縛られ、髪を引っ張られて引きずられた。外出ができないように洋服を引き裂かれた」 
弁護側「ほかには」 
母親 「顔にはお茶をかけられ、つばを吐きかけられた。ひどい暴力にあった」 
弁護側「被告は祐輔さんからどんなことを言われていたのか?」 
母親 「『お前が地球の裏に出ても見つけ出す』と」 
弁護側「被告はしばらく実家で過ごすことになっていたのになぜ戻ったのか」 
母親 「新潟で父と暮らすのが無理だと言っていた」
弁護側「その後、被告とは連絡を取っていたのか」
母親 「しょっちゅう取っていた」

「手を椅子に縛られ、髪を引っ張られて引きずられた。外出ができないように洋服を引き裂かれた」「顔にはお茶をかけられ、つばを吐きかけられた。ひどい暴力にあった」―尋常じゃない暴力―人間性まで踏みにじられた陰惨な暴力です。

ゴールデンウイーク後に繰り返されていた暴力―そこでは、迫害者祐輔―犠牲者歌織―(救援しない)救援者母親の「三角形のゲーム」が繰り返されています。ここでは、どこまで自分が酷い目に遭ったら母親は助けてくれるのかという謎解きがゲームのテーマですね(by謎解きちゃん)。

しかし、回し車のハムスターのようにくるくるとゲームが繰り返されても、いっこうに救援者は現れません。歌織は業を煮やしたのではないでしょうか。そして、何かを仕掛け、酷い暴力を引き出したのかもしれません。


それはともかく、母親の証言を聞いて、何かおかしいと感じませんでしょうか。7-7)で語るべき言葉を持たなかった母親が、この悲惨な暴力を、こうして語れるほどに聞いているのです。しかも、『お前が地球の裏に出ても見つけ出す』という言葉は、「お前には逃げ場がない=お前の親など恐くない」と言っているのと同じです。親も馬鹿にされているのです。

これだけのことを聞かされてなお、母親は歌織を祐輔の元へ返しています。これだけの暴力を振るわれ、親までも馬鹿にされたこのような男の元へ、しかも離婚を決意して帰ってきた娘を返す理由など、一体どこにあるのでしょうか。

しかし、母親は『新潟で父と暮らすのが無理だと言っていた』―つまり、歌織のせいにしているのです。この言い訳には、「夫や娘が何と言おうと断じて許さない」という娘を思う母親としての気迫など微塵も感じられません。とても悲しいことです。

同時に強烈な違和感を感じます。母親の答弁にリアリティを感じないからです。この母親が現実を生きている感じがしません。それは、この母親が気持ちで生きていない(=虚構を生きている)からでしょう。



おそらく歌織は、
自分が人間性まで踏みにじられたから「離婚する」と思い、
親までも馬鹿にされたからこそ「離婚できる」と思ったのではないでしょうか。

前回祐輔を連れて帰ったときの母親の態度を見て、この程度の暴力では母親は動かないことを歌織は知っていますから、自分が踏みにじられただけではまだ足りないと思っていたでしょう。母親にとって自分の存在価値はマイナスと思っていますから、それだけでは足りないのです。(*1)

けれど、今回は親自体が馬鹿にされています。もしかすると両親が怒ることで離婚できるかもしれない―歌織は、そこに希望を託したのかもしれません。もしかすると、母も怒ってくれるかもしれない。いえ、母親が無理でも父親が怒ってくれるかもしれない・・・。

けれど、「怒り」という感情は人としての尊厳を傷つけられたときに湧いてくる感情であって、道具として生きている人に怒りはありません。母親がこのことで怒ることはありませんでした。








【付記】
*1:本人の能力は極めて高いのに、「どれだけ存在価値(自己評価)が低いんだ?!」と思う人が沢山います。かつて、企業が有能な人材を飼い殺しにしているとよく思ったものですが、それ以前に本人が自分を飼い殺しにしています。

皆さん一人一人がインナーチャイルドとつながってありのままの自分で生きたら、どれほどすごいスーパーかつハッピーな社会になるか!・・・ということを、いつもいつも感じます。





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そうだったんだ・・・

私と母とのやりとりを思い出します。
私も、いつになったら母は私に関心を示してくれるんだろう、と試していたように思います。
これを言えばいくら私に無関心な母親でも、同情や関心を示してくれるに違いない・・・と思っていた最後の切り札がありました。
それは、中学生時代、いじめられていたということでした。
ずっと言わないでいたのですが、いくら過去のこととはいえ、親ならば心配してくれるに違いない・・・私にとっては、そういう切り札でした。

それを話したときの母の反応は・・・
(若干動揺しながら)「そういうこともあるらしいわね」
・・・・・・でした。

友人にそのやりとりを話すと、「お母さんにそんなこと言われたら泣いちゃう」と言われました。
当時は、そうか、私は泣くようなことを言われたんだ・・・と思いながら、ショックが大きすぎて感情が出ませんでした。
文にしてみると、本当に、私に無関心な母親だったんだなと思います・・・
道具としての虚構人生しか歩んでない母だから、怒れないし、心配もできなかったんですね・・・
たとえ、娘がいじめられていたとしても・・・ 泣

そのやりとりも、すでにかなり昔のことになりました。
それから、色々あって、両親に私が望む形で愛されることは一生ないんだな・・・と思い至り、
両親に愛されたいという想いを無理矢理断ち切り・・・。
お母さんに愛されないんだったら、食べる(生きる)意味もないな・・・という思いが湧いてきたりして、(母親と食べ物は繋がってるんだと思います)断ち切る過程で10kgくらい痩せ・・・、(私はその時のことを絶望ダイエットと呼んでいます、笑)
あのころ、荒い方法で断ち切ったので随分体に無理をかけてしまいました。

そして・・・、こちらに辿り着きました。

 

読みながら、私の両親と祖母の世界みたいだなと感じました。
それから、私の母は歌織さんの母親と似てるなぁと感じました。
私はずっとこのような世界にいて、物言わぬ生き物として、自分たちが甘える《親》として、お金を生み出すロボットとして、必要だったんだなぁと、最近感じます。
自分の中に嘆き哀しむ脚本ちゃんを感じつつ、それを自分でも微笑ましく見つめる自分もいて、最近は相反する自分が面白いです。
今はそういう自分を楽しみます。

 
    
 
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