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11-5)脚本人生を見抜くポイント~定点チェック役の友人から見た歌織(2005.夏)

2015/02/25(Wed) Category : 渋谷夫バラバラ殺人事件
【「渋谷夫バラバラ殺人事件」の考察】
【11.脚本人生劇場第二幕(2005.06~2005.秋)】


5)脚本人生を見抜くポイント~定点チェック役の友人から見た歌織(2005.夏)

ところで、歌織が脚本の証人役として時々会っている大学時代の友人がいます。その友人の目からこの時期の歌織を見てみましょう。

弁護側「次にあなたが歌織被告に会ったのはいつ?」
証人 「2005年の夏ごろ」
弁護側「平成17年の夏だね?」
証人 「はい」
弁護側「どういう形で会った?」
証人 「歌織さんと(友人の)○○さんの3人で」
弁護側「どのくらいの時間をどうやって過ごした?」
証人 「2時間ぐらいだったと思う。会うのが久しぶりだったので、近況報告などをした」

―歌織が友人と会う自由を持っていることが分かります。


弁護側「歌織被告は家庭内のことについて話していた?」
証人 「『(祐輔さんに)暴力を振るわれて、(自宅の)目の前にある病院に飛び込んだ』と言っていた」
弁護側「程度などは?」
証人 「具体的には言っていなかった」
弁護側「具体的にはどんな暴力を受けたと?」
《5秒ほど考える歌織被告の友人》
証人 「記憶があいまいなのですが…顔を殴られたとか…」
弁護側「それで?」
証人 「鼻の骨を折ったと」
弁護側「暴力は外見上で分かった?」
証人 「そのときは分からなかった」

弁護士が具体的に訊いていますね。証人は、『記憶があいまい』と答えていますが、そもそも具体的な話がなかった可能性があります。しかし、同じ状況を、法廷では事細かに語っています。
10-2)激しい暴力を引き出した仕掛け(2005.06.27)

歌織は友人を脚本ストーリーの証人役にしていますから、もし本当に法廷で語ったほどの激しい暴力があったなら、友人達と会ったときにも積極的に語っているでしょう。その状況の激しさを聞けば、友人の記憶にも残っているはずです。けれどこの印象の希薄さを見ると、歌織自体がその程度にしか語れなかったことを示しているように思います。法廷で語るまでの1年間に、ある程度の事実を元に創作した可能性も否定できません。



弁護側「(歌織被告は)祐輔さんのことについてどんなことを言っていた?」
証人 「彼女は離婚したがっているのに祐輔さんが認めてくれない、と言っていた」 
弁護側「歌織被告の話す様子はどうだった?」 
証人 「シェルターから出てきたという割には明るい感じだった」
弁護側「ほかに」
証人 「祐輔さんから携帯に電話がかかってきて、『今どこにいる、誰といる?』と聞かれていた」
弁護側「ほかに祐輔さんについて何と言っていた?」
証人 「詳細には聞いてないのですが…毎日帰りが遅く、遊んでいると」

―『今どこにいる、誰といる?』とチェックする祐輔と、『毎日帰りが遅く、遊んでいる』祐輔。「遊んでいる」というのは歌織の言葉ですので、(後にそういう話も出てきますが)実態はプロジェクトや飲み会かも知れません。毎日遊ぶ金銭的余裕はないでしょう。ただわかることは、毎日帰りが遅い=歌織を野放しにもしているということです。

不思議ですね。「囲い込み」を行う男性は、こんなにのんびりとはしていません。実際、チェック魔となっていた祐輔もいましたが、それがなくなったのでしょうか。
「10-1)なくなっていた暴力(人生脚本)を復活させた歌織」

この時期の祐輔は結婚が失敗だったという認識を持っており、それに危機を感じて歌織が「ダディ&マミィ&犬」という擬装家族を演じていた時期です。だから、『彼女は離婚したがっているのに祐輔さんが認めてくれない』という歌織の話とは真逆で、祐輔にとって歌織を囲い込む必要はありませんでした。ではなぜ、祐輔は携帯に電話をかけてきたのか。ここが脚本のかみ合う部分なのでしょう。

例えば、「なにもせずにそこにいろ」という脚本を生きている女性は、何でも出来る男性を選びます。そして夫が、「お前は何にもできないなぁ」と嘆いたり罵倒したりする言葉を聞くことが、ご褒美なのです。「お母さん、私は夫からこう嘆かれるくらい何もしていないよ」と脳内親に聞かせているわけで、この言葉をもらうときこそが絶好調の見せ場であり、そういう言葉(脚本人生の証拠)を言ってくれる男性ですから結婚したわけです。

一方の夫にとっては、逆にその言葉を言っているとき「俺が何でもやっているよ」と脳内親に認めてもらっています。つまり、手を出す―何もしない、注意する―心配かける、文句を言う―聞く、しゃべる―無口、厳しい―甘い、言い合う・・・それらのパターンが繰り返されているときは、互いの脚本がタッグを組み、それぞれ脳内親にその姿を見せている見せ場であり、互いに相手は、あうんの呼吸でその見せ場を提供してくれるありがたい相手ですからベストカップルなのです。

ストローク飢餓にある歌織は常に自分への働きかけが欲しい人間であり、だからこそ存在不安の強い祐輔を選んだわけです。ですから、あの手この手で常に自分を意識するように仕掛けますし、その文脈の中で、祐輔は自分がチェックすることを歌織が喜んでいることに気づいていきます。親子関係を見ていると、子は本当に親の望むことをしているなぁとつくづく感じますが、祐輔にとって歌織は代理母親。歌織の喜ぶチェックをしていたのかもしれません。


『明るい感じだった』というのも、鼻を折られるくらい酷い暴力を受けてシェルターにまで入ったのに、証人も感じているように不思議ですね。おそらく、「マミィとダディ」で祐輔をつなぎ止めると同時に祐輔の暴力をバージョンアップさせ、母親に見せる証拠となる公正証書も取り付け、脚本第二幕の観客も出来、すべてが自分の思い通りに進んでいたからではないでしょうか。





弁護側「次に会ったのはいつ?」
証人 「17年の夏の終わりか、秋ごろ」
弁護側「ほかに誰がいた?」
証人 「○○さんと、(その知人の)△△さんの4人で夕食を食べました」
弁護側「そのときの歌織被告の様子で覚えていることは?」
証人 「祐輔さんから電話がかかってきて、前と同じように『何時ごろ帰ってくるんだ?』と聞かれていた」
弁護側「歌織被告はそのとき祐輔さんに何と言っていた?」
証人 「私たちが歌織被告に『もう少しここにいたら?』と言ったので、(祐輔さんに)『もう少しいてもいい?』と言っていた」
弁護側「歌織被告はどんな様子だった?」 
証人 「OKもらって、(祐輔さんに)『帰っても何もしないよね?』と聞いていた。淡々とした感じ」 
弁護側「それは暴力を振るわないことを確認するようだった?」 
証人 「はい。まだを暴力振るわれているのかなと思いました」 
弁護側「前回会ったときとの印象の違いは?」 
証人 「前はまだ明るかったが、暗くなっていた。変わったな、という印象を受けた」 
弁護側「電話の後はどのくらいいた?」 
証人 「『早く帰らなきゃ』と先に帰りました」
弁護側「そのとき歌織被告は祐輔さんについて何かしゃべっていた?」
証人 「何もなかった。初対面の人もいたし、家庭内の話はしなかった」

―『帰っても何もしないよね?』とわざわざ訊くところにあざとさを感じます。この一言は逆暗示として働きます。たとえば、歩いているつま先に、いきなり小石をポツンと置いたらつまずきますよね。同じように、不意を突いていきなり禁止令をポツンと置かれたら、そこに向かうモーメントが働くのです。だから、この言葉は「帰ったら何かしろ=暴力を振るえ」という暗示になります。

と説明せずとも、「何もする気がないのに、なぜわざわざそういうことを言うんだ!」と頭にくるでしょう。言わずもがなのことをいう場合は、その言ったことをしろ、という暗示ですからご留意ください。

また、この言葉は友人達に聞かせる言葉でした。許可を得たのに、『早く帰らなきゃ』と先に帰る姿も友人に見せる姿であり、演出です。後で証言からも分かりますが、この時期祐輔は暴力を振るっていなかったのでしょう。やるとしても両手を挙げて体当たりしてくるというやり方で、これまで以上の酷い暴力にはなりません。なんとしても暴力のバージョンアップをさせたい歌織にとっては、焦りが募っていたのではないでしょうか。

そう考えると、この時期に街中で狂言を演じたことも腑に落ちます。狂言でも何でもいい、祐輔が自分に暴力を振るったことにしたかったのでしょう。つまり、この時『暗くなっていた』のは、暴力が振るわれていたからではなく振るわれていなかったからではないでしょうか。それは、離婚するときに不利に働くことになりますから、それも暗くなる原因だったのでしょう。





ところで、ここに脚本人生を見抜くポイントがあります。
それは、私たちは通例、話されている内容で幸不幸を評価しますが、脚本人生を歩いている人にとって外の一般的な評価は当てはまらないということです。何しろ、「不幸になることが自己実現」という脚本もあるわけで、そういう人にとっては悲嘆に暮れて不幸話をしているときが絶好調(=幸せ)の時なのです。

ですから、その人が今幸せなのか不幸なのか―それは内容ではなく、その人の様子を見れば分かります。ここでは、『明るい感じ』と『暗くなっていた』という印象がポイントです。

歌織の場合は、
暴力と束縛を受けているときは『明るい感じ』で、
暴力と束縛がなくなると『暗くなっていた』わけです。

そこからその人がどういう脚本を生きているのかが見えてきます。
さらに、この証人から驚くべき証言が出てきます。





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