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14-7)母への憎しみが祐輔への殺意に転化した理由、凶器を用意した歌織

2015/04/05(Sun) Category : 少年犯罪・家族事件簿
【「渋谷夫バラバラ殺人事件」の考察】
【14.離婚に向けての攻防(2006.04~2006.秋)】


7)母への憎しみが祐輔への殺意に転化した理由、凶器を用意した歌織

そして、この時期に歌織は凶器となったワインを購入しています。

裁判官「酒は嫌いと言うが、あなたは飲めるのか」
歌織 「ほとんど飲めない」
裁判官「ワインボトルは誰が買ったのか」
歌織 「(平成18年)9月くらいに彼と一緒によく行っていたデパートの地下で、彼が『飲もうよ』と言って買った」
裁判官「祐輔さんが2人で飲む目的で買ったということか」
歌織 「はい」
裁判官「ワインボトルを凶器にした理由は」
歌織 「あのとき視界に入った」
裁判官「目に入った硬い物を選んだということか」
歌織 「それ(ワインボトル)だけが浮き上がって目に入った」

『ほとんど飲めない』と歌織は言っていますね。その歌織に対して、祐輔が『飲もうよ』と言うでしょうか。しかも、9月といえばサラ金の返済を始め、プロジェクトに忙殺されていて帰宅は遅く、飲む機会も少なく、歌織から距離を置いていた時期です。その時期に飲めない歌織に対して『飲もうよ』と言うことは考えにくいことです。しかも、もし祐輔から誘ってその時に買ったのであれば、12月まで残っていないでしょう。

おそらく、歌織は凶器にすることを目的に、一人で買って隠しておいたのでしょう。というのも、逮捕直後に歌織は殺害の動機を次のように語っているからです。

「昨年(2006年)夏ごろにひどい暴力を受けてから、いつか殺そうと考えていた。」―この『ひどい暴力』とは、祐輔が指輪をなくしたこと=「自分を見捨てる」という酷い精神的暴力のことを言っていたのではないでしょうか。



前項で、祐輔が指輪をなくしたことによって母親に対する憎しみが噴出したことを見ましたが、ではなぜそれが一挙に殺意にまで至ってしまったのでしょうか。

その原点は『9-1)母への絶望の中、祐輔の優しさに泣いた歌織(2004.06)』に遡ることになります。2年前、離婚を決意して帰った歌織は母親に拒絶されて虚無と絶望のどん底にいました。あふれてくる憎しみで眠れなくなり、爆発するIC(かおりちゃん)を押さえ込めなければ次に進むことができません。そこで、万引き事件を引き起こし、祐輔(代理母親)から謝罪を引き出し矛を納めたわけです。

その時、祐輔(代理母親)が謝罪したことで『本当にこれで最後だ』=「母を許すのは、これで最後だ」→「今度は、もう許さない」=『本当にあいつを何とかしてやる』と殺意をセットしています。

一方で、『歌織被告の声がうわずり、涙声に』なるくらい、当時の祐輔の優しさに支えられました。この記事で次のように書きました。『この時期、自分を支える背骨(柱)として祐輔が歌織の中に組み込まれたのではないでしょうか。けれどそれが、悲劇へと繋がっていくことになります。』と―。



この出来事以前は、歌織にとっての祐輔は、人生脚本を現実化する上で必須ではありましたが、それでも「替えが効く単なる道具」の一つでした。しかし、絶望の中で優しさに触れたことによって、自分の人生を支えるために「なくてはならない道具」になったのです。

これはディスカウントされ続けている人に見られる心理ですが、親から日常的なディスカウントを受け続けていると、些細な触れ合いでさえもが甘露となります。秋葉原事件を起こした加藤智大は、ビデオショップの店員との儀礼的なやりとりでさえ「甘露」と言っていました。ストローク飢餓の深い人は、最も親密度の低い儀礼的会話でさえも心を潤すものになることがわかります。

親という砂漠の中で生きてきた歌織にとって、祐輔のささやかな優しさは、乾ききった体にしみこむ「甘露」でした。この時相手が本当はどう思っているのかは関係ありません。儀礼的挨拶でさえも甘露に感じるくらいですから、手当などしてもらったならば、それこそ天にも昇る幸福感を感じたのではないでしょうか。

すると、祐輔がいるからこそ生きていける
→祐輔がいなければ生きていけない、に(無意識に)転化していくのです。





さて、そこから、どういう問題が起こるでしょうか。ちょっと心理状況を見てみましょう。

親から日常的なディスカウントを受け続けている人をAとします。そのAの前に友人Bが現れ、たまたまAの話を聞いてくれたとします。心が救われたAはBに全面依存するようになります。すると、今度はBからは絶対に否定されたくないという意識が働くようになります。

というのも、ディスカウントされ続けて心は崖っぷちギリギリで生きているAだからこそ、普通ならば何でもない友人関係が自分を救う大それた関係に感じてしまい、Bを命綱とまで思ってしまったわけです。
そのBに否定的なことを言われるということは、Aにとっては突き放されるということ、それはそのまま崖から落ちてしまうことになります(と、Aの無意識は思っています)。だから、勝手に全面依存していてまことに勝手なことなのですが、Bだけには、絶対に否定されたくないという心理が湧いてくるのです。(*)

一方のBにとってAは友人の一人ですから、喧嘩もするでしょう。しかし、なんでもないことでBを自分の人生の支えと感じたAにとって、そのBからほんのわずかでも否定されることは自分の人生の支えがなくなること=崖から落ちること→自分の人生の破壊者に転化してしまうのです。

この時、Aの人生の救い主だったBは、Aの人生の破壊者になり、AはBを自分の人生を破壊する「敵」として認識することになります。


歌織にとって祐輔は、ただでさえ脚本人生を生きる上でなくてはならない道具でした。それが、あの極限の状況下で優しくされたことによって、自分の人生を成り立たせる柱にまでなってしまったのです。その祐輔が自分から離れていくということは、自分の人生が破壊されるということです。

歌織の無意識の中に、祐輔に対して次の2つの感情があったと思います。
1つは、(代理)母親への強い憎しみ。
1つは、自分の人生を破壊する者としての強い恨み。

これに、自分自身への怒りと父への怒りが加わって、殺意になったのではないでしょうか。
そして、その殺意は、自分の人生が破壊される前に実行されなければなりません。つまり、祐輔が離婚を切り出してくる前に殺さなければならなくなったわけです。






*これは、カウンセラー(B)と相談者(A)の間でも起こりやすい心理です。この場合、相談者の無意識の中でカウンセラーが代理母親となってしまい、相談者はカウンセラーを鏡として自分と向き合うのではなく、カウンセラー自体に向き合うことになってしまうためカウンセリングは継続できなくなります。

というのも、カウンセラー(代理母親)に自分の姿を見せるために脚本人生を突っ走り始めるからです。カウンセラーが相談者の脚本のイネイブラーとなってしまうわけですね。これを避けるためには、抽象的なストーリーではなく具体的な事実を話してもらうこと、その時の状況、感覚、感情を言葉にしていくこと―これらのことが大事になってきます。声に出し、実感することで、脳に「加工」させないためです。




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