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苦しくないのに苦しい顔をしたわけ~脳内親に見せるための脚本ちゃんの表情

2015/01/19(Mon) Category : 脳内親vs小さいちゃん
【脳内親vs小さいちゃん】

【表情2】-----------------------------------------

「お母さん、なんでそんな顔してるの?」
と、娘から言われてハッと我に返ったAさん。

場所は洗面台。我に返ったとたん、目の前の「鏡に映っている自分」と目が合った。
あれ?眉間にしわ。苦しそうな顔している。だから娘は訊いてきたんだ・・・

でも、この鏡を見ていたはずの私は、自分の表情に気づいていなかった。意識はどこに飛んでいたんだろう?

・・・それにしてもなぜ、こんな表情しているの?

今朝、何か嫌な事あったかな?
・・・ない。

この1,2週間で何かあったかな?
・・・ない。

思い当たることが何もない。
じゃあ・・・、なぜ?!




Aさんは、自分がそんな苦しい表情をしている理由が、ついにわかりませんでした。

皆さんは、なぜだと思いますか?
<Let,s thinking>






























世代間連鎖をたどってわかったことがありました。
それは、Aさんのお母さんも働きづめで、いつもそういう顔をしていたこと。

こちらを振り向いてくれないお母さんに、自分のことを認めてもらいたい小さなAちゃんはどう思うでしょうか。「このお母さんに認めてもらうためには、苦労をして見せなければならない」―それが、Aちゃんの脚本となりました。

苦労して“見せる”―その塩梅を脚本はよくとらえています。
塩梅とは、リアリティの度合いと言えばいいでしょうか。所詮脚本人生は虚構の世界ですから、自分が思い込んでしまえばいい世界です。些細なことを大げさにしたり、嘘八百を並べて口先だけの「苦労話」で自分をごまかしてもいいし、自分の体を壊したり、家族を巻き込んだりして現実を苦労の世界に落とし込んでいっても構いません。これは、親の度合いや、親との関係、兄弟姉妹との関係などによって決まってきます。

いずれにせよ、日々苦労している姿を脳内親に見せなければなりませんから、「日常的な演出」が必要になってきます。それが、例えばお金があるのに「お金がない」と口癖のように言うことだったり、ため息をついたり愚痴を言うことだったり、そして、表情だったりするわけです。

Aさんの場合は、「苦悶の表情」を脳内母親に見せていたわけですね。



-----------------------------------------------------------
表情とは、「情(IC)が表れる」もの。
けれど、鏡に向かうときのAさんは心(IC)が封印されています。
では、何が表れていたのか?

そう、「脚本ちゃんの情」ですね。
そうです。これが、脚本人生劇場の舞台上で脳内母親に見せるための演技をしている「脚本ちゃん」のダミー感情の一例です。本当は全く苦しくないのに、「観客」から見ると本当に苦しそうに見える―舞台上ではホノモノでも、全くのニセモノ感情ですね。



では、心を封印したうつろなAさんの目を通して鏡を見ていたのは“誰”でしょう。
そう、脳内母親でした。

「お母さん」が、鏡に映っている「Aさんの顔」を見ていたのです。
「脳内母親」が、鏡に映っている「脚本ちゃんの顔」を見ていたのです。

このとき、Aさんは自分の中からはじき飛ばされていました。だから、自分の意識がなかったわけです。心(小さいちゃん)を封印した自分が、いかに「脳内母親+脚本ちゃんの連合軍」に占領され、乗っ取られてコントロールされるのかがよく分かる事例でした。

事件や事故が起こるとき、このように脳内母親に見せるために脚本が突っ走っていることが多いのではないかと思います。



-----------------------------------------------------------
もう一つ大事なポイントは、子供という「観客」がいたと言うことです。観客とは、「脚本人生の証人役」のことです。脚本人生は「一人芝居」であるがゆえに「証人」を必要とします。

この事例を借りれば、仮に子供が心配そうに見ていることにAさんが気づいたとすると、その「子供の心配そうな顔」が、Aさんの脳内では「自分が苦労していることの証拠」として認識されるのです。この時Aさんの中では、「ほら、子供があんなに心配そうに私を見ている。それほど私が苦労していることがわかったでしょう、お母さん」と脚本ちゃんが脳内母親に言っています。

このように子供を証人役にする事例は、そこら中に転がっています。ある父親はトイレの中だけでどす黒い呪詛のような文句を吐き出していました。トイレだけが安全基地というケースもまま見かけますが、そのトイレは娘の部屋に接しており、しかも娘の部屋からよく聞こえました。つまり、その父親は代理母親である娘に「聞かせていた」わけです。

また、夫婦だけでいるときと家族・親族といるときとで態度が変わる配偶者(夫や妻)の事例もごまんとありますね。2人だけの時は何でもないことが、「観客」がいると芝居がかって大げさな喧嘩になったりします。この時に出てくる文句の言葉をよく聴いていると、自分の親に言いたい文句か、脳内親に聞かせたい「脚本証明の言葉」ばかりです。

このように観客が居るときに2つのことが起こっています。
1つは、ここぞとばかりに代償行為のゲームを仕掛けること。
1つは、脚本ちゃんが絶好調で「迫真の演技」を見せること。

こうしてお互いの「代償行為+人生脚本」ががっぷりかみ合って、延々と不毛のゲームをやり続けることになるわけですね。


このように「演出」を日々見せられている子供は、それが本当だと思って親を背負ってしまい、そこからまた不幸の脚本ができあがるわけです。そうやって誰もが「鏡の国」に閉じ込められていきます。



まず、親も子もみんな、ほとんどの人が脳内親に支配され、脳内親に自分の姿を見せるための「演出された日常」(脚本人生)を送っていることをご認識ください。

自らの一人芝居に気づいた方は、もう演ずる必要はありません。
相手の一人芝居に気づいた方は、もうそれを見る必要はありません。

このケースでは、一人芝居に気づかせてくれたのは、外在化したインナーチャイルドといってもいい我が子でした。娘さんが、Aさんを「鏡の国」から助け出してくれたのです。

子は、自分を救い出してくれる宝なんです。







表情に表れるインナーチャイルドの思い
口癖に気をつけろ
6-7)イメージ操作できる脚本人生(束縛)の証人役(2003.夏)





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