「寝たきり」になっていく経過と対策
2015/09/21(Mon) Category : 二世帯同居・介護
「敬老の日」ですね。両親への思いを伝えたい日でもありますが、怒りや悲しみしか出てこない方も多々いらっしゃることでしょう。
私も、中学の頃から両親とは口もききたくなく、家では部屋にこもり、高2から家を出て下宿し、その後浪人の1年間宅浪で同居しましたが後はずっと離れていましたから、親に近づくことができない思いもわかります。そして、それらの思いを残したままであれば、たとえ同居したとしても介護はできなかっただろうなぁと感じます。
以前、「二世帯同居の留意点」で次のような項目で書きました。
・物件を決める
・断捨離
・地域への信頼と安心―介護体制
・二世帯同居に必要な条件
1.誰が家政の主かをはっきりさせる
2.聖域(かまど)は守る
3.「源家族」と「現家族」の空間を分ける
4.「源家族」と「現家族」の時間を分ける
5.「源家族」と「現家族」のお金を分ける
6.老夫婦のやることを決める
7.私たちがサポートすることを決める
8.環境衛生の維持
9.空間秩序の維持
10.自分がしたことは自分に返す
11.自分がしたことを自分に返さない
12.意識を徐々に変える
*「ありがとう」
上記は主に物理的、時空間的な住み分けの観点から書いていますが、心理的な側面について補足しておこうと思います。その前に植物人間を目指す脚本(「なにもせずにそこにいる」という脚本)を目指す老人を見守る際の留意点から。
1.杖より押し車(手vs足)--------------------------------
杖より押し車、そして今や車椅子と、この1年間の努力の甲斐もなく瞬く間に歩けない方向に至りましたが、その経緯を振り返ってみると、まず杖の突き方を決して覚えないことが起点でした。
母の杖の突き方は、盲目の方が前方に注意をするために突くやり方と同じで、体の支えとしては使っていませんでした。デイサービスでもこの1年間指摘し続けてくれましたが、「そう言われるのよね」で終わらせますので、「だけど私はそうしないよ」と言っているのと同じ。結局、壁や家具などに手を伸ばし、手で支えて移動しており、杖はどこかに置き去りになります。
杖は言わば3本目の足。自分の足も含めて、足を頼る方向には決して向かわないのです。一見手が移動をサポートしているように見えますが、そうではなく、手が足を邪魔しているわけです。こうして杖ではなく押し車主体の生活になっていきました。
2.押し車より車椅子(手vs足)------------------------------
押し車では、なるべく太ももを上げずに摺り足のように歩きます。足の筋力が落ちて太ももが上がらなくなる風を装っていますが、実は上がることも知っています。けれど、すぐに摺り足に戻すのです。(足(IC)は本当に脳(IP)に押さえられているなぁと感じます)
加えて、上記のように手で支えようとしますので体重が押し車の取っ手にかかって前進の力が働き、足は摺り足でブレーキとなりますから、当然前のめりになって転びそうになるわけです。そういうときは腕に力が入って上体を“固定”しており、手が前のめりになるように仕組んでるなぁと思えるほどです。
そこで、腰が伸びるように押し車の取っ手の高さを調整し、その立ち姿勢のまま視線を遠くに向けて太ももを上げるだけで自然に前に進むことを教え、初めは「ラクだ」と喜ぶのですが、そう言った先から元に戻っていきます。
杖の突き方を覚えないことといい、徹底して足をダメにする方向、歩かない方向に向かっていることがわかります。その内、歩き方もおぼつかなくなり、腕も疲れるといって段々歩かなくなっていきました。
それでも、歩く方向に復活させていこうとしていた矢先に起こったのが骨折事件でした。これで、母の無意識は押し車を放逐し、車椅子生活を手に入れたわけです。
3.車椅子よりベッド(体幹を弱める)-----------------------
車椅子を使い始めてまだ1ヶ月経ちませんが、両親だけで食事をしていた時に車椅子からずり落ちるという事件がありました。母が浅く腰掛けており、ストッパーをかけていなかったためにずり落ちました(--;)。
この浅く腰掛けるというのは、背にもたれるためです。姿勢筋は姿勢を正しくすることで維持されます。「姿勢を正しく」というのはマナーのためというよりも姿勢筋を維持し続けるためですね。これが維持できないと、それこそ体を起こせなくなり、寝たきりになっていくわけです。
以前から自分で体幹を支えようとしない傾向があり、ギプスをはめていた時にそれが加速されたようで、今は車椅子に乗った際に深く腰掛けて背筋が真っ直ぐになるように癖が付いてきました。
4.ベッドから起きられなくなるようにする(手vs体)---------
寝起きは一苦労です。本人は懸命に起きようと努力しているつもりなのですが、手すりにつかまっている手の位置を見ると、とてもおかしいことになっていたりします。手が起きる手助けではなく、起こさないために全力で体を封じているような位置になっていたりするのです。
それがわからないかなぁと思ったりしますが、無意識の魂胆を本人にわからせたくない場合、脳は「わからない」と答えます。手の付く位置など指示するとできますし、褒めれば少しづつできるようになっていきます。
5.ベッドから立てなくなるようにする(手vs足)-------------
ベッドから起き上がりベッドの端に座るところまで行ったとして、そこから立ち上がるまでが大変です。これも手が立たせないように邪魔している場合があります。
手をクリアしたとしても、次はどんなに踏ん張っても立てないという無意識の演出が待っています。長ければ30分ほどもそうやって座っていることもあります(というのも、できる時は1回で立てるからです)。これも、見守るか見守らないか、声がけするかしないかで変わってきます。
6.食事時に左手を使わない---------------------------------
さて、IPの手先である「手」が、自分の足や体を邪魔していることがわかりましたが、さらに左手を封じていこうとします。左半身はいわばチャイルド側(右脳支配)ですからね、左を弱めていくわけです。
簡単な話、左を使おうとしません。病院の検査の結果、脳梗塞の後遺症で左右の差がそれほどないことがわかっていますから、これはICを封じようとする脳の行為でしょう。これは、左手で茶碗をしっかり持ってもらうことで修正していきます。
7.お漏らしに気づかなくなる------------------------------
寝たきりに突入するサインの一つがこれではないでしょうか。紙おむつになって、小水のリズムが失われること。そして、いつ出したかわからなくなること。
脳は、自分を寝たきりに持って行くために、寝たきりになったら都合の悪いこと、気持ちの悪いこと、そういうことに慣れさせたり、記憶をなくさせたり、まぁいろいろと手を打ってきます。
ギプスを始めて自分でトイレに行けなくなった当初、お漏らししても気づかないことがありました。あるいは、終わったと言いつつ立ち上がった後に漏らしたり・・・。
このようなことが起こった時に、すぐに規律を決めて実行することが大切です。そこで、原則朝7:00、昼12:00、夜18:30に起こしに行き(カウンセリングでずれることもままありますが)、必ずトイレに連れて行くことでリズムが戻りました。
8.褥瘡(床ずれ)に注意-----------------------------------
寝ている時間が長いことのシグナルは褥瘡ですね。体重で圧迫されている場所の血流が悪くなることで、皮膚の一部が赤い色味をおびてきます。それが酷くなればただれるわけです。
母の場合は、腰部に赤身の部分ができましたので、介護業者が勧めてくれたクッションを敷くことで解消しています。
母にも褥瘡ができたらどうなるのかを教え、そのために起きたら3時間はベッドに戻らないことを目処にしていますが、特に趣味がないのが辛いところ。テレビを見る他は、私が“インタビュー”して話を聴くことくらいでしょうか(←これは自分のルーツを知る上で、とても大切な時間になっています)。
9.配偶者の協力-------------------------------------------
というわけで、本人の脚本に負けないためには、本人が人としての尊厳を保つことができるように食事、排便、身体衛生、洗濯、着るものについて配慮していくことが必要ですが、この時に妻の存在がとてもありがたいですね。男性では気づかないところに気づいたり、ケアの仕方が優しいので母もありがたいようです。
また、なるべく母の力でやらせようとしますから、朝起こして・トイレに連れて行って・オムツして・着替えて・食卓に着ける―このワンセットで30分~1時間かかります。これが日に3回あるわけですから、これまでそこに全く手がかからなかったことを考えるとストレスですよね。
なのでちょっとした作業配分が心理的にとても助かります。たとえばストーマの取り替えは父がやり、トイレが終わってオムツする前にお尻を拭いたりするのは妻がやってくれています。
ただ、距離を保たないとすぐに母が甘え「人を使う癖」(自分で動けない人間は、人を使うのがうまくなります)が出てきますので、距離感が大切です。
又食事の作り置きにしても、病院に連れて行く時の連携にしても、実質的な支えだけではなく、気持ちの支えになってありがたいですね。
10.母の脚本のパートナー(父)対策------------------
ちょっと気をつけなければならないのが、母の脚本の忠実なパートナーである父の存在です。
親から大切にされた体験がない父は、(脳内母親を守るために)自分を大切にしません。当然、妻子も大切にできませんし、そもそもそういう感覚がありません(つまり、父にとってはそれが“普通”)。
私たちが手をかけられない時は父が母の世話をするわけですが、上記の全てにおいて、まぁ「気持ち」を無視するどころか大切にしないやり方をします。結果は、母の気持ちが萎えて老化促進の方に行くので、そこは待ったをかけなければなりません。
ちなみになぜそうしたのかを問えば、その都度理由にならない理屈が返ってくるだけで折れることはないので、母の状況の変化に応じて、父がやれることとやってはいけないことの打ち合わせをしていくしかありません。
11.公的第三者の力を借りる--------------------------
家族の助け合いだけではなく、介護業者の手を借りることも必須です。ケアマネさんとは信頼関係を築き、骨折等も含めて何かあったら連絡を取ること。すると適切な情報を得ることができます。今回も、車椅子や訪問入浴に関して速やかに対応していただきとても助かりました。
また、相談してみると新たな試みに挑戦することもできます。私は父にとって話し相手がいるといいなぁと思っておりましたので、相談してみると傾聴ボランティアの方が月1回きてくれることになりました。
女性の方2名が、毎月1回1時間ほど、交通費のみで来てくれます。自分のことを話したくて仕方がない父ですから、こちらも大いに助かります。
-------------------------------------------------------
さて、「寝たきり」にならないように現実的に対処すべきことを書きましたが、これらは心が以前に比べてフラットになっているからできること。それでも、いろいろと気持ちが出てくることがありますから、以前ならば介護どころではないか、感情に振り回されて疲れ果てていたことでしょう。
では、親の介護をする上での気持ちの問題について次のように記していきます。
◆親の介護をする前に
1.親の介護を始める前にしておくべき自分の心の棚卸し
2.同居ストレス軽減のために自分の親の在り方を知ること
3.配偶者の脚本を知る
私も、中学の頃から両親とは口もききたくなく、家では部屋にこもり、高2から家を出て下宿し、その後浪人の1年間宅浪で同居しましたが後はずっと離れていましたから、親に近づくことができない思いもわかります。そして、それらの思いを残したままであれば、たとえ同居したとしても介護はできなかっただろうなぁと感じます。
以前、「二世帯同居の留意点」で次のような項目で書きました。
・物件を決める
・断捨離
・地域への信頼と安心―介護体制
・二世帯同居に必要な条件
1.誰が家政の主かをはっきりさせる
2.聖域(かまど)は守る
3.「源家族」と「現家族」の空間を分ける
4.「源家族」と「現家族」の時間を分ける
5.「源家族」と「現家族」のお金を分ける
6.老夫婦のやることを決める
7.私たちがサポートすることを決める
8.環境衛生の維持
9.空間秩序の維持
10.自分がしたことは自分に返す
11.自分がしたことを自分に返さない
12.意識を徐々に変える
*「ありがとう」
上記は主に物理的、時空間的な住み分けの観点から書いていますが、心理的な側面について補足しておこうと思います。その前に植物人間を目指す脚本(「なにもせずにそこにいる」という脚本)を目指す老人を見守る際の留意点から。
1.杖より押し車(手vs足)--------------------------------
杖より押し車、そして今や車椅子と、この1年間の努力の甲斐もなく瞬く間に歩けない方向に至りましたが、その経緯を振り返ってみると、まず杖の突き方を決して覚えないことが起点でした。
母の杖の突き方は、盲目の方が前方に注意をするために突くやり方と同じで、体の支えとしては使っていませんでした。デイサービスでもこの1年間指摘し続けてくれましたが、「そう言われるのよね」で終わらせますので、「だけど私はそうしないよ」と言っているのと同じ。結局、壁や家具などに手を伸ばし、手で支えて移動しており、杖はどこかに置き去りになります。
杖は言わば3本目の足。自分の足も含めて、足を頼る方向には決して向かわないのです。一見手が移動をサポートしているように見えますが、そうではなく、手が足を邪魔しているわけです。こうして杖ではなく押し車主体の生活になっていきました。
2.押し車より車椅子(手vs足)------------------------------
押し車では、なるべく太ももを上げずに摺り足のように歩きます。足の筋力が落ちて太ももが上がらなくなる風を装っていますが、実は上がることも知っています。けれど、すぐに摺り足に戻すのです。(足(IC)は本当に脳(IP)に押さえられているなぁと感じます)
加えて、上記のように手で支えようとしますので体重が押し車の取っ手にかかって前進の力が働き、足は摺り足でブレーキとなりますから、当然前のめりになって転びそうになるわけです。そういうときは腕に力が入って上体を“固定”しており、手が前のめりになるように仕組んでるなぁと思えるほどです。
そこで、腰が伸びるように押し車の取っ手の高さを調整し、その立ち姿勢のまま視線を遠くに向けて太ももを上げるだけで自然に前に進むことを教え、初めは「ラクだ」と喜ぶのですが、そう言った先から元に戻っていきます。
杖の突き方を覚えないことといい、徹底して足をダメにする方向、歩かない方向に向かっていることがわかります。その内、歩き方もおぼつかなくなり、腕も疲れるといって段々歩かなくなっていきました。
それでも、歩く方向に復活させていこうとしていた矢先に起こったのが骨折事件でした。これで、母の無意識は押し車を放逐し、車椅子生活を手に入れたわけです。
3.車椅子よりベッド(体幹を弱める)-----------------------
車椅子を使い始めてまだ1ヶ月経ちませんが、両親だけで食事をしていた時に車椅子からずり落ちるという事件がありました。母が浅く腰掛けており、ストッパーをかけていなかったためにずり落ちました(--;)。
この浅く腰掛けるというのは、背にもたれるためです。姿勢筋は姿勢を正しくすることで維持されます。「姿勢を正しく」というのはマナーのためというよりも姿勢筋を維持し続けるためですね。これが維持できないと、それこそ体を起こせなくなり、寝たきりになっていくわけです。
以前から自分で体幹を支えようとしない傾向があり、ギプスをはめていた時にそれが加速されたようで、今は車椅子に乗った際に深く腰掛けて背筋が真っ直ぐになるように癖が付いてきました。
4.ベッドから起きられなくなるようにする(手vs体)---------
寝起きは一苦労です。本人は懸命に起きようと努力しているつもりなのですが、手すりにつかまっている手の位置を見ると、とてもおかしいことになっていたりします。手が起きる手助けではなく、起こさないために全力で体を封じているような位置になっていたりするのです。
それがわからないかなぁと思ったりしますが、無意識の魂胆を本人にわからせたくない場合、脳は「わからない」と答えます。手の付く位置など指示するとできますし、褒めれば少しづつできるようになっていきます。
5.ベッドから立てなくなるようにする(手vs足)-------------
ベッドから起き上がりベッドの端に座るところまで行ったとして、そこから立ち上がるまでが大変です。これも手が立たせないように邪魔している場合があります。
手をクリアしたとしても、次はどんなに踏ん張っても立てないという無意識の演出が待っています。長ければ30分ほどもそうやって座っていることもあります(というのも、できる時は1回で立てるからです)。これも、見守るか見守らないか、声がけするかしないかで変わってきます。
6.食事時に左手を使わない---------------------------------
さて、IPの手先である「手」が、自分の足や体を邪魔していることがわかりましたが、さらに左手を封じていこうとします。左半身はいわばチャイルド側(右脳支配)ですからね、左を弱めていくわけです。
簡単な話、左を使おうとしません。病院の検査の結果、脳梗塞の後遺症で左右の差がそれほどないことがわかっていますから、これはICを封じようとする脳の行為でしょう。これは、左手で茶碗をしっかり持ってもらうことで修正していきます。
7.お漏らしに気づかなくなる------------------------------
寝たきりに突入するサインの一つがこれではないでしょうか。紙おむつになって、小水のリズムが失われること。そして、いつ出したかわからなくなること。
脳は、自分を寝たきりに持って行くために、寝たきりになったら都合の悪いこと、気持ちの悪いこと、そういうことに慣れさせたり、記憶をなくさせたり、まぁいろいろと手を打ってきます。
ギプスを始めて自分でトイレに行けなくなった当初、お漏らししても気づかないことがありました。あるいは、終わったと言いつつ立ち上がった後に漏らしたり・・・。
このようなことが起こった時に、すぐに規律を決めて実行することが大切です。そこで、原則朝7:00、昼12:00、夜18:30に起こしに行き(カウンセリングでずれることもままありますが)、必ずトイレに連れて行くことでリズムが戻りました。
8.褥瘡(床ずれ)に注意-----------------------------------
寝ている時間が長いことのシグナルは褥瘡ですね。体重で圧迫されている場所の血流が悪くなることで、皮膚の一部が赤い色味をおびてきます。それが酷くなればただれるわけです。
母の場合は、腰部に赤身の部分ができましたので、介護業者が勧めてくれたクッションを敷くことで解消しています。
母にも褥瘡ができたらどうなるのかを教え、そのために起きたら3時間はベッドに戻らないことを目処にしていますが、特に趣味がないのが辛いところ。テレビを見る他は、私が“インタビュー”して話を聴くことくらいでしょうか(←これは自分のルーツを知る上で、とても大切な時間になっています)。
9.配偶者の協力-------------------------------------------
というわけで、本人の脚本に負けないためには、本人が人としての尊厳を保つことができるように食事、排便、身体衛生、洗濯、着るものについて配慮していくことが必要ですが、この時に妻の存在がとてもありがたいですね。男性では気づかないところに気づいたり、ケアの仕方が優しいので母もありがたいようです。
また、なるべく母の力でやらせようとしますから、朝起こして・トイレに連れて行って・オムツして・着替えて・食卓に着ける―このワンセットで30分~1時間かかります。これが日に3回あるわけですから、これまでそこに全く手がかからなかったことを考えるとストレスですよね。
なのでちょっとした作業配分が心理的にとても助かります。たとえばストーマの取り替えは父がやり、トイレが終わってオムツする前にお尻を拭いたりするのは妻がやってくれています。
ただ、距離を保たないとすぐに母が甘え「人を使う癖」(自分で動けない人間は、人を使うのがうまくなります)が出てきますので、距離感が大切です。
又食事の作り置きにしても、病院に連れて行く時の連携にしても、実質的な支えだけではなく、気持ちの支えになってありがたいですね。
10.母の脚本のパートナー(父)対策------------------
ちょっと気をつけなければならないのが、母の脚本の忠実なパートナーである父の存在です。
親から大切にされた体験がない父は、(脳内母親を守るために)自分を大切にしません。当然、妻子も大切にできませんし、そもそもそういう感覚がありません(つまり、父にとってはそれが“普通”)。
私たちが手をかけられない時は父が母の世話をするわけですが、上記の全てにおいて、まぁ「気持ち」を無視するどころか大切にしないやり方をします。結果は、母の気持ちが萎えて老化促進の方に行くので、そこは待ったをかけなければなりません。
ちなみになぜそうしたのかを問えば、その都度理由にならない理屈が返ってくるだけで折れることはないので、母の状況の変化に応じて、父がやれることとやってはいけないことの打ち合わせをしていくしかありません。
11.公的第三者の力を借りる--------------------------
家族の助け合いだけではなく、介護業者の手を借りることも必須です。ケアマネさんとは信頼関係を築き、骨折等も含めて何かあったら連絡を取ること。すると適切な情報を得ることができます。今回も、車椅子や訪問入浴に関して速やかに対応していただきとても助かりました。
また、相談してみると新たな試みに挑戦することもできます。私は父にとって話し相手がいるといいなぁと思っておりましたので、相談してみると傾聴ボランティアの方が月1回きてくれることになりました。
女性の方2名が、毎月1回1時間ほど、交通費のみで来てくれます。自分のことを話したくて仕方がない父ですから、こちらも大いに助かります。
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さて、「寝たきり」にならないように現実的に対処すべきことを書きましたが、これらは心が以前に比べてフラットになっているからできること。それでも、いろいろと気持ちが出てくることがありますから、以前ならば介護どころではないか、感情に振り回されて疲れ果てていたことでしょう。
では、親の介護をする上での気持ちの問題について次のように記していきます。
◆親の介護をする前に
1.親の介護を始める前にしておくべき自分の心の棚卸し
2.同居ストレス軽減のために自分の親の在り方を知ること
3.配偶者の脚本を知る