プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
12 ≪│2017/01│≫ 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

同居ストレス軽減のために自分の親の在り方を知ること

2015/09/24(Thu) Category : 二世帯同居・介護
【親の介護をする前に】

2.自分の親の在り方を知る--------------------------------

もう一つ、「親との同居は無理」と思っていた理由は、一緒にいると両親(の意識)がまとわりついてくるからでした。

人は、大まかにいえば「母親のための人生脚本」+「内なる存在不安からの逃走」+「母親がほしいチャイルド」の3本立てで生きています(何人ものチャイルドがいる中で、これまで前2者をその代表にしていました。が、この項では3本立てにした方がわかりやすいのでそうします)。

両親の中の「母親がほしいチャイルド」は、私を「代理母」にしました。父が自分の仕事場(原生林など)に私を連れて行ったり、母が庭に出る時は必ず私を連れて行ったり・・・今思えば、これは自分の母親に自分のやっていることを見てもらいたい子供の行為だとわかります。

まぁ、かように2人ともそのエネルギーを私にぶつけてきていたのです。母に聞くところによると、私は小3頃から親と話さなくなり、何を考えているのかわからなかったそうです(→それがその後日記を盗み見るという行為につながり、それが“侵入される”という意識を生む一つになるわけですが)。

そういえば、学校帰りに、返されたテストの紙束をすべて学校の焼却炉に投げ捨てて返ったのが小4くらいですから、親の干渉がうるさかったのでしょう。何かきっかけをつかんでは、私に関わろうとしたんだろうなぁと想像します。

方や強引に、方やまとわりつくように両親のエネルギーが私を目指してくるわけですから、中学になると部活三昧+部屋にこもるのも無理からぬことでした。その後、高2で親と離れるわけですから、まぁ言ってみれば、10歳前後から親を遠ざけていたわけです。



私が結婚して以降は、折に触れて私や妻に二世帯同居の圧をかけてきましたが無視。数年前に、きっぱりとその可能性を断ち切りました。そこから両親(代理母に断ち切られた子供二人)は互いを向き合い始めます。
この布石があったことが、両親それぞれの私に向かうエネルギーを減らしたと思います。

けれど、年が行くにつれて、今度は老夫婦二人の中で不安が増してくるわけです。それは本人の無意識下では、次のような理由からでしょう。
1.自分が自分を無視し続けているから
2.蓄積された不安感情の内圧が高まってくる
3.不安ちゃんは本人が生きている間に実感してほしくて隙あらば出てこようとする
4.退職や活動の低下で「時間の構造化」ができなくなって、意識を外に向けることができなくなる
5.健康問題や物忘れなど、互いへの信頼感のなさが不安に拍車をかける

その結果、ぼけ症状が出始めます(惚け逃げ)。それでこれは老老介護の限界だと同居に踏み切ったわけです。つまり、不安の塊の二人を引き取ったわけですが、不安の強い人がどういう行動をするのか想定ができたこと、およびそれを引き受けない自分になっていたことで、それらの行為に必要以上に気持ちを振り回されずにすんだわけです。では、そういう方がどういう行動をするのか、例示してみましょう。



--------------------------------------------------------
1)自分の存在を音で主張する(耳目を引きつける)
立つ、座る、歩く、ドアの開け閉め、しゃべる、くしゃみ、咳き込む、かむ、呑み込む―それら全ての日常的行為で大きな音を立てます。この時、相手がびっくりしたり、ギョッとしたり、嫌な顔したりすると、その反応が、彼らにとっては自分の「存在証明書」になるわけです。


2)逆に音を立てずに歩く(猫足)
一見存在を消しているように見えますが、ふと振り返ったらそこにいた―ギョッとしますよね。つまり、“効果”は上のように音を立てる時と同じです。


3)自分が見られる所に位置決めする
家族がテレビを見る時に必ず自分も視野に入る位置に座ったり、あるいは、家族が通る経路となる位置にいつもいたり・・・人それぞれですが、「ここにいれば自分がみんなに意識される」と思える場所に陣取りします。


4)いつも一人はずれてポツンとする
上と逆に見えますが、「気にされる」点で効果は同じです。(現家族とはつながらないという脚本もかんでいます)


5)皆から見えるところに自分の関わったモノを置く
上記の3)の応用(?)ですが、モノに自分を仮託(モノ=自分)して、それを誰もが見える所に置きます。モノは、本、雑誌、新聞、衣類、アクセサリー、作業道具、作品、作物―自分が関わったモノであれば何でもOKです。


6)“気になる”仕掛けをする
不安から逃げるための常套手段として、「気にしなければならないこと」を仕掛けておくことがあります(仕掛けた後忘れますが)。よく見られる事例が、包丁、ハサミ、錐、鎌などの刃物類を出しっ放しにしておくこと(危険があるとICが出てきません)。ガスコンロなどの火を点けっ放しにする等。


7)自分の存在(モノ)を与える
上記に書いたように、モノ=自分ですから、いろいろな理屈をつけては子に“自分”を与えようとします。まぁ、これは化粧品やアクセサリーの類いから、作物や食品、下着や衣類、家電や家具、車やマンションに至るまで、衣食住すべてに事例がありますね。


8)自分がやった痕跡を残す
きちんとやると“痕跡”が残りませんので、どこか中途半端に、あるいは違和感を残します。たとえば、料理がいつもどこか不味い、洗った皿に汚れが付いている、床や壁に汚れ、カーテンがきちんと閉まっていない、トイレに滴が落ちている、洗面器に水が張ったまま・・・等。


9)自他を癒着させる(自分を紛れ込ませる)
分離不安があるため、無意識に自他癒着していますから、たとえば自分用の食器や箸やタオルなどがあってもそれを使いません(区分する意識がない)。さらには、自分のモノを相手のテリトリーに紛れ込ませます。話をする時も、パーソナルスペースを無視して近い場合があります。


10)自分のことを心配させる
これも様々な事例がありますが、老人で多いのは、衰えを見せるための演出と紛失騒動などでしょうか。激やせしたり、大けがしたりすることもまま見られることです。


11)病院に行くネタ造りをする
これは上記ともかぶりますが、むしろ“時間つぶし”をするための方策です。囲碁将棋他の趣味を持っていればサークル活動などに向かうでしょうし、パチンコや麻雀、競馬、あるいは釣りや畑などに向かう人もいるでしょう。大まかに言えば、人に向かうか、ゲームそのものに向かうか、自然に向かうか。
この中で、病院に向かう人は、きっかけをつかむとそれを病院通いにつなげようとします。たとえば、虫刺されなどはわざとかきむしって広げたり、無理な作業を続けてギックリ腰を誘発させたり。


12)来させる
“行く”があれば“来させる”があります。よく使われる手が、生保、銀行などの営業マンに来させること。自動車が好きな人は、自動車の営業マンに定期的に来させてある周期で買い換えたりします。家電が好きな人は、家電屋さんにご用伺いに来させ続けるために、無用に新たな電化製品を買い続けたりします。
郵便物などが“届く”ことも自己確認の手立てですので、通販に手を出します。一度手を出せば断った後も継続的に勧誘が来ますのでね。


13)モノをわざと壊す
自ら壊して自分で修理することをマッチポンプと言いますが、これも“時間つぶし”と自分の出番作りのための一つの定番です。たとえばドアや雨戸を強引に開け閉めして壊したり、鍋を焦げ付かせたり。


14)身近な人の体を壊す
モノを壊す、自分の体を壊す、ときて「人の体を壊す」? それは酷いと思われるかもしれませんが、「赤ちゃん返りしたい人」と「世話を焼きたい人」の組み合わせでよく見られるパターンです。
お酒を飲ませ続けることで痛風やアルコール依存症にさせるのもその一例ですが、食事の味付けを濃くする(塩、砂糖をたくさん使う)ことで、高血圧や糖尿病、腎臓病にさせていく事例もあります。長期にわたって生活習慣病にさせていけばいいわけです。
一見甲斐甲斐しい女性やまめまめしい男性に見えるかもしれませんが、その配偶者は段々こもりがちになって鬱になったり、身動きできない苦しさから荒れたり、暴力を振るうようになったりしていきます。



----------------------------------------------------------
上記のことは、「なんで?」という理由がわからないと、こちらを無視されて傍若無人にいろいろと押しつけられているように思えて、怒りが募っていったりします。あるいは、我慢し続けたり、相手に合わせ続けて疲弊したりします。

けれど、こちらが合わせようが合わせまいが、当人は「自分のために」やり続けます。つまり、相手が勝手にやっていることに疲弊するということは、こちらが勝手に受け皿になっていたということですね。

私の場合、「親の親」になることを一度断ち切ったこと。自分の気持ちを自分で受け止めることで、私が親に向かう誘因が減っていること。これらから、親の受け皿になりにくいこと。
そして、上記のような事例を多々知ることにより、相手の土俵に乗らなくていいことを知っていたことから、次のようにその時々で判断することができました。

1.眺めて放置
2.鏡になって伝える
3.チャイルドが怒っているから喧嘩する

そう、特にこの「チャイルドが怒っているから喧嘩する」ことができるようになります。この場合、子供同士のような喧嘩になったりしますが、その最中も「それでいい」と眺めている自分がいますので、すっと素に戻れるのです。



----------------------------------------------------------
音を立てる乱暴な行為は、こちらがどういう気持ちになるかを伝えること。本人は無意識の場合もありますから、これで気づくこともあります。こちらが同じことをやってみせるとわかる場合もあります。

音なしでびっくりしたら、「あぁびっくりした」とそのまま言えばいい。

配席などは、それぞれの夫婦連合のことなど考えて無理がないように決めればいいでしょう。

モノについては、常に整頓していれば余分な浸食は食い止められます。(老夫婦間のテリトリーでやっていることは基本的に放置です)

危険なことは普通に言っても伝わります。火の点けっ放しや刃物の出しっ放しなどについては、ちゃんと伝えて本人にしまわせるといいでしょう。

トイレの滴なども本人に拭いてもらうと、それが重なってくると男性でも座ってするようになったりします(ともかく、本人がしたことは本人に返すこと、自分がまいた種は自分で刈り取らせることです)。


口(体内)に入れるものは自己責任です。自分の体内に入れるものですから他人に責任はとれません。口に合わなければ食べないこと。あるいは、仮に味がOKだとしても心がいやがっていたら食べないこと。
嫌なものを食べるのは拷問と同じです。自分に拷問を受けさせ続けている間、自分の中の「小さいちゃん」は悔しい思いをしながら自分に怒っています。それらの思いの蓄積が心の病を発症させます。自分の体は自分で守りましょう。

なお、本人は、その料理を脳内親に見せている訳なので、本人が自分で食べる分にはかまいません。こちらが食べなければ、やがて自分が食べる分だけに減らしていくでしょう。相手のシナリオに付き合う必要はありませんし、付き合っている間は変わりません。


気を引く演出については、大げさに対応せずに常識的に対応することです。たとえば常備薬で対応し、後は本人に病院に行ってもらいましょう。

モノを壊すことについて本人は無意識ですから、正しいやり方をやってみせること。それで無理なくできることの証人としての第三者がいると歯止めになるでしょう。


また、言っても治らないものもあります。それがたとえば食事中に集中している行為であれば、相手を直すよりも食事時間を少しずらしたりして一緒に取らなければいいわけですね。そのこともちゃんと告げることで変化が起こることもあります。


このように、受け皿になっていなければ、相手の在り方を認めつつ、自分および自分の家族を守るために行動することができますから、ストレスが一方的に蓄積し続けるということがありません。

ともあれ、相手は「忘れる」ことが前提の老人ですから、その都度繰り返すことが原則になります。習慣化してくると、今度はその習慣を維持するようになってくるでしょう。







関連記事
 
Comment0  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
わが子を守るために
記事
写真/動画集はこちら↓
 
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード