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宇和島心の旅3.宇和島港で見た両親の姿

2015/11/05(Thu) Category : 旅行記
【松山・宇和島心の旅】

鯛めし-------------------------------------------

まずは、腹ごしらえ。
郷土料理なら「かどや」という店がいいようだ。閑散としていたのに、一体どこにこんなにいたのと思うばかりの人。

鯛めしうまかったです。
宇和島 鯛めし
宇和島 鯛めし posted by (C)Hide

じゃこ天も金色で、びっくり。
歩いてわかりましたが、宇和島はじゃこ天のメッカだね~。



辯天神社-------------------------------------------

そのまま築地に向かいます。
弁天さんがありました。
宇和島 弁天神社01
宇和島 弁天神社01 posted by (C)Hide

祭神は、市杵嶋姫命(イチキシマヒメノミコト/イツクシマヒメノミコト)―宗像三女神の一柱ですね。ニニギの養育係であったことから、「子守の神」「子供の守護神」とされているようです。

神仏習合によって名は弁天神社となっていますが、そのままに言えばイツクシマ神社です(あの、いつか行こうと思っている厳島神社の祭神もこの方ですね)。子守の神が近くに居たと言うことがなんだか嬉しいですね。手を合わせ、心から御礼申し上げました。

宇和島 弁天神社02
宇和島 弁天神社02 posted by (C)Hide

ご由緒によると、かつては大規模な社殿だったようで、昭和7年からここに遷されたようですから両親もこれを見たはずですが・・・あの二人がお参りに来るとは、思いにくいなぁ。(実際、帰宅してビデオ見せても、母が覚えていたのは和霊神社のみ。父はそれに加えて宇和島港から見た風景―そのくらいでした)

手を合わせていると、ここを管理している自治会のおじさんが話しかけてこられました。千葉から来たというと大層驚かれていました。






父と母が住んだ場所---------------------------

さて、ここから港側が築地町です。
そこは、父と母が1年間だけ住んだ場所。

周りの方はよくしてくれたそうですが、母の中にはこれからどうなるのだろうという不安しかなかったそうです。そうだろうなぁ、と今ならわかります。意志を持たずに漂ってきた人だから・・・。

母の幼い心は、桃源郷のごとき実家の果樹園から一歩も動いていなかったんだなぁ・・・旅から帰ってから、折々に訊く中で、つくづくとそうわかってきました。

けれど里には居られない罪の意識があった。そのため、心はそこに置きながらも、転勤族の父を選んだのでしょう。そして、初めてエデンの園を出た先が、ここ宇和島だったわけです。

父も又、実家に思いがありながらそこを去ることを選択した人間でした。下男のように家の手伝いを黙々とし続けて、その様子を戦争から帰った長男が見て、一緒に農家をやろうと誘われながらも、母親の言葉を背負った父は外に出ざるをえなかったのでした。

2人の共通点は、
1.親とつながっていないこと(ほとんど話したことさえない)
2.代わりに里(土地、場)に対する思いが強いこと
3.けれど、母親との関係からそこを出なければならない事情があること

全くよく似た二人でした。
山里にいたい父は各地の山歩きができる仕事を選び、母は流転する父を選んだわけです。父は山を漂泊し、母は漂泊する目的で父を選びました。

心は里に置き、無意識は常に脳内母親を見、人としての関係性がない二人ですが、「漂泊」という一点で手を取り合い、逃避行を続けてきたんだなぁということが、日々を見ていてわかります。

孤独に漂泊する二人の間に私は生まれたんだね。
私が「生まれながらのデラシネ(根無し草)」などと言っていたルーツは、そこにあったんだなぁと思いました。

それは、私の内奥にあった実感をそのまま表した言葉ですが、けれどそれを無意識に使っている間は、そうであった親を無意識に庇っていることにもなります。






宇和島港-----------------------------------------

宮崎は青島の遠浅の浜とは異なり、ここは造船のメッカ、深い入り江です。
宇和島港01
宇和島港01 posted by (C)Hide

太平洋に開けた日向灘と異なり、目前に山が迫ります。
宇和島港02
宇和島港02 posted by (C)Hide

後ろも前も山に囲まれた天然の良港―それが宇和島でした。



この港、和霊大祭の時は各地から船が集ってきて、大漁旗を掲げた船で港が埋め尽くされたそうです。壮観だったろうなぁ・・・。

そういうお祭りも母は知らず、同じ海でも全く異なる色を、不安な思いで眺めていたようです。
でもね・・・それが、脳内母親に見せていた姿なんだよ。

人とつながらなかったのは、あなた自身。
自分とも、夫とも、子供ともつながらずに生きてきたよね。

子供が生まれる喜びよりも、ただ不安の中で過ごしていた日々。
何だかなぁ・・・と思います。






漂泊者と港-----------------------------------------

旅から帰った後で、ふとした話の際に出てきた父からの思い出話。
私が1歳の時、父の友人だった女性が来たことがあったそうです。抱っこされた私は、その人にしがみついて離れようとしなかったとか・・・その時の戸惑いが感じられる父の話しぶり。

あぁ、そうだったのか-、とその光景が心に入ってきました。
そして、その光景に、暗い海を見て不安ばかり募らせていたという母の話、及び宇和島港の様子ががかぶりました。

実の母親ではなく、他の女性にしがみついて離れようとしない・・・
わずか1歳にして、私は母に安心を感じていなかったのでしょう。

そうだったんだねー、ひでしくん。
「虚」と共に居て心許なかった君は、
「実」の手応えとぬくもりにしがみついたんだね・・・



そして、その「実」は、両親共になかった―

父はひたすら山を歩くことを求めて自分以外のことなどどうでもよかったし、
常に不安と共に漂っている母にとっても、自分の外の出来事はどうでもよかったんだなぁと、今の有り様を見てつくづく感じます。

二人とも、心ここにあらずです。

意志は持とうとせずに流され、
意欲を持たせようとすることには力が入らず、
体を動かさないようにすることだけに力が入り、
他は全てどうでもいいという姿勢
―私が生まれる以前から、もはや晩年と言える今に至るまで。

父との結婚さえも、「不安と共に漂泊する」という生き方を貫徹するためになされたものですからね。一貫してその在り方を貫いているなぁと思います。



私は、安心してしがみつけるものが欲しかったんだろうなぁ。

なんだか、いたましい・・・



私は1歳から女性(安全基地/港)を探していたのか。
けれど、漂白する母を肯定するために、自らを「生まれながらのデラシネ」と位置づけたのか・・・。
しかも、誰ともつながらない母を肯定するために、自分も本当には誰ともつながらないできた。

自分は流れゆく者。
通り過ぎてく者。
そのありようと思いを一挙に体現したのが、あの放浪の1年間だったのかもしれないね。

その後も今に至るまで、いろいろあったね。

私の来し方が見えてきます。






父と母のオブジェ-----------------------------------------

「おや、母が居る」と、思いました。

それは、この記事を書くべく整理していた時です。
写真を撮った時は、年季の入った建物があるなぁ、と思ったくらいでした。

けれど、
まるで、独りポツンと残されたかのような母の姿に見えました。

宇和島港03
宇和島港03 posted by (C)Hide

周りはどんどん変わっていくのに、変わらぬ姿でそこに居続けたのでしょう。

現実を見ない右目は完全になくなり、痕跡しか残っていません。
ガラスで蓋をされて現実に触れることができない左目には涙の痕がありますが、それにも気づいていないでしょう。

日々接していると、いかに現実を見ないで生きているのかが、その一挙一動でわかります。「ちゃんと自分の目で自分のやっていることを見て」―何度、そう声をかけたことか。老人の姿というのは、本当にその人の生きてきた「在り方」を、そのまま表しているなぁと、つくづく思います。

本来チャイルドを映し出す左目の奥に見えるのは、無機質な機械。もはや心を映しておらず、その向こうには空も見えて空虚です。

1階にはチャイルドが閉じ込められているのでしょうが、その声は本人には届きません。両耳は、石で頑丈に塞がれていますからね。表情筋も固化してしまったようです。

そして、そう、話す言葉は早口で、小うるさく転がるバイク。心で話していないので、出てくる言葉は慣用句。条件反射的に決まり切った散文が唱えられるだけ。都合が悪くなったら、サッと逃げ去ります。

ほんと、このオブジェは母だね~。

脳に刺さり、ドアを塞ぎ、首に巻き付いている・・・オレンジ。もしかすると、オレンジが母の脳内母親カラーなのかもしれません(わかりませんが)。




そして、これはそっくりそのまま父の姿でもあるなぁと思いました。

そうして見ると、父の上に母が乗っているようにも思えます。
確かに二人は二身一体だよな。
母は動かず、父は手足。

父の心の目は完全につぶれているし、
耳は現実を拒絶しています。
首から下は既に埋葬されたかのようです。

目の前の二輪が未だにある願望。
若い頃はバイク、その後は車という「鉄の子宮」に乗り続けた父は、未だに車への未練があります。

なるほどなぁ・・・

これは、母だけじゃなく、今や二身一体と化した両親だ。




腹を割れよ。
腹の思いを声に出せよ。


閉ざされた二つの扉に向かって、そう言いたくなりました。










【追記】
愛に飢えた戦争孤児のような二人。

二人連結だからこそ、立ってこられたんだね。

ふと、そう思うと、

ふいに涙があふれました。








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腹を割れよ
のところを読んでいて、高校生の時にクラスメートから「本性見せたら」と言われたのを思い出しました。
ドキッとしたなぁ。
先日、会社でも
他部署の偉い役職の人に、思うところは言わねばと望んだら、「ほら、やっと出た」と言われたのも思い出しました。
しまった、お前なんかに私の気持ちをひっぱりだされたくない。と思ったなぁ。

 

記憶

今日聴いたラジオのテレフォン人生相談の二人も共依存で結婚した二人のお話でした。

腹を割れよ。
腹の思いを声に出せよ。

相談のアドバイスも似ていました。
お互いの身の内を話しましょう、って。

久しぶりに開いた中尾さんのブログ
そしてたまたま読んだこの記事

自分もやっぱり共依存で結婚した一人なんだろうなと
改めて思いました。

自分はどれだけ自分のことを素直に思い返せているだろう
彼女はどれだけ自分のことを素直に思い返せているだろう

自分もまだまだなんだろうけど
彼女は驚くほど昔のことを思い出せません。

娘が小学校6年の修学旅行に行く前後のこと
自分の時はどこどこに行って、こんなことあったんだったよと娘に聞かせてあげられましたが
彼女はどこに行ったかも覚えていませんでした。
わくわくどきどきが一杯の修学旅行だろうに、そんな思い出も残せないほど心の容量は一杯になっていたんだろうか。

彼女の、そのさみしさ・悲しさに自分は惹かれたんだろうかと思います。
自分の心を満たすために。

 
    
 
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