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宇和島心の旅5.伊達400年祭準備をする宇和島城

2015/11/07(Sat) Category : 神社・寺・城・歴史
【松山・宇和島旅の記録】

築地を散策し、宇和島港を見て、明日の朝の島巡りのクルーズを予約して、いざ宇和島城へ。

築城の名手藤堂高虎が手がけた宇和島城。かつては複合式望楼型の三重天守だった(1601)のが、伊達宗利によって独立式層塔型3重3階に改修された(1671)のが現存するものです。現存12天守の1つで国の重要文化財。

かつては、西側半分が海に接していた海城でもあったんですね。ほんと、わずか400年前までは、関東、大阪、四国、九州、至る所の平野部が海や沼、泥炭地だったんですね~。そういう地理を見直さなければ、本当の歴史は見えてこないね。

宇和島城は五角形の造りを四角形に見えるように工夫しているそうで、幕府の隠密も見事に欺されたようです。
宇和島城

一方、松山城と異なって壁には狭間や石落としなど戦いの備えが一切ないようですが、すべての窓の下には鉄砲掛けがあるので、時代が鉄砲主体の戦術に変わっていたのかも入れません。


ここを上れば山頂か?
宇和島城01
宇和島城01 posted by (C)Hide

と思いきや、郷土資料館でした。
宇和島城02
宇和島城02 posted by (C)Hide

やっと見えましたね~。
宇和島城03
宇和島城03 posted by (C)Hide

この竹筒の一つ一つに蝋燭がともされるのでしょう。途中の石段にもろうそくを1つ一つ置かれており、そのご苦労に頭が下がりました。
宇和島城04
宇和島城04 posted by (C)Hide

本丸では伊達400年祭の準備が進められていました。
宇和島城05
宇和島城05 posted by (C)Hide

天守が大きく口を開けてお出迎え。
宇和島城06
宇和島城06 posted by (C)Hide

見事な墨絵でした。
宇和島城07
宇和島城07 posted by (C)Hide

天守閣から見た宇和島港です。ここから見る花火も格別でしょうね。
宇和島城08
宇和島城08 posted by (C)Hide






こうして景色を見て思うのは、私が小5夏~高校と、多感な7年あまりを過ごした佐伯市と、とてもよく似ているなぁと言うこと。城山、神社、川、海、島―ほんとよく似ています。

このように、歴史や自然が身近にある風土っていいですね。
癒やしがあり、創造性の揺籃があるように思います。

父の転勤でその地を離れることになった時、私は両親の漂泊に付き合わずに宇和島とよく似たその地―佐伯に残りました。そこから解き放たれたかのように私の青春が爆発できたわけです。

この時私は、血縁(親)ではなく地縁(場)を選んでいるわけです。
その場(古里)を選びたくても選べなかった親。
選べなかったから居場所を求めてさまよい続け、その子はその親に付き合うことに嫌気がさして場を選んだ。因果は巡る、あざなえる縄のようですね。






宇和島伊達400年祭





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