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宇和島心の旅9.民の守護神、和霊神社へ

2015/11/12(Thu) Category : 神社・寺・城・歴史
【松山・宇和島心の旅】

いよいよ私のお宮参りとなった和霊神社に向かいます。
お参りには、3月上中旬ころに行ったんでしょうかね。
それから、半世紀以上を過ぎての御礼参りです。

生まれて以降いろいろと垢が付き、
紆余曲折を経て少しづつ垢を落とし、
生まれた時の私に少しでも近づいているのでしょうか。


さて、性の殿堂凸凹神堂(多賀神社)を出て、須賀川沿いをてくてく歩きます。ん?須賀川?・・・須賀といえば、「須賀、須賀し」と言ったスサノオを思い出しますね。須賀神社といえばスサノオです。なんか関係あるんかなー。

お、見えてきました太鼓橋。

和霊神社01 須賀川と太鼓橋
和霊神社01 須賀川と太鼓橋 posted by (C)Hide


地元の人に慕われる「われいさま」です。
立派ですね~。
左右に天狗とおたふくの面がかかっていますね~。日本一の大きさだとか。(写真をクリックして飛んだ先で、さらに写真をクリックすると拡大します。すると影になっている面がよく見えます)

和霊神社02 天狗とおたふく―まるでお寺の山門
和霊神社02 天狗とおたふく―まるでお寺の山門 posted by (C)Hide

中に入って、手水舎を見て改めて思いました。

和霊神社03
和霊神社03 posted by (C)Hide


不思議な造りだな~、と。
まずここの雰囲気が、どちらかというとお寺?
それに、神社なのに、まるでお寺の山門のような立派な門。
おまけに、阿吽の仁王像のように天狗とおたふくが両側にいたし。天狗とおたふくは、先ほどの多賀神社で見たように、男女の象徴でもあるし・・・面白いよね~。


提灯のご神紋は山家公頼の釘抜紋です。
和霊神社04 神紋は山家公頼の釘抜紋
和霊神社04 神紋は山家公頼の釘抜紋 posted by (C)Hide

釘抜きは「九城を抜く」=九つの城を陥落させるという戦勝の縁起かつぎで武家に広まったそうです。あの南方熊楠も釘抜紋なんですね~。
釘抜紋


上ったところに2本の石柱。
「愛護無道」「国利民福」―一体なんぞや。
和霊神社05 「国利民福」「愛護無道」
和霊神社05 「国利民福」「愛護無道」 posted by (C)Hide

昭和12年に御用学者がまとめた「国体の本義」の中では、次のように用語が使われています。
「愛護」―天照大神、天皇、領主が、『国土を愛護』『臣民を愛護』『領民を愛護』するという下り。
「無道」―『蘇我氏の無道僭上』『足利尊氏の大逆無道』という下り・・蘇我&足利は私利に走った逆賊として扱われていますね。一辺倒な見方です。

「国利民福」―個人の自由な営利活動の結果として国家が繁栄する、『国利と民福とは一如となつて、健全なる国民経済が進展し得る』という思想があるようです。この思想がなければ私利に走ることになり、『利己主義や階級闘争が我が国体に反する』と書いていますね。

上から私利私欲を戒めるのではなく、大自然が人に無条件に全てを与えているように、自然との調和の中で足るを知るようになれば、余計な欲は抱かないものですが・・・誰がいつどのような思いで立てたものなのでしょうね。



境内には御幣がついた竹が。
和霊神社06 あの竹のてっぺんの御幣を取る
和霊神社06 あの竹のてっぺんの御幣を取る posted by (C)Hide

あぁ、これによじ登ってあの先にある御幣を取るんだなぁ・・高いなぁと思って眺めました。こりゃ、怖いかも。



拝殿です。
和霊神社07 ご本尊は山家清兵衛
和霊神社07 ご本尊は山家清兵衛 posted by (C)Hide

先にも書きましたが、祀られているのは山家清兵衛。伊達政宗の信頼篤き重臣でした。伊達藩が宇和島を再建する命を受けた際、長男・秀宗とともに送り込まれたのが山家清兵衛でした。実質、建て直しの全権を担っていたことでしょう。

その責を果たした清兵衛は人気を博しますが、それに嫉妬した秀宗と桜田玄蕃の謀略の前に一族皆殺しにされます。その後玄蕃ら関係者が変死したため祟りと怖れられ、秀宗が清兵衛の霊を鎮魂するために建てたのが和霊神社でした。以来、大衆の味方、大衆の守護神とし信仰されています。

馬の像が奉納されていました。
和霊神社08 神馬
和霊神社08 神馬 posted by (C)Hide


坂本竜馬脱藩記念碑がありました。
和霊神社09 坂本竜馬脱藩記念碑
和霊神社09 坂本竜馬脱藩記念碑 posted by (C)Hide

坂本八郎兵衛が清兵衛を慕い、坂本家の屋敷神として高知の水谷山に和霊神社を建立しました。4代の後の1862年、坂本龍馬はその和霊神社で脱藩の決意をしたそうで、その脱藩の日が、碑に記されている「文久2年3月24日」。


一回りしてみました。
和霊神社10
和霊神社10 posted by (C)Hide

和霊神社11
和霊神社11 posted by (C)Hide


表に戻ると、おや稚児さん達。まぶしそう。
和霊神社12 おや、まぁ稚児さん達
和霊神社12 おや、まぁ稚児さん達 posted by (C)Hide


それでは、夕刻にまたお目にかかりましょう。
和霊神社13
和霊神社13 posted by (C)Hide

和霊神社14
和霊神社14 posted by (C)Hide

和霊神社15
和霊神社15 posted by (C)Hide

なんだか、総門に放物線を描いて吸い込まれていくようなイメージですね。ふと、鼻の穴を思い出しました。左右別々の穴から入った吸気は中で一つになって気道を通っていきます。その合わさった「気」が、私たちの全身に活力を与えているわけです。

鼻の左右の穴は男女を表し、それが中で一つになるということは、男女合一せよということを表しているらしい。そうするためには、自分の中で男性性と女性性を統合すること。それをするからこそ男女の違いもよくわかり、男性と女性の持ち味を活かした連携ができるようになるのでしょう。

なるほど、この太鼓橋の先にあの天狗とおたふくの総門か~。まるで、男女和して支え合えよ、と言っているようですね。和霊とは、男女の魂が和することも言っているのかもしれません。


下の鳥居が石造りでは日本一といわれている鳥居だそうです。
和霊神社16 石造りでは日本一
和霊神社16 石造りでは日本一 posted by (C)Hide


この門前と和霊公園の中は、屋台がずらりと並んでいました。
和霊神社17
和霊神社17 posted by (C)Hide


走り込みの場所取りがありますので、夕方6時過ぎにはこちらに戻って屋台で腹ごしらえし、今回の旅のメインイベントに備えましょう。

次は、闘牛へ。




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