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今は悲しき三保の松原

2015/12/14(Mon) Category : 旅行記
以前は遠方でも日帰りという強行軍も多かったのですが、カウンセリングが遅くなっても体に負担がかからぬよう、最近は前後一泊したりして、ついでに近くの神社や景勝地を歩いたりしています。

静岡に訪問で伺うことになってちょっと調べてみると、徳川家康「御鎮座四百年大祭」が久能山東照宮で行われていたことを知りました。そう言えば、宇和島に行った時も「伊達400年祭」だったよなぁ。

長泉町に住んでいた頃、伊豆半島や富士山方面によく行きましたが、それより西は三保の松原まで(当時はそこまで神社等に興味がなかったし)。よし、行ってみようということで、面談が終わった夜は久能グリーンヒルホテルに泊まって、翌日、東照宮と日本平を回って帰りました。



タクシーの運転手さんの話が心に残りました。
三保の松原は、その方が中高生時代は横に100人くらい並んで海岸を走ったそうで、広大な白砂だったそうです。ところが、数年ぶりに行ってみて愕然!砂浜がげっそりやせ細っていたのです。わずか数年で。

原因は、川から供給される砂が激減したこと。どうやら、安倍川に砂防ダムを作ったり護岸工事をしたことが徒となったようで、干潟のギロチンと同じく、生態系の循環を断ち切るお馬鹿なことを人間がやったせいです。

また、雨の降り方も変わったと仰ってました。近年はスコールのような降り方をして鉄砲水のように土砂を押し流すため、歳月をかけて細かくなった白砂が得にくくなったとのこと。

現在は、トラックで川砂を運んで埋め合わせしているそうですが、それは荒い砂で、とうてい天女が降りてくるような浜辺ではない、「世界遺産」の看板は外してほしいくらいだと仰ってました。

悲しい話ですね。
大自然に活かされ育まれてきたのに、その大自然の叡智を測りきれない人間が、次々に循環の息の根を止めていたわけです。

人間の仕業に加えて気候変動か・・・そういえば、「しとしとピッチャン、しとピッチャン」のような長梅雨のイメージは、小学校時代の鹿児島で経験して以来絶えてない気がします。しとしと降る雨が懐かしいなぁ。



「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」(鴨長明)という言葉を思い出しました。大自然は、いつまでも変わらぬ姿でそこにあるように思えますが、絶えず循環しながら、その変わらぬ姿を保ち続けているわけです。

絶えず変化し続けながら、その美しい姿を保ち続ける―それが自然の極意でしょう。ならば自然の一部である人間もそうあるべきなのでしょう。

「森は海の恋人」とか「森は海のおふくろ」という言葉が“常識”となって定着してほしい。海人かつ山人であった縄文人の叡智を取り戻したい―そう思います。



Wikiによれば、フランスのダンサー、エレーヌ・ジュグラリスが「羽衣伝説」を題材にした作品「羽衣」を創作し、三保の松原を訪れることを願いながら病気で果たせず、「せめて髪と衣装だけは三保の松原に」と遺言を残して35歳の若さで亡くなります。この話に共感した住民の手により「エレーヌの碑(羽衣の碑)」(1952年完成)が建てられ、その中に彼女の遺髪が納められているそうです。

エレーヌの父が「現代舞踊の母」と呼ばれるイサドラ・ダンカンの主治医であったことから、エレーヌは幼い時からイサドラの子供たちと一緒に暮らし、舞踊の手ほどきを受け成長しますが、もっと優美なもの・叙情的なものを追求した結果「これこそ舞踊芸術の極致」としてたどりついたのが、日本の「能」だったそうです。

フランスに日本の大使館も領事館もない時代、能の研究・調査は困難を極めましたが、エレーヌは自分の追及する「羽衣」を作り上げ、1949年3月のギメ美術館のホールでの初演は大成功。1949年6月の公演中に「羽衣」の衣装をまとったまま舞台で倒れ、2年後に世を去ったそうです。
「羽衣まつり」より)

そのエレーヌが最期まで憧れた白砂の松原。その変わり果てた姿を見て、天国から悲しんでいるのではないでしょうか。



三保の松原は、「世界遺産」=大自然を残すためには、自然の循環を断ち切らないこと。そのためには、大自然の叡智に学ぶことを人に教えているように思います。



それでは、次のように記事をアップしていきます。
1.駿河湾の朝日と日本平
2.久能山東照宮




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以前静岡に住んでいたころは、身近な三保の松原でした。懐かしいな。でも、砂浜の変化等は気が付きませんでした。
記事が楽しみです(^^)

 
    
 
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