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古都秋景3―観音様の清水寺に思う

2015/12/23(Wed) Category : 神社・寺・城・歴史
【古都秋景】

観音様の清水寺。

坂上田村麻呂が美しい清水に惹かれて上り、
水源で出逢った賢心に殺生を戒められて仏教に帰依。
伽藍を建立して十一面千手観音を安置しました。

妻の“ために”鹿狩りに来ていた田村麻呂。
その“鹿を道具にする理由”が吹き飛んだんですね。

以降、庶民に開かれた寺として人気を博し、災害や戦災から復興。
現在の伽藍は、1633年に徳川家光により建てられたもので世界文化遺産。

観音とは「音を観る」―「本音を観ずる」のでしょう。次の5つだそうです。
・清浄観―清い心音を観ずる
・広大智慧観―偏らずに平等に観ずる
・真観―真実を観ずる
・慈観―喜びを共に観ずる
・悲観―悲しみや苦しみを共に観ずる

清い心で、表層的な善だの悪だのと偏らずに真実を観、そこにある気持ちに共感する―それが観音の心だと感じました。

最後の2つは共感能力ですね。
それが「慈」と「悲」で表されています。

なるほど、と思いました。
最近ですが、何となく、慈悲というものがおぼろげながらどういうものか、その端緒に近づいた気がしたことがありました。

共感力は、ダミー感情や偽物感情ではなく、「本当の気持ち」に触れれば触れるほどに磨かれるものなのでしょう。
加えて、連鎖のことを深く知り、不安から逃げるために脚本にしがみつく人生を観ていくと、四苦八苦の「奥」が見えてきます。

生・老・病・死を四苦といい、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦を合わせて八苦といいますが、表層意識では苦でも、下意識では望んで(選択して)それらの道を邁進しています。

いがみ合う夫婦も下意識では協力しており、
操られているように見えて子供も自分を封印するために親を使い、
不幸まっしぐらが最高の見せ場であったり、
何もしないとなじられたり、酷い断ち切られ方をしたことが救いだったり・・・
よくよく観れば、一方的という関係はどこにもありません。
(いずれも無意識下のことなので、当人にはそれとわかっていませんが)

善と悪、支配と服従、加害と被害、ハラッサーとハラッシーという枠を超えた世界がそこには存在しています。

それは、虚構を現実化していく壮大なゲームの世界です。そのフィクションをリアルなものに見せるために舞台上の演出感情を本物と思い、その偽物感情を“証拠物件”として脳内母親に見せながら、ひたすら脚本通りに一人芝居を続けていきます。

そして、なぜこれほどにも膨大なエネルギーを注いでいるかといえば、
そこにはただ母を恋うる健気なチャイルド(もう少しいえば、母をこうる脚本チャイルドの衝動を利用して不安から逃げている自分)が居るだけで・・・その脚本は自分勝手な思い込みで作っているので、思いっきり間違った方向で、イタいし、悲しいし、哀れなのですが、ひたすら懸命に走っているのです。



気づいたり、変わったりするチャンスのある人は幸い。

けれど固化してしまったその在り方は、もはや変えるべくもなく、ただそれ以上おかしな方向に行かないように、こちらはまっすぐ立っているだけです。

・・・こういうことを書いているのも、つくづく「親はバカだなぁ」「こちらのことは観ようともせずに、脳内親のためにひたすらだなぁ」「そして、俺もバカだったよなぁ」と、思っているからかもしれません。

「清水の舞台から飛び降りるつもりで心を観ろ」と言っても、背骨のない相手は死ぬだけです。
背骨があっても、脚本人生劇場という舞台からおりるのは、そう簡単なことではありません。覚悟して取り組んでも、10年がかりです。親にそういう時間は残されていません(時間があっても出来ませんが)。

それがどういう方向であれ、みんな「よくやってきた」のです。
ならば、些細な日々でいい。最期は笑顔で―

そこはかとない悲しみがあります。

それに、こうして親のことを思う自分がここに居るわけです。子供って生涯そうなのでしょう。親も又同じ。

違いはただ、「親を恋うるチャイルド」や「不安なチャイルド」を自分が受け止めるか、受け止めないか、それだけ―


なんだか変な書き出しになってしまいましたが・・・いざ、清水へ。






茶碗坂の終点に三重塔が見えます。
清水寺(昼)01 茶碗坂
清水寺(昼)01 茶碗坂 posted by (C)Hide

見事な紅葉が出迎えてくれました。
清水寺(昼)02
清水寺(昼)02 posted by (C)Hide


仁王門が聳えています。
清水寺(昼)03 仁王門
清水寺(昼)03 仁王門 posted by (C)Hide

三重塔に向かう階段から見上げる紅葉も美しい。
清水寺(昼)04 三重塔
清水寺(昼)04 三重塔 posted by (C)Hide


見事!
清水寺(昼)05 三重塔
清水寺(昼)05 三重塔 posted by (C)Hide

清水寺(昼)08
清水寺(昼)08 posted by (C)Hide

清水寺(昼)17
清水寺(昼)17 posted by (C)Hide


京都タワーの朱もマッチしていますね。
清水寺(昼)09 タワーに寄り添う楓達
清水寺(昼)09 タワーに寄り添う楓達 posted by (C)Hide


成就院向かいの池の水面に散り敷く落ち葉
清水寺(昼)13
清水寺(昼)13 posted by (C)Hide


夜の拝観がメインなので拝観はせず、順路を逆走。
清水寺(昼)18
清水寺(昼)18 posted by (C)Hide


そう、目指すはアテルイとモレの碑
それが、これ!
清水寺(昼)19  阿弖流為と母禮の碑
清水寺(昼)19  阿弖流為と母禮の碑 posted by (C)Hide

【ご参考】
【縄文vs弥生】1.大和朝廷とまつろわぬ民
【縄文vs弥生】5.平忠常とアテルイ


手を合わせ、朱にまみれる三重塔を後にしました。
清水寺(昼)22 朱にまみれる三重塔
清水寺(昼)22 朱にまみれる三重塔 posted by (C)Hide

若き血潮のようでした。



*それでは、明日クリスマスイブは清水寺のライトアップの記事で。


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