プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
04 ≪│2017/05│≫ 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

「ちはやふる」感想(中)―千早と新と太一

2016/05/06(Fri) Category : 映画
漫画、映画込みで「ちはやふる」の感想の続きです。
思い入れたっぷりの感想であることをご了承ください。

-----------------------------------------------------------
両親は姉にエネルギーを注ぎ込み、ロストワン(忘れられた存在)となった千早のストローク飢餓(私を認めてという飢え)は深かったことでしょう。かわいい、美人と周囲にもてはやされても、それは存在無価値感を満たしてはくれません。母親に無視されていれば空しいだけ。

心理学でロストワンと言われるけど、実は「なにもせずにそこで見ていろ」という立場の「代理母」(母親の母親)だったりします。何しろ、第一巻末にある千早のプロフィールが、12歳にして「少年体型」で「スカートはいたことがない」ですからね・・・母親の隠れターゲットは千早だな、と思ってしまいます。

姉は、母の分身もしくは母の手として頑張り続けなければなりません。その“できる姉”の演出に協力するために自分はできてはいけないし(→学力最低)、姉(=母)を「見る目」としてそこにいなくてはならないから姉のファン第一号となり、姉の成功を自分の夢としました。

「見る目」としての役割が如実に現れていたのが、姉に当たり前のように命じられて、姉の衣装替えをデジカメでカシャカシャ撮るところ(一巻)でした。(お母さんはその2人の行動を肯定していましたね)



-----------------------------------------------------------
その千早に、真正面から全力でぶつかってきたのが「メガネくん」。「かるたって楽しいね」と千早は言いましたが、新との真剣勝負で自分の存在を実感できたこと、無意識に抑え続けてきた自分が全力を出し切れた爽快感、新が自分を認めてくれた喜び―その“実感”から出てきた言葉だろうと思いました。この時初めて千早は虚構を抜けて「生」を生き、だからこそ生きる喜びを感じられたのでしょう。

さらに新は、「自分の事でないと夢にしたらあかん」と直球を投げました。これは、「自分の夢を持っていいよ」という心強い「許可」。千早にとってこれは驚天動地の衝撃だったでしょう。

この言葉で千早は代理母(「見る目」)の役割から降りる許可が与えられましたが、ただそれだけでは役割喪失して寂しさに耐えられません。存在無価値感を見ないために役割にしがみついていた側面もあるからです。が、そこに追い打ちが来ました。

「日本で一番ってことは世界で一番ってことやろう?」―「世界が認める」という目標を示してくれたのです。ストローク飢餓が深ければ深いほど、“世界一”という言葉は響いたことでしょう。そこに千早は飛びつきました。そして、寝ても覚めてもかるたの「かるたバカ」になっていきます。

新は千早を役割から解放し(へその緒を切り)、虚構界から現実界に引っ張り出し、その存在を認め、道まで示してくれました。命の恩人であり、父親のような存在―千早にとって新はそういう大切な存在になったのです。



-----------------------------------------------------------
一方の新も、祖父が亡くなった全責任を自分が背負ってしまうほどのおじいちゃん子でした。そこまでなってしまうこと自体、新もまた、祖父と対立する両親から愛情をもらえなかったんだろうなぁと想像します。新が千早と太一に「かるたを一緒にしてくれてありがとな」と泣きじゃくる姿に、彼の孤独が現れていたように思います。

新がかるたを頑張ったのも「おじいちゃんを喜ばせるため」であり、そのおじいちゃんをかるたのせいで救えなかったと思ったときに、かるたができなくなったほどです。(この時のことは、無意識に死期を悟ったおじいちゃんから新へのプレゼントだったのだと思います)

新も千早と同じく両親から(心理的に)見捨てられた存在だったのでしょう。しかし、新には祖父がいた。愛をもらえない子どもは愛をもらえる存在にしがみつこうとします。その存在に認められようとします。新にとってはそれがおじいちゃんであり、だからこそかるたに賭けたのでしょう。

その孤独な新に全力でぶつかってきたのが千早でした。新もまた、おじいちゃん以外の第三者から初めて認められたのではないでしょうか。新にとっても、千早は命の恩人だったわけです。

この似た者同士の二人の出逢いは、父親の転勤で新が東京に来なければなかったわけです。神様ってこういうことするよね~、と思います。




【綿谷新(細谷佳正) 「夢への地図」】







そして、太一・・・上記二人も辛いけど、あぁ、苦しい存在だよね「まつげくん」。脳内から常に「ミセス・プレッシャー」が睨んでいるからね。

新に負けたくなくて、メガネを隠してしまいました。「お前卑怯な奴やの。」と新に言われなくても、それが卑怯なことはわかっていたでしょう。けれど、脳内母親(ミセス・プレッシャー)に自分が負けるところは“絶対に”見せてはいけないのです(まぁ、実際に母親が見にきてましたしね)。辛く、苦しく、悔しく、情けなかったでしょう。自分がふがいなく、悲しかったでしょう。

その太一を救ったのは千早の言葉でした。
「正々堂々とやって負けて、かっこ悪いことあるかー!!」―この力強い千早の言葉が、「脳内プレッシャー」をぶっ飛ばしましたね。太一もまた、頭をぶん殴られた思いで、千早に救われました。

何事もナンバー1でなければ許されなかった太一に、「負けていい許可」「一番でなくていい許可」を与えてくれたのです。重荷を取ってくれましたね。ミセス・プレッシャーにとっての天敵でもあり、太一にとって千早は大切な存在となりました。

けれど、それでも太一は母親を背負い続けました。かるたの傍ら成績一番を続け、部長として部の運営に目配りを続け・・・そんなに背負っていたら「自分」に集中できないよ。―って、それが「人(=母親)を背負う」太一の脚本なのでしょう。

自分が第一優先ではなく、人(=母親)が第一優先なのです。だから、運も相手にあげて自分には回ってきません。その上、いろんなものを一人で背負い込んで自分を追い詰めてしまいます。これもすべて、背負い続ける姿を見せ続けなければならないから(このように人は人生脚本に縛られています)。

「勝手に一人になるなよ!」と「肉まんくん」が放った一言にはグッときました。一人で背負う癖を知っているやつが身近にいる。そして、ちゃんと見てて声をかけてくれる。その瞬間、太一、緩みましたね。一人で抱えている人間を見るのは仲間も重たい。仲間が支えてくれることによって太一が軽くなるだけではなく、仲間も軽くなるのです。



-----------------------------------------------------------
それにしても・・・
千早にとって新が父親的存在なら、
背負う脚本=受け皿体質の太一は母親的存在。

親から愛を得られない子供達は、兄弟で疑似ファミリーを作り「親子」をすることがありますが、この3人も「ファミリー」なんだなーと感じました。

遠くから見守る新は父で、身近で見守る太一は母親。
そして、「両親」を手に入れた千早は、自分の世界を歩き始めます。

その象徴的な場面が、デジカメでカシャカシャ姉を撮っていた千早が、「お姉ちゃんごめん、わたしやりたいことがある」とカメラを返したシーンでした。この時、千早は役割を演じる虚構界と訣別したのです。

その背景には、3人を丸ごと見守る原田先生という頼もしい“お父さん”の登場もありましたね。先生は、「百人友達ができたと思って仲良くなりなさい」と「友達を作る許可」を与えてくれました。原田先生は、3人の後ろ盾となりましたね。

3人ともに「最も楽しかったとき」として思い出す、この3人でのかるた。それは、互いのインナーチャイルドを救い合ったかるたでした。

そして、3人がチームとなり、息を合わせて楽しかった「チームちはやふる」としてのかるた。それは、疑似ファミリーとしてのかるただったのでしょう。苦しみは分かち合い、喜びは倍加する「家族」として結束した団体戦は、そりゃあ楽しかっただろうなぁと思います。

その後、部活では宮内先生という“お母さん”も現れますし、かなちゃんという母親的存在も登場する他、部員が太一や千早の受け止め役になっていく中、太一が徐々に母親役割から解放されていきますね。そして、自分のための行動をするようになっていきます。


最初は皆、依存から始まるんです。
すべての人間関係は共依存からスタートすると言ってもいいでしょう。
そこから、どう成長していくのか。
この物語から、目が離せません。




【真島太一(宮野真守) 「何度も生まれては消えていく雪のようなもの」】






「ちはやふる」感想(下)―若宮詩暢 に続く





関連記事
 
Comment0  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
記事・インタビュー他
わが子を守るために
写真/動画集はこちら↓
 
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード