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「百人一首」随想5:「詩経」(儒教)を元に国の和を図りたかった定家

2016/06/03(Fri) Category : 神社・寺・城・歴史
【「百人一首」随想】

公家の盛衰------------------------------------------------

前記事でざっと第50代桓武天皇までを見ましたが、それでもまだ東北はまつろわぬ民たちが跋扈する天地。この「百人一首」随想では渡来人のことを書いていますが、「794ウグイス平安京」の桓武の時代にしてなお縄文勢力は色濃く残り、やがて俘囚の上頭・奥州藤原氏が黄金の国を作り上げていくわけですから、日本も一筋縄ではいきません。

ご参考:【縄文vs弥生】


都では、桓武の後も有能な天皇が女性に骨抜きにされたり(藤原薬子の変)、天皇親政がなったかと思うと藤原同士の勢力争いが起きたり(承和の変)、古代の名門大伴氏と紀氏の勢力が政権から一掃される「応天門の変」があったり、ついに成人天皇を補佐する関白職が出来てその関白藤原基経に天皇が屈したり、それに懲りてアンチ藤原で菅原道真を抜擢するも謀略により左遷され怨霊となったり、続いて平将門と藤原純友による「承平天慶の乱」が起こったり、おまけに富士山の噴火や大地震、洪水が起こって天皇の不徳のせいとされたり・・・する中、藤原一族は権力を掌握していきました。そしてついに藤原道長の時代を迎えます。

「この世をば わが世とぞ思ふ望月の かけたることもなしと思へば」

有名な歌ですね~。これだけの紆余曲折があったわけですから、そう詠みたくもなるというものでしょう。

けれど道長の死後、白河院政から藤原の没落=公家の没落が始まり、『「百人一首」随想1:百人一首に秘された藤原定家の思い』の「脱藤原→白川院政が促した公家から武家への移行」へとつながっていきます。

やっと、再び定家へと戻ってきました(^^;)。



孔子「關雎は后妃の德なり」--------------------------------------------------------

武士動乱の時代を予感した藤原定家(御子左定家)は、なんとかその動乱を抑えたかったのでしょう。定家は、和歌をもって政治に寄与することを願っていました。

当時、公家に必要なのは、「三舟の才」―和歌・漢詩・管弦のいずれかであり、5、6才頃から万葉、古今、白氏文集などをたたき込んでいく英才教育(現代以上に公家は大変です)。中国の四書五経(四書は「大学」「中庸」「論語」「孟子」、五経は「詩経」「書経」「礼記」「易経」「春秋」)は必須だったようです。

定家は門弟に、特に孔子が編集した儒家の経典「詩経」を学ばせました。
その詩経の冒頭、『關雎(かんしょ)は,后妃の德なり』と出てきます。
「關雎」とは男女の恋を詠った詩で、周南地域の民謡を集めた中で最初に出てくる詩です。その詩について孔子は次のように語っています。

「子曰わく、關雎(かんしょ)楽しみて淫(いん)せず、哀しみて傷(やぶ)らず。」
 ↓
「恋愛を詠う關雎(かんしょ)の詩は、楽しみを詠っても淫に陥ることなく、悲哀にくれても心身を痛めつけてしまうようなことがない。」

この心持ちが「后妃の德」というものであり、夫婦の在り方、ひいては社会(風俗)及び国の在り方によい影響を与えると詩経で説いています。
また、言葉を定義して物事の流れを説いています(以下、超意訳)。




詩経概要-------------------------------------------------

感情は言葉に表れ、その感動の強さに応じて、詠じたり舞踏になったりしていく。

感情を声に出して、文脈が形成されたとき、社会の音となる。
和の政治をすれば安らかで楽しい「治世の音」が響き、
背く政治をすれば怨怒に満ちた「乱世の音」が響き、
困窮する政治をすれば哀しい「亡国の音」が響く。

心に「志」が生じたときに、それを言葉に表したものを「詩」という。
国や社会(風俗)を正すに「詩」ほど効果的なものは他にない。

次の6つの様相を詩に詠いなさい。
・各地域の人々の気持ち
・率直な気持ち
・比喩を用いた気持ち
・自然への感動
・文化への感謝
・祖先への感謝

気持ちを詩に表現して相互にわかち合うことが大切。
詩を用いて、為政者は社会によい風を起こし、民は為政者を風刺する。
そこに相互作用が起こり、姿勢が自ずと戒められていく。
詩をもって夫婦を經くする(しなやかに強くする)ことが全ての基本。


―というようなことが書かれています。
夫婦(男女)仲むつまじきことが国の基本―すごいですね。

天皇皇后両陛下の写真を思い出しました。↓
emperorempress.jpg

海外「俺の国にも皇室があれば…」 天皇皇后両陛下のお姿に外国人が感銘
海外「皇室の存在が羨ましい」 若かりし頃の天皇皇后両陛下のお写真に感嘆の声


仲睦まじくあるためには気持ちを表すこと、そして、
いろいろな気持ちを知ること―いやはやすごいことを言ってます。




有心体(うしんたい)--------------------------------------------

定家は歌作で最も大切なのは「詞の用捨」(適切な詞の取捨選択)にあると言います。さらに、
「心のかけたらむよりは、詞のつたなきにこそ侍らめ」―心が欠けているよりも、詞がつたない方がましであると言っています。

つまり、心の発露が詩であり、心に合致した詞を用いよ、と言っているわけです。これが、定家が唱えた「有心体」―「心ある体」(毎月抄)の意味ですね。まさに、定家は「詩経」を実践していることがわかります。

心に合致した詞→気持ちを声(言葉)に出す―カウンセリングに通じますね。文字だけでは左脳(IP)が絡んで自律は進みませんが、声に出すことでICとの信頼が形成され自律に向かいます。「有心体」という言葉は、IC(小さいちゃん)とつながって生きている人間の姿を形容しているように思えます。

藤原定家は、この詩経の姿勢を師として、定家自身も和歌をもって政治を変えようとしていたわけです。難しく言えば、定家の政治への寄与とは、「孔子の儒教思想の具現化」であり、日本には和歌という形で儒教が広まっていったということになるのでしょう。

これを優しく言えば、心ある言葉を発する「有心体」で生きるということは、自律して生きると言うことですから、それが広まれば社会は勝手に互いを認め、活き活きとした素晴らしい社会になっていきます。カウンセリングで目指す自律社会の姿と全く同じで、定家や「有心体」に親近感が湧きますね。(^^)

ともあれ、「詩経」を掲載しておきます。






「詩経」---------------------------------------------------------

關雎(かんしょ→男女の恋を詠った詩)は,后妃の德なり。
風の始めなり。天下を風して夫婦を正す所以なり。
故に之を鄉人に用ひ,之を邦國に用ふ。

風は,風なり。教(教化)なり。
風、以て之を動かし,教、以て之を化す。

詩は,志の之く(ゆく)所なり。
心に在るを志と為し,言に發するを詩と為す。

情、中に動きて言に形(あら)はる。
之を言ひて足らず。故に之を嗟嘆(さたん/感じて褒める)す;
之を嗟嘆して足らず,故に之を永歌す;
之を永歌して足らず,手之を舞ひ、足之を蹈むを知らず。

情を聲に發して,聲、文を成し、之を音と謂ふ。
治世の音は安にして以て樂しみ,其の政、和すればなり;
亂世の音は怨にして以て怒り,其の政、乖(そむ)けばなり;
亡國の音は哀にして以て思ふ,其の民、困しめばなり。

故に得失を正し,天地を動かし,鬼神を感ぜしむるは,詩より近きは莫し。

先王、是を以て夫婦を經し(つよし/しなやかな強さ),
孝敬を成し,人倫を厚くし,教化を美し,風俗を移す。

故に詩に六義有り:
一に曰く風,(諸国の民衆の間で作られた詩歌)
二に曰く賦,(比喩を用いないで感じたことをありのままによむ)
三に曰く比,(たとえを用いて気持ちを述べる)
四に曰く興,(自然の風物に託して自分の感興をうたう)
五に曰く雅,(周王朝の儀式や宴席でうたわれた詩歌)
六に曰く頌(しょう)。(祖先の徳をたたえる詩歌)

上、以て下を風化し,
下、以て上を風刺す。

文を主とし譎諫(けっかん)す(遠まわしにいさめる)。
之を言ふ者は罪無く,之を聞く者は以て戒しむるに足る。
故に風と曰ふ。

王道衰へ,禮義廢れ,政教失ひ,國々政異なり,家々俗を殊にするに至りて,變風、變雅作る。
國史、得失の跡を明らかにし,人倫の廢を傷み,刑政の苛を哀しみ,情性を吟詠して,以て其の上を風す。
事變に達して,其の舊俗(旧俗、 旧習)を懷ふ者なり。

故に變風は情に發して,禮義に止む。
情に發するは,民の性なり;
禮義に止まるは,先王の澤(光沢→恩恵)なり。

是を以て一國の事は,一人の本に繫る。
之を風と謂ふ;

天下の事を言ひ,四方の風を形はす。
之を雅と謂ふ。

雅は,正なり,王政の由りて廢興する所を言ふなり。
政に小大有り,
故に小雅有り,(短い民謡風な歌)
大雅有り。(周の歴史を主題とした叙事的な歌)

頌は,盛德の形容を美し,其の成功を以て神明に告ぐる者なり。
是れを四始と謂ひ,詩の志なり。

然らば則ち、關雎、麟趾の化は,王者の風なり,故に之を周公に繫(か)く。

南は,化の北よりして南するを言ふなり。
鵲巢、騶虞の德は,諸侯の風なり。
先王の教ふる所以なり,故に之を召公に繫く。

周南、召南は,始を正すの道,王化の基なり。
是を以て、關雎は淑女を得て以て君子に配するを楽しむ。

憂は賢を進めるに在り。其の色に淫せず,窈窕を哀しみ,賢才を思ひて,善を傷ふの心無し,是れ、關雎の義なり。






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