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古代日本の転換点7-「藤原神道システム」vs「東大寺仏教システム」

2016/06/29(Wed) Category : 神社・寺・城・歴史
【古代日本の転換点】

藤原一族との暗闘の中で仏教にすがった聖武天皇。
現在でも世界最大の木造建築物と言われる大仏殿
最初に出来たものは、現存するものよりさらに大きかったそうですから、聖武の意欲には並々ならぬものがありました。

TodaijiDaibutsuden.jpg
ゆんフリー写真素材集より)

江戸時代に修理をした際、25mの梁2本を探して日向まで行き、その木を切り出して海岸まで運ぶだけで述べ数十万人の人手と牛4000頭が必要で、今度は京都の木津から陸揚げし毎日2、3千人が半月かかって運び込んだそうです。

753年大仏開眼供養の日は1万人を超える僧が集まり、唐、ベトナム、カンボジアの音楽まで鳴り響く国際色豊かなパーティとなる中、病に冒された聖武の手から紫と白の綱が菩提僧正(帰化20年のインドの僧)の持つ筆に伸び、その筆で大仏の目に墨が入ったそうです。その時の思いやいかばかりだったでしょうか。

そこまでした聖武天皇の意図はなんだったのでしょうか。




記事1、5の主な登場人物。
阿倍仲麻呂(698-770)
吉備真備 (695-775)(下道氏or加茂氏)
玄昉   (?―746)(阿刀氏)
鑑真    (688-763)

記事2の主な登場人物。
持統天皇  (645-703)(41代 690-697 天智の娘・鸕野讃良)
藤原不比等 (659-720)(天智の子?)
元明天皇  (661-721)(43代 707-715 天智の娘・阿部皇女)
草壁皇子  (662-689)(母・持統天皇、妻・阿部皇女)<早世>
県犬養三千代(665-733)(天武の忠臣の娘、708~橘三千代)
文武天皇  (683-707)(母・元明天皇)
橘諸兄    (684-757)(敏達天皇末裔美努王の子/母・県犬養三千代)
聖武天皇  (701-756)(45代 724-749)
光明皇后  (701-760)(不比等の長女)
藤原仲麻呂 (706-764)(不比等の長男武智麻呂の子/南家)
橘奈良麻呂 (721-757)(橘諸兄の子)

記事3、4、5の主な登場人物。
鸕野皇后(645-703)(41代 690-697 天智の娘)
草壁皇子(662-689/鸕野讃良 天智の娘・妹)<早世>
大津皇子(663-686/大田皇女 天智の娘・姉)<謀反の罪で自害>
高市皇子(654-696/尼子娘)(長屋王の父)
葛野王 (669-706)(天智の子・大友皇子の長男)

記事6の主な登場人物。
聖武天皇、光明皇后、橘諸兄、吉備真備、玄昉
長屋王  (684-729)(高市皇子の子)

本記事の主な登場人物。
聖武天皇





動き出した「藤原神道システム」------------------------------

710年、平城京に遷都することにより不比等は物部氏を切り捨て、物部神道は旧都と共に封印されました。

そして、712年の「古事記」、720年の「日本書記」の完成とともに、「藤原神道システム」は動き始めました。

「藤原神道システム」とは、アマテル(太陽神・男神)と瀬織津姫(月神&水神・女神)を信望する物部神道を封印し、新たにその二柱を合体させた最高神アマテラス(太陽神・女神)を作り上げ、その最高神が天孫(天智の子孫)を降臨させて日本を統治するという、藤原朝(天智朝)を正当化する国家システムです。

その推進のため、神社は伊勢神宮(アマテラス)をトップに序列化され、アマテル(ニギハヤヒ)と瀬織津姫の名は津々浦々から消されていきました。政権交代に伴う「日本の大宗教改革」―それが平城京遷都(710)や日本書記(天孫降臨神話)の整備(720)だったわけです。

724年に即位した聖武は、長屋王を左大臣に据えて脱藤原に舵を切ろうとしましたが、藤原4兄弟の謀略にあって長屋王一族は滅亡(729)。その半年後に光明子が皇后となって、まさに「四面藤歌」。持統・不比等執念の「藤原神道システム」は盤石に見えました。




聖武天皇が東大寺大仏鋳造に邁進した意味---------------------------

ところが、735年に吉備真備・玄昉らが唐から帰国するという援軍が加わり、さらに737年に天然痘という天佑によって藤原4兄弟が一挙に死ぬという追い風が吹き、反乱を起こした藤原広嗣は吉備真備が鎮圧しました(740)。

それに、庶民の間には仏教が流行し、旧勢力も仏教界にいます。この機を逃さじと、聖武は、741年に全国に国分寺を建てること、743年にその総本山として大仏を建てるという国家大事業を宣言しました。

これは、仏教に形を変えた旧勢力の力を結集しようとしたのではないでしょうか。また、中枢(脳)を乗っ取られたために、民(身体)の力を結集しようとしたようにも思います。(まるで、脳内親対インナーチャイルドの闘いです)


それと、革命的変化を起こすときに、現権力が牙をむいてくる暇を与えないためになすべきことは、ヘトヘトになるプロジェクトを立ち上げることです。

私も会社が合併した際に9年間実体験しましたが、1つの工場の文化を新たな企業文化に変えるに当たって、破壊の3年、地均しの3年、構築の3年の計9年がかかりました。

ただ、破壊とはいっても、目的のない破壊を人は出来ませんので、何らかのプロジェクトを立ち上げ、目標を掲げて3年間突っ走らせます。課題をクリアするために馬車馬のように突っ走る間に、既存の企業風土はよいものも悪いものも、なし崩し的に壊れていき、3年経った後は空襲を受けた後のような雰囲気になります。目には見えませんが、「あぁ、何も残っていない。瓦礫の山だ・・・」と感じたことでした。

桓武は、「軍事と造作」という形でそれを行いましたね。蝦夷討伐と平安京造営にエネルギーを浪費させ、国民はクタクタになりました。

聖武は、各国に国分寺と国分尼寺の造営、そして都に大仏鋳造という大事業を行うことで現権力のエネルギーの削減と民衆の力の結集を行おうとしました。




「国分寺建立の詔」(741)---------------------------------------

力を結集するには、まず危機感を共有していること、そしてその危機を脱するためにそれをすることに必要性と納得性がなければなりません。

741年に出された「国分寺建立の詔」で、聖武は凶作や伝染病など災害続きであることを不徳の致すところと詫び、同時に危機感や不安感を共有しました。

また、「自分を責めている」と言うことで、人を敵にしませんでした。力を結集するに当たって敵を作っていてはどうにもなりません。加えて、自分を責めることで天皇を擁立する(権力に執着する)勢力への反省を促すと同時に、天皇たる者の役割を暗に教えています。

次に「国民に大きな幸福をもたらしたい」という自分の使命と目標をはっきりと掲げました。
その目標達成のために仏教を広めるのは、五穀豊穣という御利益があったからだと、仏教立国をする理由(実利)を述べています。

中でも「金光明最勝王経」には、『もし広く世間でこの経を読み、供養し、広めれば、われら四天王は常に来てその国を守り、一切の災いもみなとりのぞき、心中にいだくもの悲しい思いや疫病もまた消え去る。そしてすべての願いをかなえ、喜びに満ちた生活を約束しよう』とありましたので、庶民にとてもわかりやすい。

その経を納める七重の塔を持つ国分寺を各国のよき地に作らせる。七重の塔には、聖武の写経と各国の写経を共に入れることで聖武と各国がつながり、毎月8日に20人の僧が各国にある国分寺で金光明最勝王経を詠み、その経を各国国民に広めていくことで国民を教化し、聖武と庶民がつながっていく―とてもシステマティックな布教体制だと思います。
この「金光明最勝王経」の思想を全国に広めるシステムを、「東大寺仏教システム」と名付けましょう。

この「東大寺仏教システム」は「鎮護国家」の思想と言われていますが、それは藤原氏独裁から国を守ることを意味していたのでしょう。「東大寺仏教システム」の本当の狙いは、全国民をこちらに集中させることによって、「藤原神道システム」を空洞化させることだったのだと思います。

聖武は、七重塔を持つ寺「国分寺」を「国の華」と呼びましたが、全国に「国の華」を咲かせることによって、藤原という徒花を駆逐したい思いがあったのではないでしょうか。

見事な詔だと思います。

【参考:「国分寺建立の詔」




「7」による「藤原神道システム」の克服-----------------------

ところで、「7」は「すべて」や「完全」を表します(七つの海=全ての海、七賢人=全ての賢人、七大=万物一切、七教=全ての経典(儒教)、七つの民族=全人類、七つの世代=全世代→永遠)。
聖武は、「7」によって「藤原神道システム」の克服を願ったのでしょう。



【東大寺の東塔跡で「七重塔示す」瓦が大量出土】

【追記】
「七」は国常立神ナンバー(先天八卦の艮)であると同時に、「七赤金星」(陰の金)=瀬織津姫も表しますね。まさに国常立神&瀬織津姫の二柱合体の数字です。

七重塔は、心柱+それを囲う建屋でできています。まさしく国常立神&瀬織津姫の二柱合体したシンボルなのです。そして、心柱は見えませんから、外から見える立ち姿は瀬織津姫そのものとなります。

また、「花」とは「女神」を表す言葉でもあります。「国分寺」を「国の華」と呼んだ聖武天皇は、七重塔(瀬織津姫)を全国に再び咲かせようとしたのでしょう。




「大仏造立の詔」(743)-----------------------------------------

大仏造立の詔は次のようにあります。
『三宝(仏、法、僧)の力により、天下が安泰になり、命あるものすべてが栄えることを望む。』―これは本当に心からの悲願だったでしょう。しかも、この宣言は、「日本書紀」で完成された「藤原神道システム」は、命あるものすべてが栄えるシステムではないことを暗に告げています。

『国じゅうの銅を尽くして仏を造り、大山を削って仏堂を建て、広く天下に知らしめて私の知識(大仏造立に賛同し、協力する同志)とし、同じく仏の恩徳をこうむり、ともに悟りの境地に達したい』―ここに聖武の強い決意と物部等旧勢力へのメッセージが現れているように思います。

私は、「ドラゴンボール」を思い出しました。孤立無援でヘトヘトになりながら、地球中から気を集めて巨大な「元気玉」を作る―あの巨大な元気玉が大仏です。

あるいは、「封神演義」を思い出します。ラスボス女媧との最終決戦で、太公望が魂魄を集めます。

この時代にあったのは、「神道vs仏教」の闘いではなく、「日本書紀」で固めた藤原神道システムvs反藤原勢力の闘いがその本質だったのでしょう。

(ご参考)【聖武天皇の国分寺建立&大仏造立に関する動画】


そして詔から6年。大仏鋳造の黄金が陸奥国で発見されて狂喜した749年、聖武は元号を「天平感宝」に改元しました。そこにはどういう意味が込められていたのでしょう。

【参考「大仏造立の詔」




「天平感宝」に込められた意味-----------------------------------------

元号は国民全員が認識し使うものですから、そこには意味が込められています。聖武は、日本初の四文字年号に気持ちを込めたはずです。

「天平感宝」とは、大仏を作ることが出来る宝(黄金)に感謝し、三宝(仏教)をもって天下を平す(ならす)―そういう意味でしょうか。つまり、聖武は仏教によって国を統治する、と全国に知らしめたのです。
そこにどういう意味があるでしょうか。

藤原氏は日本書紀によってアマテラスを頂点とする藤原神道システムを作り、それに則って日本を統治しようとしました。
しかし聖武は、自分が神道システムにおける頂点に立つ神官である立場を大いに活用しました。天皇自らが「三宝の奴」となるということは、神道の上に仏教を置くという意思表示です。

つまり、藤原神道システムの上に東大寺仏教システムを置くということ。
そのシステムを広める装置が国分寺と国分尼寺。
これが世に広まれば、天皇の権威なき藤原神道システムは形骸化していくでしょう。


いやはや・・・凄いことを思いつきます。
聖武って、ミラクルですね~。

神仏習合の第一歩はミラクル聖武が踏み出したんですね~。
それは、藤原から政権を奪回するための窮余の一策でした。

反藤原の各地の拠点が国分寺であり、
反藤原のシンボルタワーがあの巨大な東大寺大仏殿
そして、あの黄金の盧舎那仏(大日如来)でした。

birushanabutsu.jpg
(出典はこちら)

だからこそ、国の内外の多くの人に知らしめるために、大きな話題と、冒頭にあるように盛大にやることが必要だったわけです。



<続く>








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