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古代日本の転換点4-持統天皇(アマテラス)vs瀬織津姫

2016/06/24(Fri) Category : 神社・寺・城・歴史
【古代日本の転換点】

前記事で鸕野讃良が計画的に次々と天武系の皇子たちを葬ってく様を見ましたが、葬ったのは人間だけではありません。自分たちの神話を作るために、神々をも葬っていきました。

「瀬織津姫物語(セオリツヒメ)」でも書きましたが、持統天皇は地域の各神社の祭神を瀬織津姫以外に変えるように命令しました(瀬織津姫から弁財天に変えるなど)。抵抗する神社は迫害にあったり、殺されたりすることもあったようで容赦はありませんでした。

さらに、名を奪うだけではなく、たとえば「八十禍津日神」(災厄の神)という神名に変えてマイナスイメージも与えたりしました。
ここでは、そこまで徹底しなければならなかった持統の心情を見てみます。


記事1の主な登場人物。
阿倍仲麻呂(698-770)
吉備真備 (695-775)
玄昉    (?-746)
鑑真    (688-763)

記事2の主な登場人物。
持統天皇  (645-703)(41代 690-697 天智の娘・鸕野讃良)
藤原不比等 (659-720)(天智の子?)
元明天皇  (661-721)(43代 707-715 天智の娘・阿部皇女)
草壁皇子  (662-689)(母・持統天皇、妻・阿部皇女)<早世>
県犬養三千代(665-733)(天武の忠臣の娘、708~橘三千代)
文武天皇  (683-707)(母・元明天皇)
橘諸兄    (684-757)(敏達天皇末裔美努王の子/母・県犬養三千代)
聖武天皇  (701-756)(45代 724-749)
光明皇后  (701-760)(不比等の長女)
藤原仲麻呂 (706-764)(不比等の長男武智麻呂の子/南家)
橘奈良麻呂 (721-757)(橘諸兄の子)

記事3の主な登場人物。
草壁皇子(662-689/鸕野讃良 天智の娘・妹)<早世>
大津皇子(663-686/大田皇女 天智の娘・姉)<謀反の罪で自害>
高市皇子(654-696/尼子娘)(長屋王の父)
葛野王 (669-706)(天智の子・大友皇子の長男)

本記事の主な登場人物。
持統天皇





●存在不安からの逃走----------------------------------------

鸕野讃良は、
天武崩御と共に大津皇子(No1)を葬り、
草壁(No2)を殺して自らが天皇になり、
高市大臣(No3)を殺して天武系皇子を一網打尽にすると共に軽皇子を皇太子にし、その翌年、天皇(文武)として即位させ天孫降臨を実現させました。

さらに、その天孫(天智朝の祖)である文武までも殺して、元明(鸕野讃良の妹)、元正(元明の娘)と中継ぎさせ、文武の子・聖武(不比等の外孫)を天皇にしました。
けれどその聖武は天武の血も引いているわけで、どんでん返しをするには藤原の娘を皇后にした後に聖武を殺し、藤原一族から天皇を出す(母系天皇)ところまで考えていたでしょう。

実に長期にわたって執念深く天武系の血を抹殺していったんだなぁと、その執念に驚かれるかもしれません。
また、目的遂行のためにわが子までも手にかけて非情だなぁと思われるかもしれません。

でもそうではなく、存在不安を見ないように心を閉ざして生きている人は皆、自分が不安を見ないようにあの手この手を打ち続けることだけで必死。自分を道具にしているが故に命をも道具に出来ます。(見ないように先手を打ち続けて生きていますので、当人は存在不安がないと思っていますが)

まして人間不信の中で育ち、権謀術数渦巻く時代ですから、不安の種(人)はあちこちにあるわけです。そこに権力を持っていますから、不安要素は徹底して消し去っていく方向に突っ走ります。

けれど、どんなに「外」を固めても、存在不安は「内」から出てきますので、その不安を外に投影し続けて死ぬまで走り続けることになります。執念深いのではなく、不安を見ないように手を打ち続けるだけ―それが人生そのものになってしまうのです。




●「安心できる子宮」と「自分だけを見る目」-----------------------------------

存在不安者が欲しいのは、「安心できる子宮」と「自分だけを見る目」。
「安心できる子宮」とは、自分の価値で塗りつぶされた子宮ですから、自分以外の価値観が入ってはダメです。血統が不安を呼びますから、自分以外の血筋は完全に断たなければなりません。

これを考えたとき、不比等は平安時代の噂通り天智の子だったのではないかと思えてしまいます。というのも、天智の血以外、鸕野讃良が許さないだろうからです。

(なお、安心しきってしまうと感情(不安)が出てこようとしますので、常に意識を外に向けるために、問題を常に「外」に置き続けます)

「自分だけを見る目」とは、自分の存在を確認するための「視線」が欲しいということです。気持ち(=自己存在)で生きている人は、自分の本体とつながっていますので自己確認は不要です。
けれど、気持ちを封印して生きている人は、自分の存在を自己確認できなくなるため、人の視線や感情、反応などを自己確認に利用するようになります。、

その飢えが深ければ深いほど(=透明人間のように、自分の存在が希薄になればなるほど)、多くの視線をほしがり、世界一の実業化を目指したり、「ワイドショーの話題を独占」(秋葉原事件の犯人)したくなったりするわけです。

鸕野讃良が自分に視線を集めるためには、どうしても天皇になる必要があったのでしょう。また、このような人は自分の死後の不安まで払拭しようとしますから、天武の血筋は抹殺し、天智朝を築く必要があったのです。




●持統天皇(アマテラス)vs瀬織津姫----------------------------------------

また、天皇にとって国民は子どものようなもの。その子どもが自分以外を見るのは許しませんから、瀬織津姫は徹底して消し去っていったわけです。が、瀬織津姫を消すのであれば、ともに祀られていた太陽神アマテル(ニギハヤヒ)の存在も消さなければなりません。

自分が頂点に立つならば、自分が太陽神そのものとなり、かつ女神となればいい。ここにアマテラス(持統天皇)が誕生し、孫のニニギ(文武天皇)が正統な後継者となる神話と現実が出現したのでしょう。

相談事例を見ていてもそうですが、親に認められたいという飢えの強い人はナンバー1を目指します。それがトップナンバー1でも、ボトムトップナンバー1でも、いずれにせよ自分が一番でなければなりません。
子宮において赤ちゃんは一人でいい、ナンバー2以下は子宮の壁なのです(これでもかと不幸が襲いかかる人は、不幸ナンバー1を目指している可能性があります)。

持統も、自分が頂点に立たなければなりませんでした。それ故、神々の頂点にアマテラスを置き、自らも天皇になりました。頂点に立つアマテラス以外に衆目を集める神がいるのは許せないのです。セオリツヒメは抹殺すべき女神でした。

虚構を生きる人々は、このように脚本を現実化して生きていますが、皇族にあったためにまさにそれを国家レベルでやったんだなぁと思います。



●神になれる女性、ラスボスは母親------------------------------------------

鸕野讃良がいいとか悪いとかいっているのではありません。ただ、その存在不安(闇)の深さを思います。存在不安に駆られると、そこから逃げるために何でもありの人生になってしまうのです。そこに「個性」はありません。逃げ方のパターンは決まってきますから、老若男女問わず、同じようなロボットと化していきます。

ただ、男女で大きな違いが1つだけあります。それは、女性は「神」になれるということです。子を産んだときに、その子の役割を決定することを無意識にしてしまいます(それぞれ役割が違いますので、同じ兄弟姉妹でもそれぞれの脳内母親は全く違う場合があります。兄弟だから話が通じるわけではありません)。

一方の子どもにとっても、母親が創造主であり、生後は衣食住の全てを母親の肉体に依存していますから、母親に帰依してしまうのです。母側から見ても、子の側から見ても、母親は神になり得る存在なのです。これは、最初から私がそう思っていたわけではなく、カウンセリングの蓄積の中で得た実感でした。ラスボスは母親なのです。

だからこそ、つくづく女性に安心を与えることが国家建設の要と思います。男も女も皆女から生まれ、その女性に不安の闇があればその子供達は全員支配されていくのですから。


若い頃の私は「天皇?なにそれ」って感じで関心もありませんでした。でもそれでよかったと思います。特に興味を持ち始めたのは311のあの“玉音放送”の頃からでしょうか。そして、知るにつれ大切な存在なんだとわかるようになりました。今は下記にある姿が国のシンボルだなぁと思います。
天皇皇后両陛下




●存在不安からの解放------------------------------------------------

存在不安者のすることは“閉じる”ことですから、日本はこの時代に封印されていったでしょう。その封印された気持ちたちが怨霊となって跋扈したのでしょう。

もう、封印を解くときに来ています。
一人一人が自分の脚本に気づき、封印された自分の気持ちを感じていくこと。それが日本の封印を解いていくことになるでしょう。

ただその時、内なる不安を受け止めることが最大の関門となるでしょう。それをさせないために、気持ちを感じようとすると脳内親は脅しの「不安や恐怖」を使ってきます。これが「IPの使い魔」、ダミー感情です。脅しなので、底知れない恐怖や不安に駆られますが、それを超えると、そこにいるのは「寂しいちゃん」です。

「寂しいちゃん」を抱きしめたとき、もう不安から逃げる必要がないことがわかるでしょう。その時ようやく、突っ走ることを止めて立ち止まることが出来るでしょう。

そして、虚構界から抜けて現実を見渡したときに、権力争いがいかに意味のないことであるのか。自分を見させるために、人を支配することがいかに罪なことか。それらのことに気づくと同時に、人生を全く生きておらず、空虚なゲームを繰り返す時間つぶしをしていたことに唖然とするでしょう。

それから、実は親に支配されているようでいて、しがみついているのは子供達の方だということにも気づくでしょう。どうか、“子供達”は、内なる「寂しいちゃん」を自分が受け止める意志を持って、内なるブラックホールから抜け出して欲しいと思います。


この項を書いたのは、存在不安から逃げようとすると、どれほどのことをしでかすのかを、鸕野讃良の例で知って欲しかったからです。

そして、天武の優秀な皇子たちが後継となり、葬られた多くの優秀な臣下と力を合わせて国を運営していたら、今はどんな国になっていただろうと思いを馳せるからです。






さて、結局、天武の優秀な皇子たちはことごとく封じられたわけですが、その起点に「吉野の盟約」があります。一見美談の盟約の裏に、何が隠されているのか?

それでは、いよいよ「吉野の盟約」を見てみましょう。




<続く>



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