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5.貴船神社・結社―和泉式部歌碑に秘められた物語

2016/10/24(Mon) Category : 神社・寺・城・歴史
【京の奥座敷巡り旅】

奥宮の金トカゲさんさようなら。
小さな滝だらけの川の畔を歩いていると、ここは水神の里だなぁと実感します。


【貴船→鞍馬の旅4 貴船神社】

続いて中宮(結社)へ。


結社の祭神は磐長姫---------------------------------------------------

貴船神社 結社01 祭神は磐長姫
貴船神社 結社01 祭神は磐長姫 posted by (C)Hide

【8.大将軍神社の謎―3)磐長姫の秘密】で見たとおり、磐長姫とは瀬織津姫のことでしたね。



天の磐舟---------------------------------------------------

磐長姫(木花知流比売)は八島士奴美神=大国主の妻。つまり、天孫降臨以前の日本の国王の后であったわけで、「天之磐舟」という名称は、そのことを示しているように思えます。

「天之磐舟」=天皇の妻である磐長姫の舟

貴船神社 結社02  天の磐舟
貴船神社 結社02  天の磐舟 posted by (C)Hide

貴船神社 結社03 天の磐舟
貴船神社 結社03 天の磐舟 posted by (C)Hide


貴船の山奥より産出し、1996年に京都市在住の作庭家・久保篤三氏より奉納されたとのこと。本宮の石庭、「天津磐境」(あまついわさか)は1965年に作られていますから、“舟”がなかったのは中宮だけだったんですね。この舟が奉納されて三宮すべてに“舟”が揃ったわけです。

なんだか人の思いって凄いなぁ、と思ってしまいます。

690年代に持統天皇によってバラバラにされた国常立神(アマテル)と瀬織津姫。まるでIP(インナーペアレンツ)が人の記憶を書き換えたり、消去したかのように封印したりするように、二柱の名は徹底的に封印され書き換えられました。

抵抗する神社は迫害に遭ったり殺されたりしたわけですから容赦はなく、その作業は明治に至るまで1000年以上も続いたわけです。
【古代日本の転換点4-持統天皇(アマテラス)vs瀬織津姫】

けれど、天皇親政を目指す白河天皇が脱藤原に舵を切った1000年代、バラバラにされた二柱を再び巡り合わせようという動きが始まります。その1つに、「連理の杉」の植林や「鈴市社と吸葛社」の造営がありました。
【3.貴船神社・奥宮―「連理の杉」に隠された秘密】
【4.貴船神社・奥宮―鈴市社と吸葛社に秘された昔人の智恵に感動!】

その思いが脈々とつながり、「天津磐境」や「天之磐舟」という形で現れていることに感動します。

それが「シン・ゴジラ」「君の名は。」にも継承されているわけです。

この後向かう本宮で行われている七夕もそうでしょうね(後述)。

この地域は、暗渠のように見えないけれど、1000年の思いが脈々と脈打っている空間ですね。




和泉式部歌碑---------------------------------------------------

この地が、東北と南西の真逆に別れて封じられた「艮の金神」と「坤の金神」が、かつて揃って祀られていた場所だとわかると、和泉式部の歌も意味深く見えてきます。

貴船神社 結社04 和泉式部歌碑
貴船神社 結社04 和泉式部歌碑 posted by (C)Hide

由緒には次のように書いてあります↓。

「ものおもへば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂かとぞみる」

(あれこれと思い悩んでここまで来ますと、蛍が貴船川一面に飛んでいます。そのはかない光はまるで自分の魂が体から抜け出て飛んでいるようでございます)

「おく山にたぎりて落つる滝つ瀬の玉ちるばかりものな思ひそ」

(しぶきをあげて飛び散る奥山の滝の水玉のように<魂が抜け出て飛び散り消えていく=死ぬかと思うほど>そんなに深く考えなさるなよ。)



和泉式部が身の上に重ねた二柱への思い-------------------------------

『あくがれいづる魂』とは、フラフラと出てくる魂のこと。
肉体は魂(玉)の乗り物(舟)で、生き霊さえ飛んでくるのが当たり前の「源氏物語」の世界。この時代は、その感覚が当たり前に共有されている時代でした。

しかも、権力によって強引に仲を裂かれた二柱の地であり、それから300年が経ってその二柱をもう一度引き合わせたいという人々の思いがわき上がっていた時代でした。歌を詠んだ和泉式部(976-1030)の後に、脱藤原の白河天皇(1053-1129)が出てくるわけですが、白河天皇が登場する時代的素地ができていたのでしょう。

魂(形)となって彷徨い出るくらいの強い思いは、別々に埋葬されたお墓から木が生え、枝も葉も根も絡み合って繋がってしまったという「連理の枝」を思い出しますね。「連理の杉」が貴船に植えられたのも和泉式部の頃ですから、『あくがれいづる魂』の言葉に国常立神(アマテル)を思う瀬織津姫の思いを重ねたことでしょう。



力強い返歌に隠された本歌と詞-------------------------------

すると、男性の声で返歌がありました。
「な思ひそ」は禁止を意味し、「ものな思ひそ」は「思ってくれるな」というような意味です。この返歌は、おそらく安倍女郎(あべのいらつめ)が詠んだ次の歌を念頭に置いているでしょう(万葉集の歌ですから、知っていたはずです)。

「わが背子は物な思ひそ 事しあらば火にも水にもわれ無けなくに」

(あなた様、どうぞご心配なさらないで。何かあったら、火の中、水の中だって、私がついていますわ)

つまり、返歌の最後「ものな思ひそ」の後に、この万葉歌が隠れていると思うのです。
「心配するな。俺がついてるよ」―ということですね。


そして、この返歌にも瀬織津姫が隠されています。
『おく山にたぎりて落つる滝つ瀬』は、落ちた(封じられた)“竜”神の“瀬”織津姫。

また、「大祓詞」も念頭にあるでしょう。
『高山の末 短山の末より 佐久那太理に落ち多岐つ速川の瀬に坐す瀬織津比売と言う神』から、『落ち多岐つ』は水が落ちて激しくわき返る様ですから、それを『たぎりて落つる』と言い換えています。
『速川の瀬』は川の水流の急なところですから、『滝つ瀬』。なので、返歌の上句そのもので瀬織津姫を表現しています。

また『玉ちるばかり』は木花知流比売(磐長姫)を思い出させますし、『玉』は和泉式部の『魂』にかけてあるでしょう。

人の思いは蛍となってフワフワと漂うくらいですが、
封じられた龍神・瀬織津姫の魂は滝しぶきとなって散るくらいの激しい思いがあるわけです。

けれど、それほどの思いであってさえも心配するな、俺がついてるよ―と言っているわけですから、凄いね~。思わず、あの飛瀧権現(那智大滝)を思い出しましたが、あの滝をどんと受け止めるわけです。いやはや男らしい。

そりゃ、大“舟”に乗った気にもなるでしょう。
実際、よりが戻ったわけですから、霊験あらたか。

この二柱は必ず蘇るでしょう。
私たちが、自然の大切さを思い出し、人も地球も70%が水であることの意味をわかったときに―




貴船神社 結社05 和泉式部歌碑2





閉ざされた闇の中を歩いている私たち
道に迷ったそこへ 淡い光が届く
「道に迷ったんだね?」

心の目が覚めると 強い日差し
光が透明な迷路を露わにする
「そのまま真っ直ぐ行けばいい」

そして、これまでのすべてを
許しあう未来へ―




【久川綾「遥かな風」】




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