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7.貴船神社・結社―「葛の葉伝説」と安倍晴明のパワーの秘密

2016/10/26(Wed) Category : 神社・寺・城・歴史
【京の奥座敷巡り旅】7 <松本いはほの句碑~②>

「葛の花」の句碑に触発されて、「葛の根」や「葛の実」についても見てみると、それらがそれぞれ瀬織津姫を表していることがわかりました。残すは、葛の葉。

葛の葉
【葛の葉】


「裏見草」--------------------------------------------------

剣の形をしており、「三相一体」も表しており、この形そのものが瀬織津姫を表していますね~。お見事な葉っぱです。

葛の葉は、裏に細かい白い毛が生えていることが特徴で、葉が風にひるがえると裏の白さが目立つことから、葛の別名を、なんと「裏見草」(うらみぐさ)と言うそうです。なんとまぁ・・・。

これは、ただ「恨み」をかけているだけではないでしょう。裏を見ろと言われて見てみると「裏が白」→「裏白」なんですね。正月の注連飾りに使うあの葉っぱを思い出しますが、「裏白」とは「心に後ろ暗いところがないこと」「清廉潔白なこと」です。(それに、白も瀬織津姫カラーですね)

「いろは歌」の暗示―「咎なくて死す」を思い出します。蘇我入鹿が暗殺された時から瀬織津姫の運命は暗転したわけですから、この両者の「裏見裏白」は一蓮托生ですね。「裏見草」と「いろはもみじ」はリンクしているように思います。

この葛の葉にちなむ、有名な「葛の葉伝説」があります。




「葛の葉伝説」----------------------------------------------

吉備真備9代目の賀茂保憲(かものやすのり:917-977)は陰陽師として知られ、そこへ安倍希名(あべのまれな)という青年が弟子入り。認めた保憲は青年に保名(やすな)の名を与え、娘・葛子(くずこ)と結婚させました。
保名は、信太明神(しのだみょうじん)にお礼参りに出向いた帰りに、狐狩りに追われた白狐を助けます。

一方、保憲は無実の罪で葛子ともども流罪となりましたが、保名は「簠簋内伝金烏玉兎集(ほきないでんきんうぎょくとしゅう)」を守るため残りました。そこへあるとき、葛子だけがひょっこり帰ってきて夫婦生活復活。やがて男児が生まれ童子丸と名付けました。

そこへ罪を解かれた保憲と葛子が帰ってきたのです。え?!では、一緒に生活していた“葛子”は誰?!―そう、保名が助けた白狐でした。正体がばれた白狐は次の歌を残して去りました。

 「恋しくば尋ねても見よ和泉なる 信太のもりのうらみ葛の葉」

保名が信太の森に来てみると、葛の葉が一面に茂っており、妻の名を呼ぶ保名の声に応えるように葉の裏を見せてざわめいたそうです。

この童子丸が後の安倍晴明で、信太森葛葉稲荷神社(しのだのもりくずのはいなりじんじゃ)がその舞台となる地です。


葛の葉伝説
【月岡芳年「葛の葉きつね童子にわかるるの図」】




「簠簋内伝金烏玉兎集」が示していること--------------------------

上記伝承の中で(以下wikiより)、
簠簋内伝(ほきないでん)とは、天竺で文殊菩薩が作り、吉備真備によって日本に持ち込まれ阿倍仲麻呂の子孫である晴明に伝承されたといわれる秘伝書。

簠(竹+甫+皿)簋(竹+艮+皿)とは、古代中国で用いられた祭器の名称。器を表す部分の漢字を取り去ると「甫+艮」→「大きく美しい艮(金神)」となりますね。

「金烏玉兎」は言わずもがな太陽神+月神→国常立神+瀬織津姫です。吉備、賀茂、阿倍、安倍が、この二柱を信仰していたことがわかりますし、この物部神道の豪族層が冤罪を着せられるなど辛い目に遭っていたこともわかりますね。




恨みが伏流していた平安時代(794-1192)-----------------------------------

桓武が造った結界都市・平安京の中で政争は続き、亡き者にした菅原道真(845-903)の怨霊におびえ、反発する藤原純友や平将門が承平天慶の乱(939-941)を起こします。
・【縄文vs弥生】3.国司の横暴と俘囚(縄文人)の反乱と藤原純友
・【縄文vs弥生】4.俘囚(縄文人)から武士の発生と平将門

そして、藤原道長(966-1028)の時代に藤原神道全盛を迎えますが、その後、白河天皇(1053-1129)の時代に武家の台頭、貴族の没落が始まり、神仏習合した中で八幡大菩薩などの名を借りて二柱の復活が始まります。「侍」とは、「二柱に侍う人」のことかと思うくらいの隠れ復活劇でした。

「葛の葉伝説」から安倍晴明(921-1005)の時代は、藤原摂関政治が頂点に向かおうとしていた時代でしたので、二柱に対する締め付けも厳しく、二柱に侍う人々も憂き目に遭っていた頃なのでしょう。

「恨み」=「艮」の「心」とはよくできたもので、まさに封じられた艮の金神の思いを表しているかのようです。その恨みの心が常に伏流していたのが平安時代でした。




信太森葛葉稲荷神社の縁起----------------------------

信太森葛葉稲荷神社の縁起は次のようなものです。

『信太森は、奈良時代の和銅元年旧二月初午の日に元明天皇が楠の神木(樹齢2000年)の化身である白龍に対して祭事を行った』ことが縁起。
『根本から二つに分かれていることから「夫婦楠」と呼ばれており、夫婦円満・良縁成就などのご利益があるとされている。葛の葉はこの神木から現れたと伝えられている。』

1.信太森
2.旧二月
3.初午の日
4.楠(夫婦楠)
5.白龍
6.白狐「葛の葉」

それぞれについて見てみましょう。



1.「信太森」は佐那太から?----------------------------------

瀬織津姫の異名の中で、「佐久那太理に」のくだりから「佐久那太」→「佐那太」→「佐奈田霊社」「真田神社」 というのがあります。

佐奈田霊社は、佐奈田与一義忠を祀っていますが、功ある人を祀る形を取って瀬織津姫を祀る形式も見られます。霊社となっていますが神仏習合時代の神社ですね。子持ちの狛犬(神社)が出迎えてくれますし、観音堂(寺)があります。また、その両方とも瀬織津姫を暗示させるものです。御利益が「のど(声)・せき・気管支炎・ぜんそく」というのも瀬織津姫を暗示させます。

平塚市の真田神社の祭神はずばり建速素佐之男命=瀬織津姫ですね。
この「佐那太」が「しのだ」に訛り、「信太」となることも考えられるでしょう。



2.旧二月-------------------------------------

旧2月は如月。西行法師(1118-1190)の有名な歌がありますね。

「ねがはくは花のもとにて春死なむ その如月の望月のころ」

『如月の望月のころ』=旧暦二月十五日(満月)とは、太陽暦では三月末頃で桜満開の季節。そう、ここで言う花とは桜。この歌が新古今集完成直前に削除されたのは、この歌が瀬織津姫を謳っているからですね。

花(桜/佐坐)も、春(青春)も、望月も、すべて瀬織津姫です。
また、「花」そのもので女神=瀬織津姫を表しますから、瀬織津姫の元で死にたいといっているわけです。

「西行」という名前自体が、西(=瀬織津姫)に向かうという名ですから、西行は本当に瀬織津姫が大好きだったのでしょう。彼は、瀬織津姫に抱かれて死にたいと言い、そしてその望み通り二月十六日に亡くなりました。



3.「午」-----------------------------------------------------

「午」は元々米をつくキネを表す象形文字でした。それが十二支の「午(うま)」に使われることになったので、キネには「木」をくっつけて「杵」という漢字を作ったそうです。

その十二支で東西南北を表すと、卯酉午子。南が午ですね。

一方、先天八卦では次のようになります。
南が天で「乾」(けん)―馬、父、金 (国常立神)
北が地で「坤」(こん)―牛、母、土 (瀬織津姫)

つまり、牛から角が取れたら午(馬)になることを意味させるために、わざわざキネの漢字をウマに当てたのか、と。


ところが、「大陸由来」のさらに奥に「縄文由来」が隠されていることはたびたび見てきているとおり。下記に面白い解説がありました(以下、その記事より)。
日本人は、なぜ東西南北と言うのか?

中国では東南西北(トン・ナン・シャー・ペイ)と言いますね。太陽の巡りを見たまま表現したものですが、日本はそれに肉体と精神が加わります。

肉体は東に生まれ、西に滅びる。
精神は南に生まれ、北に鎮まる。
その肉体と精神が交わる場所が中央であり、人間が存在するところ。

たとえば、「南無阿弥陀仏」は『人が死に魂が北方に納まったことを、南の方には何もなく、ただ阿弥陀様がいらっしゃるだけと表現した』のだそうです。

また、肉体は西に滅びますが、北に鎮まった魂に再び肉体を与えて(東)、南に精神が生まれる―こうして輪廻転生も表しています。シンプルで深いね~。


その東西南北を古語で言えば、
東西南北=キ・ツ・サ・ネ (中央はオ/ヲ)

・東は、生命エネルギー(キ)の発するところ。空はア、風はイ、火はウ、水はエ、土はオだそうで、東風がイキ(息)。
・西は、ツむ(詰む)、ツきる(尽きる)ところであると同時に、ツながり、ツづいて、ツむいでいくところでもあるわけです。
・精神を生むのは神ですから、南(サ)が神のおわすところ。なので神社は南向き。神の気(エネルギー)をサキ→サケ(酒・鮭・梟)と言います。
・北は闇の世界なので「ネの国」と言えば、地下世界、冥界をさすわけです。

・また、夜空にある衛星が毎日少しずつ西(ツ)から東(キ)へ移動していることを見た古代人は、それをツキと呼びました。
・南(サ)の太陽(カ)は、日本から見ると斜め上方なので、その傾きがサカ(坂)。坂とは、太陽へと続く道なんですね~。

いやはや、古語を知ることは大事だなぁと思いました。

すると、南=「サ」=「佐」=瀬織津姫じゃありませんか!
なんと、十二支で午(南)は、瀬織津姫をさすわけです。

な~るほど、そういうことかと思いました。
十二支で「牛」「馬」をわざわざ他の漢字「丑」「午」に変えている理由。そのままであれば、「牛→瀬織津姫」「馬→国常立神」ですが、そうじゃないよということを示すために、わざわざ「キネ」の源字を持ってきて「ウマ」と読ませ、同時に字形「午」から「牛」を暗示させたんでしょうね~。

すると、旧暦1月の午の日を「初午」とせず、旧暦2月の午の日を「初午」とする理由もわかります。旧暦2月が瀬織津姫の季節―桜の季節だからですね~。



3.「楠」-----------------------------------------------------

楠は「南(サ)の木」ですから、「瀬織津姫の木」。
楠は「樟」とも書き、これは「美しい木」の意味。
字を分解すると、「早」の上に「立」っていますね。まさに、「瀬織津姫の上」です。

葉や煙は防虫剤や鎮痛剤として用いられるので「薬の木」が語源と言われたり、樟脳の香りがするので「臭し(くすし)木」が語源と言われたり。
魔除けから、仏壇、仏像、舟に至るまで幅広く重宝されていました。

ユニークなのは、クスノキの葉にダニ室が2つずつあること。そこに楠に無害なダニが生息し、そこから溢れたダニを食べるダニがいて、そのダニがいるために楠に有害なダニの繁殖が抑えられているそうです。2つのダニ室が楠の環境を守り、その生態系を維持しているわけですね。まるで、二柱のようです。

このようなメカニズムや用途の広さも合わせて、「奇しき木」からクスノキになったのかもしれませんね。
(なお、「臭し木」という謂われは、例によって瀬織津姫に対するネガティブキャンペーンだと感じます)



4.「白龍」------------------------------------------------

白龍は龍の中で最も速い→「速」→瀬織津姫。
白は月神カラー→瀬織津姫。



5.白狐「葛の葉」の正体----------------------------------

まぁ、葛自体が瀬織津姫の象徴の一つですから、「葛の葉」という名を持つ白狐の正体は言わずもがな。それを「葛花」でも「葛の実」でも「葛の根」でもなく、「葛の葉」にしたのは、葛の葉が「裏見草」の由来であり、「恨み」と「裏白」(潔白)と「白」を暗示したかったからでしょう。


以上、縁起にちりばめられた暗示は、すべて瀬織津姫でした。
つまり、白狐「葛の葉」は瀬織津姫の化身ということです。

狐を「コン」と鳴かせるのも、「坤の金神」=「坤」(コン)の化身だからでしょうね。

とすると、安倍晴明は瀬織津姫のパワーを与えられた陰陽師ということになりますから、そりゃあ史上最強。かつ、朝廷および貴族は恐れたことでしょうね。

そして、この伝説からわかることは、瀬織津姫と白狐が習合したということ。
な~んと、ひょんなところから稲荷神社の謎が解けました。

稲荷神は瀬織津姫ですね。
この伝説は、それを証明する重要な伝説だと思いました。




丑の刻参り-----------------------------------------------------

貴船神社が草木も眠る丑三参り(うしみつまいり)、「丑の刻参り」でも有名なのは、艮の金神の「恨み」と瀬織津姫の「裏見」があるからでしょうね。そこから、白狐「葛の葉」が化けて出るわけです。

貴船神社 奥宮19 丑の刻参りと鉄輪伝説
貴船神社 奥宮19 丑の刻参りと鉄輪伝説 posted by (C)Hide









↓お見事です。 庶民が楽しみながら、こんな高度な芸術を見られるとは―


【三人奴 「葛葉物語」】


上記三人奴の「葛の葉」の曲書きと障子抜けは、下の坂本晴江氏の伝説の舞踊「葛の葉」を下敷きにしているのでしょう。


【坂本晴江 「葛の葉」】






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