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9.貴船神社・結社―桜(櫻・佐座・さくら)の秘密

2016/10/28(Fri) Category : 神社・寺・城・歴史
【京の奥座敷巡り旅】9 <松本いはほの句碑~④>

前記事で、フジカラー(藤色)も瀬織津姫カラーとわかりましたね。「藤」という漢字の意味を調べると、「藤原氏のこと」というのも出てきますのでややこしいですが、植物の「藟」自体は葛同様に瀬織津姫を表していたのです。

桂、楓、落花生、葛、藤・・いろいろな植物が瀬織津姫を象徴しているんだなぁとわかってきましたが、では日本を代表する花、桜は? 以下、桜にまつわるエピソードを見ながら検証してみましょう。


田の神の依り代---------------------------------------------

田の神が来臨する花として信仰のために植えられることが多かったという桜。「田」は稲光と「ゴロゴロという音の表現」からできた文字でカミナリを表しています。「田」の字に雷神が隠れているわけです。
雷の電光を「稲妻」と呼ぶくらいですから、稲作と雷は切っても切れない関係です。貴族が恐れた落雷も、庶民(農民がほとんどでしょう)にとっては恵みの印でした。その雷神かつ雨神とは瀬織津姫でしょう。



「桜松神社」(さくらまつ)--------------------------------------

岩手に瀬織姫命、滝津姫命というそのものずばりの名の神を祀る桜松神社があります。朱塗りの橋があり、不動の滝があり、不動明王(=瀬織津姫)が祀られていたとか。奥宮には、貴船神社・結宮のように「縁結びの木」があります。

松の木に桜が咲いたのを見て村人が驚いたという神社名の由来も面白い。
松(国常立神)に桜(瀬織津姫)―二柱一体の願いが込められたような神社ですね。

【ご参考】
桜松神社
瀬織津姫を祀る『桜松神社』と『不動の滝』



「金櫻神社」(かなざくら)-----------------------------------------------

甲府に神奈備(かんなび)の金峰山(きんぷさん)があります。多摩川、千曲川の水源と信じられ、祈雨祭祀も行われていますから水神ですね。その水神として崇められた神体山に、702年に大和国金峰山から蔵王権現と金精大明神が勧請されています。

大和国金峰山といえば、役小角(えんのおづぬ)が開基し、葛木山と金峯山の間に石橋を架けようとした伝説が有名。これは、「葛」(瀬織津姫)と「金」(国常立神)をつなごうということですから、封印した二柱の復活を目論むもの。役小角が藤原神道側(傀儡朝廷)から睨まれ流罪となったのも故無きことではありません(←詳しくはまたいずれ)。

また、蔵王権現の正式名は金剛蔵王権現。これは金剛界+胎蔵を統べる王という意味だそうで、陰陽を統一した宇宙の王、まさに根源神でしょう。時空を統べるわけですから、過去から未来のすべてに渡っていなければなりませんので、次のように三仏を当てて、その合体した仏としました。
釈迦如来(過去)+
千手観音(現在)+
弥勒菩薩(未来)
―究極の救済権現と言ってもいいでしょうね。

その中心(現在)には千手=瀬織津姫がいますね。しかも、正式名があるのに、そこから「金剛」を取って、「蔵王権現」としています。これは、「胎蔵」の方を強調しているわけでしょう。つまり、勧請した蔵王権現は瀬織津姫(坤の金神)、金精大明神は国常立神(艮の金神)と推測できますね。

そして、その二柱を勧請して造った神社の名が金櫻神社(かなざくらじんじゃ)です。「金精大明神+蔵王権現」=「国常立神+瀬織津姫」=「金+櫻」。わかりやすいですね~。



「鬱金の桜」に隠れている「雷金」-------------------------------------

金櫻神社には黄色の花を咲かせる「鬱金の桜」というのがあります。なんとまぁ、「鬱金」でウコンだって!(知らなかった~。だから、黄桜のキャラはカッパだったのね~~ ^^;)
金が地に伏して輝きをなくすと黄色になるといいますが、にしても「鬱金」とはよく当てつけたもので・・・「艮の金神」の境遇そのものですね~。

興味深いのは、「鬱」と「雷」が、朝鮮語ではともに「ウル」と呼ぶこと(例:鬱陵島 ウルルン島)。違いは同じ「ル」でも、「鬱」は「L」で「雷」は「R」ということ。渡来人の多かった古代は朝鮮語も沢山入ってきていたでしょうし、話されていたでしょう。ですから、「鬱」と書いて「雷」を暗示することもできたでしょう。つまり、「鬱金」=「雷金」ですね。となると「坤の金神」を表すわけですよ。

絶妙ですね~。桜だから瀬織津姫ですが、黄色は国常立神(太陽神)の色。「鬱金の桜」とは、両柱合体の姿です。合体であることを「鬱金」という字で示している―「鬱金」で「艮の金神」を表し、隠された「雷金」で「坤の金神」を表す・・・いやはや凄いと思います。

(ウコンといえば二日酔い薬。何だか、国常立神に「いつまで酔っ払っているんだ」「目を覚ませ」と言われているようですね~)



旧字「櫻」の意味--------------------------------------------

上記に出てきた桜の旧字体「櫻」。
「嬰」は、女性が貝で作った首飾りをつけている様子を表しており、それに木偏を付けることで元は(中国では)玉のような果実の成る木、ユスラウメ(現在は、桜桃、梅桃と書く)を表すそう。

まず、「貝貝」はピンク色の貝。それが連なって首飾りを表しているようです。たとえば生まれたばかりの赤ちゃんを嬰児を(エイジ)と呼ぶのは、ピンク色だからでしょうか。元は、「みどりこ」と呼んでいましたが、それは大宝令で三歳以下の男児・女児を「緑」(←新緑の意)と称するといった規定があったことに由来するそうです。

「鈿瓔」(でんえい)という言葉がありますが、「鈿」は豪華な細工、「瓔」は女性が「玉」を首の周りにつけている様子ですから、豪華な首飾りのことだそうです。

「鈿」(かんざし)という国字は、宝玉や金・銀をはめ込んで作られ、平たくて面積のある豪華なものを指しますから、高貴な女人のかんざしですね。また、貝を用いて作られたかざり―こちらは青貝細工を言うそうです。つまり、「鈿瓔」は金銀の背景に青とピンクのカラーイメージを抱かせる熟語です。

面白いと思うのは、高貴なかんざしを表すのに「金+田」という国字を作った人々の思いです。「金+田」→「金の雷神」=坤の金神・瀬織津姫ですよね。しかも、「青」貝細工のことをわざわざ「鈿」と呼んだわけですから、水神・瀬織津姫も含めています。つまり、「鈿」一字で瀬織津姫を丸ごと表しているわけです。

国字を作った人々は、瀬織津姫が古代の神であり、かつ皇后であったことを漢字に込めたのではないでしょうか。「鈿瓔」を付けた女性「嬰」とは、瀬織津姫を暗示していると思います。

すると、瀬織津姫を暗示する「嬰」の字に重なるカラーはピンク、緑。古代はみどりはあお(碧)ですから、水神・瀬織津姫カラーです。そして、田の神(雷神)が依る木(サクラ)も、花の時はピンク、葉の時は緑です。

となると、この木は「嬰の木」(瀬織津姫の木)だ!
ということで、中国ではユスラウメを指す「櫻」をサクラに当てたのではないでしょうか。




「さくら」の意味--------------------------------------------

では、漢字は「櫻」として、その木に何という名をつけるのか?

藤の花は「さのかたのはな」「まつみぐさ」という呼び方があり、「佐の方の花」「松見草」「末見草」ではないかと推測しました。
瀬織津姫の異名の付け方で、「佐」は瀬織津姫を表し、松や末(八卦の八番目)は国常立神を表しているからです。

同じ事がサクラにも言えるのではないでしょうか。
サクラは「サ+クラ」→「佐の方の座(くら)」→「佐座」(さくら)。
つまり、「佐の方が坐す(まします)所」ということでしょう。

桜は瀬織津姫の憑代(よりしろ)、神籬(ひもろぎ)であり、瀬織津姫そのものということです。けれど、「佐座」という字をそのまま使うわけにはいきません。瀬織津姫を抹殺しなければなりませんからね。そこで、中国の「櫻」の字を持ってきたのでしょう。

こうして、
漢字「櫻」
読み「さくら」
が定まったのかもしれません。

名字辞典を見ると、佐座の「サ」が左になったり、「クラ」の部分が倉・蔵・鞍・になったものや、佐久良。「サク」の部分が作や柵+「ラ」が良・頼になったもの、また読みが「サザ」になっているものなど、様々に展開していますね。

また、名をひっくり返す手法もよく見られますが、「座佐の高」(ざさのたか)と呼ばれる景勝地があります。そこにあるは座佐浜、座佐池、芦浜池、薄月池、新桑竃(サラクワガマ)集落、姫越山、天神山、不動の滝―瀬織津姫の暗示のオンパレードで壮観です。
座佐の高
みたび南伊勢。至高の海と山の回廊を辿る♪


フジカラー(紫)も瀬織津姫
サクラカラー(ピンク)も瀬織津姫でしたね!




日本古謡「さくら」の変遷----------------------------------------

<さいた櫻>(江戸まで)-------------
さいた櫻 
花見て戻る 吉野の櫻
龍田の紅葉 唐崎の松 
常盤(ときわ)常盤
深みどり

<さいた桜>(江戸まで)-------------
咲いたさくら
花見て戻る 吉野はさくら
竜田はもみぢ 唐崎の松
ときは ときは 深緑


<さくら>『箏曲集』(明治21年)-------------
さくら さくら
弥生の空は 見わたすかぎり
霞か雲か にほひぞ出づる
いざや いざや 見にゆかん


<さくら>『うたのほん 下』(昭和16年)-------------
さくら さくら
野山も里も 見わたす限り
かすみか雲か 朝日ににほふ
さくら さくら 花ざかり


瀬織津姫の名を消す作業は明治まで続いたと言いますが、なんと昭和まで続いていますね。その痕跡を見るようです。

江戸時代まで歌われた「さいた櫻」という元歌。
「ときわ」から、次の2つもイメージされます。
「常磐」 永久不変な岩の事を指し、転じて永久不変なことを指す。
「常葉」 冬でも緑色のまま不変である常緑樹のことを指す。常磐木(ときわぎ)。

詳しくは解説しませんが、地名といい、風景といい、カラーといい、国常立神と瀬織津姫満載の歌です。だから、別のものに変える必要があったのでしょう。

『箏曲集』の歌は、弥生(三月)が「三」を、「霞か雲か」が「白」&「雲」を、「にほひ」が「丹(赤)」を、「いざや」が「十六夜の月」を連想させますので、さらに変える必要があったのでしょう。




「国花」が制定されないわけ-------------------------------------

天皇を表す花は「菊」ですが、日本を代表する花は「桜」。
国家間の友好行事でも、日本の象徴として贈られていますよね。

なのに、「国花」ではないという不思議。
しかも、「国花」が制定されていないという不思議。

この2つの不思議の謎が解けました。
国花を制定するとしたら、桜以外なら国民が納得しないでしょう。
けれど制定するとすれば、ここに書いてあるような謂われをきちんと整えなければなりません。それは瀬織津姫の復活となり、アマテラスを頂点とする現在の国家神道に関わる問題となってきますから、国花を制定するわけにはいかなかったのでしょう。

国花がないということ。
日本人皆が愛する桜が国花になっていないということ。
この事実が、主不在の日本の現実を示しているように思います。




神代桜の願い-----------------------------------------------

さて、下の桜は800年頃に植えられた桜。
【推定樹齢1200年 素桜神社の神代桜】

素桜神社 神代桜


幾星霜もの間、
幾つもの政争を見てきたのでしょう。

一億総中流となった時代も経て、
藤も葛もない時代。

日本人の名字がこれだけ多様化したのは、
争いをなくす一つの知恵でしょう。

民族、氏族、血族、貴賤―出自にこだわっても輪廻転生。
いろいろな生を経てきたと思えば詮無いこと。

もう、許し合うときが来ていいのではないでしょうか。








*さくら=瀬織津姫ということを念頭に、和歌や俳句や歌を振り返ると、いろいろなことに気づくと思います。お試しあれ。






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