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昼は大日如来、夜は月神の輝き鯉城(広島城)

2016/12/14(Wed) Category : 神社・寺・城・歴史
【広島城の続き】

鯉城(りじょう)------------------------------------------------------------

頼 聿庵(らい いつあん)が、「紅塵背指鯉魚城」(紅塵背指すれば鯉魚の城)と詠んだのは、このような姿だったのか・・・

広島城24 「紅塵背指すれば鯉魚の城」
広島城24 「紅塵背指すれば鯉魚の城」 posted by (C)Hide


焦げ茶の味わいがいいですね~。
広島城25 鯉城(りじょう)焦げ茶の味わい
広島城25 鯉城(りじょう)焦げ茶の味わい posted by (C)Hide


入口から見える石垣が迫力です。
広島城26 入口正面の石垣が迫力
広島城26 入口正面の石垣が迫力 posted by (C)Hide


見上げる天守。威風堂々。
広島城27 天守閣 威風堂々
広島城27 天守閣 威風堂々 posted by (C)Hide





もう夕方でしたので、外に出るとライトアップされていました。
再び遠景からどうぞ。
広島城ライトアップ01
広島城ライトアップ01 posted by (C)Hide


「春暁や城あらはるる松の上」(子規)とは、こんな感じでしょうか。
広島城ライトアップ02 「春暁や城あらはるる松の上」(子規)
広島城ライトアップ02 「春暁や城あらはるる松の上」(子規) posted by (C)Hide


天守にある釣鐘型の華頭窓が寺院のような風情です。
高欄(手すり)のある格式の高い天守だそうです。

広島城ライトアップ03 釣鐘型の華頭窓
広島城ライトアップ03 釣鐘型の華頭窓 posted by (C)Hide


美しいですね~。
木の間から見える白銀の月のようです。

広島城ライトアップ05 黒城が白城に見えます
広島城ライトアップ05 黒城が白城に見えます posted by (C)Hide


夜に浮かび上がる天守閣。
広島城ライトアップ06
広島城ライトアップ06 posted by (C)Hide


近づいていきます。
広島城ライトアップ07
広島城ライトアップ07 posted by (C)Hide

広島城ライトアップ08
広島城ライトアップ08 posted by (C)Hide

広島城ライトアップ09
広島城ライトアップ09 posted by (C)Hide

広島城ライトアップ10
広島城ライトアップ10 posted by (C)Hide

広島城ライトアップ11
広島城ライトアップ11 posted by (C)Hide



第2層千鳥破風、第3層比翼千鳥破風
広島城ライトアップ13 第2層千鳥破風、第3層比翼千鳥破風
広島城ライトアップ13 第2層千鳥破風、第3層比翼千鳥破風 posted by (C)Hide



広島城ライトアップ15
広島城ライトアップ15 posted by (C)Hide

ど~ん!
広島城ライトアップ17 ワンピース海軍本拠地のよう(大戦中は広島大本営)
広島城ライトアップ17 ワンピース海軍本拠地のよう(大戦中は広島大本営) posted by (C)Hide







「鯉城」の由来の謎と池鯉鮒神社------------------------------------

ところで、なぜ「鯉城」なのか?
推測された由来はあるのだが、どうも違うよう。
それに、今に至るまで謎とされていること自体が“怪しい”。

とはいえ、手がかりなく・・・と、福井に「池鯉鮒神社」(ちりゅうじんじゃ)というのがありました。池の鯉や鮒を祀っているわけでもあるまいし、なんの暗示でしょうか。

清水山という名の町にあることが、もう何かを予感させますね。
元は愛知県知立市にある知立神社(ちりふじんじゃ)とのこと。しかも、そこも旧称は「池鯉鮒大明神」だったそう。

知立神社は東海道三大社の一社とのことで、東海道の宿場としては岡崎宿(三十九次)の次が池鯉鮒(知立)宿で馬市が盛んな所だったそう。

また、この地が古代から「知立」「智立」と表記されていたそうですが、「知」「智」も瀬織津姫を表しますね。ということは、「知(智)の上に立つ」という意味ではないでしょうか。川上地蔵津上神社が「川の上」「津の上」=「瀬織津姫の上」を表していたように、「知(智)の上に立つ」ということであれば国常立神を表しているでしょう。

そして、知立神社の祭神を見ると相殿神に「青海首命」(あおみのおびとのみこと)と「聖徳太子」がいました。青海首命とは碧海地方の開拓にあたった人物だそうですが、「碧海」はそのまま瀬織津姫を暗示しているようです。そして、瀬織津姫を信仰した聖徳太子。

さらに、知立神社はもともと高地にあり、その神主はニギハヤヒ末裔の知波屋見命(知波夜命:初代三河国造)。「知」「波」「夜」―すべてが瀬織津姫に通じますが、「チハヤ」→「千早」→「千速」―これも「千手千眼」で「速川」の神ですから瀬織津姫を表しますね(あるいは大祓詞の『多岐つ速川』の『つ速』→「ち速」→「千早」)。

知立神社は二柱を祀っていたのでしょう。

【余談:そういえば、映画「ちはやふる」の主人公は千早と新と太一。たいいつ(太一/太乙)とは、いわば国常立神。千早と太一―なんとここにも瀬織津姫&国常立神のペアがいるではありませんか ^^】




並び立つ「岡崎宿」と「池鯉鮒宿」―広重の絵に隠された秘密----

さて、下の写真は小学校か中学校の時に、永谷園に応募してもらった歌川広重の「東海道五十三次」セットから、岡崎と池鯉鮒をスキャンしました。ずっと持っていたお宝が生きましたね~(^^)。

東海道五十三次 39岡崎
東海道五十三次 40池鯉鮒

こうして並べてみて、いや~「広重凄い!」と思いました。
岡崎宿―山に岩に川に橋。モチーフが瀬織津姫を暗示する上に川の色が白+青の瀬織津カラー。
池鯉鮒―草原に松に馬。モチーフが国常立神を暗示する上に草原の色が黄の国常立カラー。

Wao! 広重すげー!!
風景と色で二柱を表しているがな!
しかも、池鯉鮒は、黒馬と白馬で二柱。黄色に碧を添えて二柱。空は青に白に朱までさして瀬織津カラー。
素晴らしい!

「岡崎」という名は瀬織津姫を思い出しますね(→岡崎神社)。

池鯉鮒の方は国常立神がメインですが、鯉鮒セットです。
国常立神と瀬織津姫はセットなので、馬も牛も狸も両柱を示します(たとえば牡馬は国常立神で牝馬は瀬織津姫、黒馬は国常立神で白馬は瀬織津姫など)。分けて用いる時は馬が国常立神、牛が瀬織津姫、狸が国常立神で狐が瀬織津姫のようです。




「鯉」と「鮒」の漢字が意味していること----------------------------

「鮒」
『フナの「フ」は田んぼを意味する語で、「ナ」は魚の義。田んぼの近くに住む魚の意』だそうです。「田」には雷の意味がありましたから、田の神雷神の魚ですね。ということは、鮒が瀬織津姫。
なるほど、十市皇女が鮒の中に密書を詰めて父大海人皇子に夫・大友皇子の計画を密告したのは、鮒(瀬織津姫)を守り神にしたわけだね~。

「鯉」
「里」は田+神を祀る盛り土で土地神を祀る人のいる所。
「土」は「社」(神の依代)の略字でもあるようですから、田+社で人里。
そこは、きちんとした区画された所ですから、「里」は「きちんとした」とか「美しい」という意味も内包するようです。
宝石の中で筋目の入った美しいものを「玉」+「里」で「理」と言うそうです。そこからきちんとわかることを理解、きちんとした想い(理想)、髪をきちんとすること理髪、きちんとしたいきさつ(理由)などが派生したようです。
で、鱗が美しくきちんとしている魚→「鯉」。

人里近くにすむ動物を「狸」と書きますが、中国では里の周りに「貍」を埋めることで結界としました。埋めるという漢字には、「狸」が入っていましたね。そう、埋められた狸が国常立神を表していました。つまり、「里」の字は国常立神を暗示します。

ということは、けものへんをさかなへんに変えた「鯉」は、国常立神を暗示する魚?

つまり、「鯉鮒」は国常立神+瀬織津姫ではないでしょうか。




毛利輝元が作った鯉城は大日如来---------------------------------

地理的観点からも見てみましょう。
私は、毛利元就は縄文末裔と見ていますが、その孫の毛利輝元が1589年に築城を開始したのが広島城です。(息子が元就ファンで、元就の花押模様が入ったタオルをお土産に買いました)

本拠地である郡山城は山城で、大阪城を見た輝元は平城を作る必要性を感じ、太田川河口の三角州にあった五箇村を開拓したようです。輝元が書状で五箇村のことを「佐東広島」と呼んでおり、これが「広島」という地名の初見だそうです。

まず、砂州に作られていること。砂州は川のゆりかごから生まれた土地。瀬織津姫が生み出した土地―縄文人はそのような見方をしていたようです。五箇村のあった三角州を「広い島」と呼んだのでしょうか。

次に、「佐東」と呼ばれていること。「佐の東」です。「佐」は瀬織津姫。西に座すのが瀬織津姫ですから、当然東は国常立神(あるいはアマテル)。

そして、輝元は、川を天然の堀と見立てた広島城を創り上げました。

毛利広島城

まさに川の中に立つ。川が生んだ土地(島)の上に立つ城―おぉ、まさに川の上に立つ川上地蔵と同じ。あるいは、八葉蓮華の中に座す大日如来(太陽神)。

な~るほど!
広島城は奈良の大仏と同じ―大日如来だ。

だから、太陽のシンボル=黒で黒城なんだね。
つまり、鯉=国常立神(アマテル)。

鯉城の勇姿は国常立神(アマテル)なんだね~。


さらに、思いもかけぬ決定打が京都の石山寺にありました。



<続く>








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そういえば、昔、広島市には『佐東町』がありました。
今は、緑井、川内、八木の3つの地区に分かれてしまいましたが。
2年前、大規模な土砂崩れを起こした地域です。
私が通った高校の少し上には佐東銀山城もあります。
佐東の由来を読みながら、少し懐かしく思いました。

 
    
 
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