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白菊大神とは誰か4~「匊」と「掬」と「菊」、と「米」そして「萌え」

2017/02/10(Fri) Category : 神社・寺・城・歴史
【石山寺を歩く】

え~、ずいぶん脱線してますが、日本では古来から蓬や萩が愛され、白い花が群生する植物(カハラヨモギ、カハラオハギ→野菊)が愛されてきたことがわかりました。けれど、「菊」という言葉は登場していません。

牧野富太郎-------------------------------------------------

カハラ~や百代草と呼ばれていた日本固有の植物群に、野路菊(のじぎく)や竜脳菊(りゅうのうぎく)という名をつけたのは、『自らを「植物の精(精霊)」だと感じ、日本中の植物を同書(本草網目啓蒙)のようにまとめ上げる夢を抱き、それは自分にしかできない仕事だと確信』した牧野富太郎(1862-1957)でした。

彼の人生も凄いね~。2歳で父を、5歳で母を、6歳で祖父を亡くし、祖母に育てられたというのだから・・・。幼少期から植物採集にあけくれたといいますから、植物(自然)に救われたんだろうね・・・。

「雑草という名の植物は無い」という強い思いで、沢山の植物を発見し名付けていきました。親から名を呼ばれたかった執念を見る思いです。



草々(自然)が母親------------------------------------------

なんか親近感湧くなぁ~。
・・・両親と暮らし始めて、一度父に大激怒したことがあります。
きっかけは些細なことでしたが、後で振り返って「あぁ、あれが許せなかったんだなー」とふいに腑に落ちつつ、それにしても、そこまでの思いと怒りがあったのかと自分に驚きました。

その少し前のこと。雑草(失礼^^;)がとてもいい感じに庭に生えそろってきており、私はそれを見るのが好きでした。ただ、前年の体験から、時間潰しが欲しい父がそれを根こそぎにすることが予想されましたので、「ここはやらなくていいから」と言ってあったのです。が、しばらく後のある日、根こそぎになっていました(当然父は、言われたことなど忘れているフリ)。

表層意識は、「やっぱりやりやがったな。でも、もうどうにもならないし、仕方が無い」と事を収めたわけですが、私の小さいちゃんは相当に怒ってたんですね。それに気づいて「悔しい!腹立つ!ムカつく、クソじじィー!」「残念、悲しい、淋しい」「ごめんね」という思いを声に出していれば、その後の別の件での大激怒はなかったでしょう。

自分が本当にその雑草が好きだったんだという思いに気づいてなかったことが、後の激怒につながったわけです。自分(小さいちゃん)の思いを無視されたことに対する小さいちゃんの私自身への怒りも付加されているので、激怒になったわけです。ゴメンね~、小さいちゃん、と謝りました。

ではなぜ、それほど草が好きなのか?
思い出すのは、この光景です。
俺は今、ここにいる

私が1歳になる前に訪れた父の知人の女性に、私がしがみついて離れようとせず困った―と父が話したことがありましたが、今は、私がどれだけ孤独の中に居て、まさに溺れる者藁をもつかむ思いだっただろうことが想像がつきます。

だから、「生まれながらのデラシネ(根無し草)」と感じてきたわけですが、その私を受け止めてくれたのが、あの身近な自然だったのです。

あー、私は自然(草花と大地)に抱かれていた。
草々が、私の母親だった・・・

だからだ!
あの見ていたかった雑草たちは、私の母親だったんだ。
その母親を父は根こそぎ消し去った。
私から奪った。

だから、あれほど激怒したんだ・・・


―こういうことがありましたので、牧野富太郎氏の思いがわかる気がするのです。そういえば小さい頃「自然のアルバム」とか大好きで、いつも一人で見ていましたね~。自然が私の母親だったんだなー、とつくづく思います。

だから、大気汚染や水質・海洋・土壌汚染、化学物質汚染(農薬肥料他)、放射能汚染(原発、原爆)や遺伝子組換汚染(モンサントなど)等々の反自然的な行為に怒りが湧くのは、私にとって「母親を守る意識」だったのだと思います。



「匊」と「掬」と「菊」-------------------------------------

さて、その牧野富太郎氏が名付けた日本固有の野菊(白菊)が中国に渡り、長年改良されたものが「家菊」(いえぎく→野菊に対する品種改良種の総称)になったようです。

品種改良されたものが日本に逆輸入されて、古今和歌集(905年)には「菊」の文字で歌が詠まれることになったわけです。「縄文古来」が「大陸由来」にカムフラージュできたので、堂々と表に出すことができるようになったわけですね。

天皇家は菊花紋ですから、菊が瀬織津姫を表すことがわかってしまうと天皇を傀儡する藤原政権にとっては都合が悪いわけです。けれど菊が中国伝来のものとなってしまえば、「天皇」という呼び方も、「菊」(いえぎく)も「菊花紋」も全て中国伝来ということになって、「縄文古来」を払拭・封印できますね。すっごいカラクリですね~。

ところで、この漢字はどこから出てきたのでしょうか。
日本には「米(こめつぶ)+勹(つつむ)」 の意で、「匊」(すくう、たなごころ、むすぶ/キク、コク)という字がありました。

「勹」(ほう)は、人が身体をまげた形、もしくは手を伸ばして包む(つかむ)形で、「まるく包む」イメージ表します。手で花束をつかむと花々がドーム状の群花になりますよね。それを上から見ると、八方に花が広がっています―そう丁度「米」の形に。つまり、手で花束を持った形を上から見たのが「匊」の字なんですね~(ロマンチック!)。

そして、キクの花を「くく」と呼んでいましたから、手で“くくる”という形にも合うわけです。そこで、この字を「くく」の花に当てることにしたのでしょう。そして、本来の「すくう」という意味は「扌」をつけて「掬」という漢字を当て、花を表す方には「艸」をつけて「菊」にしました。



「米」と「菊」、「菊花紋」と「日の丸」-------------------------------------

ところで、「匊」の字の中は「米」。包まれている「米」は稲の外皮を取った実(玄米&白米)ですから、「匊」の字をイネに当ててもよさそうなものです。まず、稲は瀬織津姫を表しますね。

次に「玄」は「黒」です。白に対応させて「玄」にしたのでしょうが、実際の色は淡褐色―まぁ、黄色といってもいいでしょう。そして、黒にせよ黄にせよ、その色が表しているのは国常立神(orアマテル)です。
(なお、天地万物の根源も玄といいます)

つまり、玄米は国常立神、白米は瀬織津姫ということで、「米」は二柱が含まれている字なんですねー。

また、米を分解すると「八十八」(→例:米寿)。
「八」は瀬織津姫ナンバー。
「十」は国常立神+瀬織津姫ナンバー(十全=完全/縦が国常立神で横が瀬織津姫)。

イメージとしては、「八―八」の真ん中に「|」が立っているイメージ。つまり、八葉蓮華の中に大日如来が立つイメージです。

また、先ほど「匊」という字を上から見ましたが、「米」という字を真上から見ると、八方に広がる放射の中心に真上に向かって柱が立っているイメージです(真上から見ると点になるので見えませんが)。

いろんな観点から見ても、「米」には二柱が含まれています。
「米」という字は、とてもありがたいですね~。
そして、米を食べるということは、二柱のパワーを得るということなんですね~。

この二柱を包んでいる字が「匊」ですから、この字に「艸」をつけた「菊」の字が「二柱の本」→「二本」→「日本」を表すことになったんだなぁと思います。

しかも、中心にいる国常立神を丸く包むのは瀬織津姫ですから、放射する光も丸く包む手も瀬織津姫ですね。だから、太陽の色は赤なんでしょう。「白地に赤」は瀬織津姫の色。もしかすると、真っ赤な太陽の中心に見えない「黒点」があるのかもしれません。

太陽を表すにもいろいろあるでしょうが、それを菊花で表し、菊花紋が天皇紋になり、国旗が包む丸になり、日の丸が「白地に赤」になったのも、そういうことなんだなぁーと感じました。

また、白地に赤丸が(内に見えない黒点・国常立神を秘めた)瀬織津姫を表しますので、まさに女神の国の旗印。だから、持統天皇がアマテラスに変えたときも、元々女神を奉じていたのでうまくいったのでしょう。






●【補足】菊花紋の起源---------------------------------------

後鳥羽天皇(1180-1239)が菊紋を好み、以降菊花紋が天皇家の紋になったという定説(?)があるようですが、5500年前の超文明シュメールにも菊紋がありました。シュメールの都バビロンのイシュタル門(BC600)に刻まれた菊花紋は天皇紋と同じだそうですね。

5800年前前にシュメールに追われたウバイド人(巨石太陽信仰の多神教)は、3400年前に熊野に到達しているそうで、遅くともその頃から菊花紋は登場しているのではないでしょうか。

と申しますか、豊前・豊後両国守護兼鎮西奉行だった大伴能直(1172-1223)が記録した「上記(うえつふみ)」によると、「鵜芽葺不合王朝の第二十五代、二十六代天皇は、皇子たちを世界に派遣し文字を伝えた。富金足中置天皇は一万五千四百八十五年前に、四百六十年間に渡って治世した」とあるそうで、1万6000年前の国東半島の岩には古代文字で「冨金足中置天皇」の名が刻まれています。つまり、超古代より天皇はいた、と。ならば、超古代より紋もあったことでしょう。
(参考:シュメールの人々の見る夢

超古代についても興味は尽きませんが、ほんと日本(世界)の歴史は、表層の下に無意識第一層があり、その下に第二層があり、さらに下に第三層があり、という形で、カウンセリングで人の行動や心理を見るのと全く同じですね。

今は、過去を全て消し去って、漢字到来以前の日本には文字さえなかったことになってしまっていますが(ですから大量の古文書が焼却されたことでしょう)、ペトログラフの文字をどう説明するのか? まぁ、ともあれせめて無意識第一層くらいにはたどり着かないとね、という思いで近年(平安期)に封じられた神について調べているわけですが・・・。



神道の智恵~「萌え」------------------------------------------

ただ調べ始めて感じたことは、地球のメカニズムや気候、植物や動物の生態にがぜん興味が出てきたということです。

同じ1柱の神に対して、現象や場所によってそれに応じた的確な神名をつけることによって、地理や循環など森羅万象を素人にわかりやすく説明すると同時に、元は1つだよという暗示までしています。
神話って叙事詩であり科学なんだなーと。

何より神名がつくことによって自然に対して親近感が湧くんですね。たとえば、瀬織津姫を表す植物を見ていると、そこに物語を重ねてみたり、共通項を見たりして興味津々。人生の中でこれほど植物に興味を持ったことはありませんでした。

例を挙げれば「おはぎとぼたもち」。若い頃に妻から教わったことをすっかり忘れていましたが、同じものに異なる名をつける意味(←神名と同じですね)や「三」「三五」の意味などがわかると、しっかり覚えますね。

日本人は工場の機械にもニックネーム(萌え名)をつけます。擬人化することで愛着が湧き、大事にするわけです。

その最初は、大自然に神名をつけることだったのかもしれません。神名をつけることで親近感が湧き、自然を人と同じように愛したのかもしれません。日本人が自然を大切にするメンタリズムの根っこには、この神道の智恵があったのではないでしょうか。


「萌」という漢字は、「太陽」「月」「草」―まさに、国常立神(アマテル)と瀬織津姫の形象。「草」は、大地であり、生命であり、民(人)。沈む月と昇る太陽の夜明けのイメージから、「芽生え」「きざし」の意味があります。

萌黄色(萌葱色/もえぎいろ)とは、薄青と緑の中間色―瀬織津姫カラー。

「萌え文化」も瀬織津姫復活の“きざし”なのでしょうが、その「萌え文化」の大元は「瀬織津姫」かもしれませんね~。






<続く>








はしだのりひことクライマックス 「花嫁」


命をかけた恋に白菊(野菊)がよく似合います。

なんかこの歌泣けてくるなぁ。







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