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石山寺を歩く13-秘密だらけの若宮

2017/03/02(Thu) Category : 神社・寺・城・歴史
【石山寺を歩く】

若宮の祭神が天照皇大神の謎----------------------------------

多宝塔のある一角にひっそりと若宮があります。

石山寺68 若宮2

以前私は、若宮と聞くとなんだか殺気を帯びたようなイメージを持ったものでした。

確かに、瀬織津姫を表す「兌」は、歯や牙、またそれを持つ動物を表しますから、まぁそういうイメージを持ってもおかしくないかもしれません。けれど一方で「兌」は少女も表します。「若宮」という呼び名は「少女」から来ているんだろうなぁと思います。


ところで、由緒を見ると、三十八所権現社が親神で、祭神は「天照皇大神」となっています。おまけに大友皇子を崇(あがめる)とあり、この地に葬られたとあります。

石山寺67 若宮1

天照皇大神は「あまてらすすめおおかみ」―伊勢神宮におけるアマテラスの呼び方ですね。三十八所権現社(瀬織津姫)が天照皇大神の親神!
う~む、なるほどなぁという書き方です。アマテラスの前の女神はセオリツヒメですから、親神と呼んでもいいかもしれません。

あるいは、瀬織津姫の名を大祓詞に残さざるを得なかったように、どうしてもその存在を残さざるを得ず、瀬織津姫の和魂をアマテラスに習合させ、瀬織津姫の名は荒魂として封じたのかもしれません。

あるいは、アマテラスが瀬織津姫の分け御魂とすれば、瀬織津姫が親神となりますね。




若宮に大友皇子が祀られている謎----------------------------------

大友皇子(弘文天皇)は、天智天皇の皇子で壬申の乱において大海人皇子(天武天皇)に敗北して自害したとされている皇子ですね。
そういう場所はほかにもあるようですし、弘文天皇陵もありますし、東国へ逃れたという伝説もあります。

驚いたのは瀬織津姫を追いやった側=天智系の皇子がこの地に祀られていたことです。不思議ですよね~。

この大樹が葬られている印なんでしょうか?

石山寺74 若宮横の樹2

石山寺73 若宮横の樹1


大友皇子の兄弟に持統・元明の姉妹がいます。
「古代日本の転換点」シリーズを読んでいただければわかりますが、鸕野讃良は何が何でも自分が天皇になるという執念を持っていました。

「鸕野讃良(持統天皇)に葬られた天武系皇子たち」で見たとおり、鸕野讃良は自らが天皇になるために姉の子・大津はおろか我が子・草壁まで葬りました。
草壁の妻(后)は持統の妹(阿部皇女)ですから、天地を父に持つ姉妹は結託していたのでしょう。そして、草壁の子(持統の孫)文武を天皇にしました(天孫降臨)。

話はそこで終わらず、文武の子聖武が7歳になったときにその文武まで殺して、文武の母である阿部皇女が中継ぎで元明天皇となります。(阿部皇女は夫も息子ももろともに葬ったことになります)

そして、聖武が不比等の娘・光明子と結婚してここに初めて不比等の血筋から皇后が出ます。ここで、もし2人の間に皇子が生まれていたら、聖武を殺害し、幼き皇子も早世させ、“仕方ないので”光明皇后に藤原一族から天皇を擁立する「母系天皇」になっていたかもしれません。【天智の子、持統&不比等の野望】

天武系の血を根絶やしにするには、それしか方法がないのです。だから、持統・元明の姉妹は自分の夫と子供、孫を徹底的に粛正していきました。
そして、それほどまでに持統が不比等の血にこだわったのは、不比等が天智の血を引いていた―それ以外に考えようがありません。


持統の不安の強さ、その裏返しの権力への執念を思うと、自らが天皇になることへの決意は、幼き頃よりあったのだろうと思います。そのためには、父・天智が指名した大友皇子を排除したかったのは、天武のみならず持統もそうだったかもしれません。

そして、壬申の乱の時には夫・天武の味方をします。それができたのも、天智の落胤(不比等)がいたため、大友なくとも天智の血が絶えないことがわかっていたからではないでしょうか。

そして夫が天下を取ると、次は「吉野の盟約」を皮切りに自分が天皇を目指し始めます。




・・・こう見てきますと、大友皇子も持統天皇に葬られた側ということになります。
一見、大海人と大友は雌雄を決した敵同士ですが、持統から見ると2人とも葬り去りたい相手。

なるほどなー。
もしそうならば、大友が石山寺で弔われる意味もわかるなーと思いました。

もしかすると、自害したことにして伝説通りどこかに逃げて隠棲したのかもしれませんね。




受け止め、見守る自然-----------------------------------

散った葉たちを、苔むす大地が温かく受け止めています・・・

石山寺69 若宮3

石山寺70 若宮4

緑の大地に朱のもみじ。

石山寺71 若宮5


椿が一輪咲いていました。

石山寺72 若宮6 椿





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