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「梅」と瀬織津姫

2017/03/09(Thu) Category : 神社・寺・城・歴史
【石山寺を歩く】 番外:菅原道真

豊穣殿の近くに梅園「東風の苑」(こちのその)があります。道真のあの有名な歌からとった名前ですね。見事な龍梅が空に向かって伸びていました。

石山寺105 東風の苑の龍梅

さて、これまで瀬織津姫を表す植物や花を書いてきました。花について主なものは次の通り。
桜、藤、菊、牡丹、椿・・・・そして、いよいよ梅の登場です。
梅について、少し調べてみました。


「梅」------------------------------------------

梅は5枚の花弁です。十五夜(満月)につながる三&五は瀬織津姫ナンバーです。
花の色は紅白およびピンク。平安時代までは、梅といえば白梅だったようです。
「梅襲」(うめがさね)という色は、表は濃紅、裏は薄紅。一説に、表は白、裏は蘇芳(黒みを帯びた紅/紫がかった赤)。(以上瀬織津姫カラーですね)

実が緑→黄に熟しますが、これを「梅子黄」(うめのみきばむ)と呼びます。
すごいね。「梅子黄」と書いて「うめのみきばむ」だよ。
緑から黄金に変わるのは、稲や杉林などもそうですね。
水神(碧)も金神(金/黄)も瀬織津姫の姿。
その金神の姿の中には国常立神も内包しますから、瀬織津姫は両性で表されるわけでしょう。

梅は塩とともに最古の調味料で、そこから「塩梅」(あんばい)という言葉が出てきました。生命に必須な塩も藻塩から出てきてましたし、塩と同じく大切なのが梅だったわけです。塩梅も紅白ですね。

漢方薬の「烏梅」(うばい)は健胃、整腸、駆虫、止血、強心作用などがあります。瀬織津姫を表すスーパー薬草たちと同じように梅も薬です。




「梅は食うとも核食うな、中に天神寝てござる」-------------------------

青梅には青酸が含まれているので、食べると死ぬこともあるそうです。
「酸」は、「酉」+「夋」=酒器の象形(酒の意味)+頭のひいでた人の象形→そこから、酒から酢を作り出すことを意味し、すっぱいを意味する漢字になったそう。

『金属酸化物と反応して塩と水を作る性質を示す物の事』を酸というので、「塩」と「水」を作る働きであり、加えて酒(酉)まで入っていますから、「酸」は瀬織津姫を表していますが、「青い酸」ですから、まさにそのもの。

それを表したのが次の歌。
「梅は食うとも核食うな、中に天神寝てござる」

今は天神というと菅原道真を指しますが、道真以前は誰を指したのでしょう。「天」には「あま」と「あめ」があります。持統&不比等が瀬織津姫を封印しきれなかったのは、日本では縄文以来稲作をしており、姫が稲作に必須の雨神だから。
だから名を変え、「雨神」を「天神」(天津神)の一柱として取り入れざるを得なかったのです。(例:天水分神―あめのみくまりのかみ→中を取れば“あめかみ”)

つまり、以前の「天神」(あめかみ)とは雨神・瀬織津姫を指していたのでしょう。そして、道真が瀬織津姫と関わりが深かったために、道真に瀬織津姫を仮託して道真を天神として祀るようになったのでしょう。




「梅」と「梅雨」-------------------------------------------------

梅の旧字は「梅」
女+「・・」(乳)=「母」
「毎」は髪飾りをつけて髷を結った母を描いた文字だそうです。多くの実をならせるウメに多産の願いを込めたのでしょうか、「木+毎」で「梅」になりました。
瀬織津姫を表す植物は、繁茂多産の植物たち。
また髪飾りは、瀬織津姫を表します。


それに、雨が多い時期に入ることを「入梅」、つゆを「梅雨」と書きますが、梅の花は2月なのになぜ?という思いもありました。紫陽花など梅雨時期にふさわしい花を持ってきて何らかの言葉ができても不思議ではないでしょう。
わざわざ梅を6月まで引っ張ってきて、梅の実が熟す時期という意味までつけて、どうしても「梅」を「つゆ」に当てたかったのは、上記で見たとおり、「梅」が雨神(天神)・瀬織津姫を表していたからなんでしょうね。

それに、「梅」の字には豊穣多産の象徴―「母」が入っていました。そのたくさんの子達が熟す時期ですから目出度いことこの上ない。その時期に降る恵みの雨―なるほど「梅雨」ってありがたい季節なんだなぁと思います。




歳寒三友「松竹梅」------------------------------------------

「歳寒三友」(さいかんのさんゆう)と言われる松・竹・梅。
松・竹は寒中にも色褪せず、梅は寒中に花開く。
「清廉潔白・節操」という文人の理想を表現した言葉。

松は千年の緑 「陽の司」
竹は万木千草に勝れ成長が早い 「陰の司」
梅は他に先駆けて咲く三元の冠花「花中の君子」

松が国常立神(アマテル)
竹が坤の金神(瀬織津姫)
梅が瀬織津姫(国常立神の両側に瀬織津姫という例の形態です)

松は元旦 (後天八卦の1=乾)
竹は二日 (後天八卦の2=坤)
梅は三日の花(三相一体の女神)




「天円地方和合の姿」------------------------------------------

松竹梅を挿ける「方形体」が興味深い。
長い陽の竹=陽数(奇数)の節と陰数(偶数)の枝(三節二枝)「陽中陰」
短い陰の竹=陰数(偶数)の節と陽数(奇数)の枝(二節一葉)「陰中陽」
(長短の竹で太極☯を表していますね)

竹は立姿、松は半立姿、梅は横姿。
「松竹梅」全体の姿でもって方形体とする
足下は水引七本を相生結びとし、金は松のほうに、銀は梅のほうに出す。

金松に銀梅―金龍の松に銀龍の梅ですね。
なんと、銀梅花銀梅草という名の植物もありますね~。

天円の松 (円は陽)
地方の梅 (角は陰)
和合の竹 (地中で横に伸び、地上で縦に伸びる竹は陰陽合体)

「天円地方和合の姿」―まさしく前方後円墳に同じ。

名を封じられた「歳寒」=“寒の時代”にある二柱を表す三友でした。




松竹梅の「門松」------------------------------------------

松竹梅を活けるのは門松もそうですね。
以下は、「門松~悠久の歴史と飾り方3つのルール~」から。

由来は、正月最初の子(ね)の日に野山に出かけて、小松を引き抜いて長寿を願う平安時代の遊びから。「子の日の小松引き」

当時は、建物の前の庭の真ん中(門)に松を一本立てて、年神様に長寿・五穀豊穣を祈願するという習慣となって根付いたそうです。今でいうクリスマスツリーのような感じ。使用されるのは黒松(雄松)が一般的だそう。根元に杭3本ですから、黒松が国常立神、3本が瀬織津姫を表していたんでしょうね。

江戸時代になると竹の普及とともに「松は千年、竹は万年」と竹も加わり、家の出入り口(門)の左右に門松を配置し、対にするという習慣ができたようです。
それまでの門松は国常立神に比重が置かれていましたが、対にしたところから、門松自体が瀬織津姫を表すものに変化していったのでしょう。

瀬織津姫に比重が移ったことで、梅が加わったのでしょう(旧暦なら正月でも咲いていますね)。「歳寒三友」の思想も入ってきたのでしょう。

南天は、難転―「難を転ずる」に通じる縁起物として加わったようですが、「南天北地」から、南天は「乾」=アマテル(国常立神)を指します。旧暦から新暦に変わるにつれて時期がずれ、咲かない梅の代わりに持ってきたのでしょうか。

そして、南天が加わったために対で加えられたのが紅白の葉牡丹でしょう。こちらは瀬織津姫です。

門松も「天円地方和合の姿」=「国常立神、瀬織津姫、そして二柱合体の姿」を表していることがわかりました。そして、門の両脇に据えて二柱をお迎えしているんですね。



にし茶屋街01
にし茶屋街01 posted by (C)ろごきっと
(↑こちらはすべてそろった門松です。)




「そぎ」と「寸胴」------------------------------------------

現在は、門松といいながら竹が目立ちます。
竹は陰陽合体の太極。
3本で太陽神(朝・昼・夕)も三相一体の女神も両方表せますね。

竹の切り方に「そぎ」と「寸胴」がありますが、これは「千木の削り方」からきているのかもしれません。
・男神は外削ぎ(先端を地面に対して垂直に削る)
・女神は内削ぎ(先端を地面に対して水平に削る)

竹は「陰の司」ですが、陰陽合体「和合の竹」でもありますから、その削り方で両柱を表したのでしょう。
もしかすると、「阿吽の仁王」や「毘沙門天と観音」のように、これからは片方が「そぎ」で片方が「寸胴」という左右非対称のツイン門松が流行るときが来るかも。




「年神」と「歳徳神」------------------------------------------

正月元旦に、その門松で迎え入れるのは年神様(としがみ)。

当初は白鬚の翁の姿をしていたようですから、門松1本時代の国常立神を表していたのでしょう。それが、大年神(大歳神)、年殿、トシドン、年爺さんという呼び方になっているのでしょう。

それが対の門松となり、瀬織津姫に比重が移ってくると、瀬織津姫の名を出すわけにはいきませんから、何か大陸由来を持ってこなければなりません。それが、牛頭天王の后・八将神の母の頗梨采女(はりさいじょ)と習合して歳徳神(としとくじん)となったようです(簠簋内伝)。
こちらは、正月様、恵方神、若年さんと呼ばれる方でしょう。

波利賽女とも書き、ハリは梵語で水晶から来ているとする説があります。賽女は、「賽の河原(三途川)の女」ですから瀬織津姫ですね。

時代の移りとともに主対象が変わってきた元旦に迎える神。
年神は、国常立神
歳徳神は瀬織津姫
なのでしょう。

なお、歳徳神のおわす方位を恵方(えほう、吉方、兄方)、または明の方(あきのかた)と言うそうで、ここから「恵方巻」の行事が来ているようです。のりで黒々とした1本の太巻きを丸かじりするというこの行事―まぁ、子孫繁栄するでしょうと思います。

ところで、「吉方」は吉祥天を、「兄方」は「花の兄」を思い出しますが、「明の方」という言い方がいいですね~。おそらく「明」は「秋」―「秋の方」でしょう。「佐の方」とか「明の方」とか、暗示語が素晴らしい。




「年神」「田の神」「山の神」------------------------------------------

この年神が祖霊信仰と結びついて、祖霊が春になると「田の神」に、秋が終わると山へ帰って「山の神」に、そして正月には「年神」になって子孫の繁栄を見守ってくれている―ということになりました。

国常立神&瀬織津姫はテラ&ガイアですから、死後の魂がその二柱に抱かれる→祖霊集団の一員となると考えるのも無理がありません。自然界と人間の循環がそこにはあります。

瀬織津姫ですから、「田の神」であり「山の神」ですが、『登志とは穀のこと』(本居宣長)だそうですから、そこから「田の神」が「年神」と習合したのかもしれません。

「山の神」は一年に12人の子を産むとされるなど多産豊穣の神。一方で怖い神でもあり、「うちのカミさんがね・・・」と言うときの「カミさん」は「山の神」。
(まぁ、大日如来+比売大神の頃より、男は仏で女が神です)

また、年神は歳餅(としもち/これを貰わないと歳を取ることができない餅)という餅を与え去って行くそうで、この歳餅をトシダマ(年魂)と言います。これがお年玉になていくわけですね。




「四君子」―梅蘭竹菊------------------------------------------

君子のモデルとして「梅蘭竹菊」を「四君子」と呼ぶそうです。
冬の梅・春の蘭・夏の竹・秋の菊―みな瀬織津姫ですね~。

梅―高潔 春を争わず百花に先立って風雪の中に凜として咲く
蘭―清逸 俗世を離れた幽谷に清らにひっそりと咲く
竹―節操 直ぐに伸び、屈しない節、中は空洞(謙虚な精神)で悠然と立つ
菊―淡泊 百花枯れた後、西風や厳霜の中に瑞々しく咲く




梅の別名------------------------------------------

梅の別名は次の通り。

初名草(はつなぐさ) 寒梅 初めに名を聞く花
風待草(かぜまちぐさ)白梅 春風を待って咲く
春告草(はるつげぐさ)
花の兄(はなのあに) 1年の最初に咲く花
百花魁(ひゃっかかい)百花のさきがけ(かしら)

香雪(こうせつ)香りのある白い花のたとえ
香散見草(かざみぐさ)
匂草(においぐさ)

玉骨(ぎょっこつ) 美人(玉は瀬織津姫)の骨→梅の幹枝→転じて梅
好文木(こうぶんぼく)晋の武帝の故事から
木の花(このはな)

いかにもな名前が並んでいますね。
木なのに草とつける違和感。違和感の裏には必ず“意図”があります。

「草」=「艸」+「早」
「艸」は「草」の本字であり、草本植物の総称。
これが、「十 十」や「艹」になります。
「十 十」は二柱を連想しますし、「艹」は「サ」=「佐」=瀬織津姫を連想します。

「十 十」と見た場合、真ん中の「日」は「十」三つに囲まれていますね~。
その「十」の元字は「屮」(草の象形)ですから、碧の草3つに囲まれた太陽神―つまり、太陽神を支える三相一体の女神―瀬織津姫を表しているように思います。

また、「早」→「速」も瀬織津姫ですね。

このように「草」という字自体が瀬織津姫を表すので、梅も瀬織津姫だよということを知らせるために、わざわざ「~草」という名をつけたのだろうと思います。


さて、異色なのは「木の花」。
ここから思い出すのは、磐長姫の妹、木花咲耶姫(木花之佐久夜毘売/木花開耶姫)です。磐長姫は瀬織津姫でしたね~。そして、出ましたコノハナノサクヤビメ。

古事記の記述の「木花之佐久夜毘売」がいろいろと物語っておりますが、またいずれ書こうと思います。では。







梅の精?--------------------------------------------------

こちらは、最近両親を連れて梅園に行ったときの1枚。
光で純白に輝き、とても綺麗でした。

光透白梅1

後ろに光りが散って見えて綺麗だなぁと思ってよく見ると、おや“年輪”がある。(こんな感じで写っているのはこの写真だけ)

たとえば、花の左下で縦に2つ重なっている円・・・オーブじゃん。
梅の精1

こちらは、左下に写っているオーブは素早く動いて分身の術みたいになっている感じ。
梅の精2

右下のも動いていて、まるではしゃぎ回っているよう。
梅の精3


これは、最初の写真の左上を切り取ったものですが、右上の五弁の花の上にもオーブが乗っていますね。左側のも木の枝に沿って動いていますし、右下のオーブ達は左上に向かって飛んでます。
梅の精4


いやー楽しいね~。
凜と咲く「花の兄」の周りで、子供達がこんなにはしゃぎ回っているとは。

人間の子供達もはしゃぎ回っていましたから、精霊達も一緒に遊んでたんでしょうね。(^^)

こういうことが見えないまでも想像できるようになってくると、美しい自然の中に居るときが最も楽しいし、自然を大切にしたいと思うようになるんでしょうね。





梅月夜--------------------------------------------------

「梅と瀬織津姫」なのだから、梅と月もなければね~、と探したら2014年に撮った写真がありましたので追記。

梅月夜 1

梅月夜 2


こちらは薄いピンクも混じったたおやかな色合い
梅月夜 3

赤いつぼみが提灯のよう
梅月夜 4


月に向かって
梅月夜 5








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