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菅原道真伝説と瀬織津姫―「藤原」と「菅原」に隠された因縁

2017/03/15(Wed) Category : 神社・寺・城・歴史
【石山寺を歩く】 番外:菅原道真

菅原道真には、次のような伝説が付加されました。


余呉湖羽衣伝説(菅原道真生誕伝説)-------------------------

「日本地誌大系」(江戸幕府編集)には、滋賀県余呉町にある天女の羽衣伝説が載っています。

余呉湖天女像
【余呉湖畔にある天女像】

桐畑太夫という漁師が柳にかかっていた香しい羽衣を見つける。それは、余呉の湖の美景に憧れて年に一度水浴びに来ていた天女の羽衣だった。桐畑太夫はそれを返さず、天女は太夫の妻となり子をもうけた。
ある日、子守が「おまえの母は天女様 お星の国の天女様 おまえの母の羽衣は 千束千把の藁の下」と歌うのを聞いた天女が裏庭の藁の下を探すと羽衣を発見。喜んで羽衣をまとい天上遠く飛び去っていった。

桐畑太夫もそのあとをおい天にのぼってしまい、残された男の子は石の上に置かれたまま法華経のような声で泣きじゃくっていた。そこに、菅山寺の僧・尊元阿闍梨が通りかかり憐れに思い引き取った。その後、菅原是善が菅山寺に参拝にきたさいその子供を養子にする。その子が後の菅原道真であるという。


-----------------------------
まぁ、「比売」といえば瀬織津姫であるがごとく「天女」といえば瀬織津姫ですが、「千束千把」「藁」「石の上」「法華経」「菅」―すべて瀬織津姫を彷彿とさせますね。

「千」―百、千、万など数多を表す数字は瀬織津姫を示しています。(千で言えば、千手千眼観音、千早など)

「藁」という字も面白いですね(→OK辞典)。大地を覆う木の上にそびえ立つ高楼、その上に草の象形。草という字自体が瀬織津姫を表していますが、まさに植物や樹木の頂点に立つものを表す字に見えます。

「石」は瀬織津姫。また、瀬織津姫を信仰していることを「川上」「石上」「津上」と言います(上=ほとり、そば、の意味)。

「法華経」も法の“花”で、花は瀬織津姫ですね。
寛平7年(895年)に道真が法華経や金光明経を手写し伊香具神社へ納経したという伝承がありますが、この二経は二柱復興のバイブルでしたね。それを書写したということは、反藤原の立場を鮮明にしたということです。

ここまで見ただけでも、菅原道真が瀬織津姫と深く関連付けられていることがわかりますね。さらに、その名前に藤原一族との因縁が隠されていました。




「藤原」と「菅原」に隠された因縁-------------------------------

「菅」―菅山や菅原の菅。菅には「ふじばかま」という意味があります。

「藤袴」は、藤色の花が袴型に咲くことからついた名だそうで、秋の七草の1つ。実際は、紫、青、ピンク、白の花ですから、すべて瀬織津姫カラー。藤(佐の方の花)も瀬織津姫ですし、桜餅のような香りがすることも「佐蔵」ですから瀬織津姫。

平安時代の女性は、藤袴を干した茎や葉っぱを水につけて髪を洗ったそうです。防虫剤、芳香剤、茶、利尿剤などにも利用した薬草でもあります。
葉が三葉に見えて1枚(3深裂)であることも、「三相一体」の瀬織津姫を表します。

つまり、藤袴を表す「菅」も、瀬織津姫を表しているということです。
ということは、「菅原」という名自体が、その一族が瀬織津姫を祀っていたであろうことを示唆しています。


それにしても、「藤原」に「菅原」ですか・・・
藤原の源―中臣鎌足の出身地は「葛井が原」(ふじいがはら)―まさに瀬織津姫の地でした。それを「藤原」と変えた上で藤原鎌足にしたわけで、このときからツタカズラを表すフヂ(藟)はフジ(藤)とクズ(葛)に分かれたわけです。やがて、藤は貴族、葛は民衆、あるいは藤は天津神、葛は国津神を表すようになっていきます。【「葛原」が「藤原」になった理由】

まぁ裏を見れば、藤原→葛原、菅原→藤袴原となるわけで、藤原が葛(「藤は葛」)、菅原が藤袴となんだか逆転してしまいますね。藤原一族は松(天皇)に絡みつく藤のごとく、古代の名族を押しのけて成り上がった一族ですが、根っこにあるのは劣等感なのでしょう。

存在不安や劣等意識が強い場合、そこからの逃げ方はいろいろありますが、その一つに頂点を目指して他を寄せ付けないことで安心を得るという方向があります。その方法をとる人々は、地位・名誉・財産などで自分を高みに置き、決して他人と同じ位置に立とうとはしません。藤原一族にとって、自分たちを追い抜いて昇進していく道真の存在自体が「不安」だったことでしょう。

不安要因は徹底して排除する―
藤原一族によって太宰府に封じられた菅原道真の身の上に、世の人々は
藤原一族によって封じられた神・瀬織津姫を重ねたのでしょう。

そして、道真があたかも瀬織津姫の子であるかのような伝説が生まれたのでしょう。(安倍晴明が生まれた「葛の葉伝説」を思い出しますね)




その他の菅原道真伝説----------------------------------------

以下、wikiより

・江戸時代に書かれた『古朽木』によれば、道真は梅の種より生まれたという。
→「梅」=瀬織津姫でしたね。

・梅の花を好んだことで有名だが、桜花の美しさを「弥勒菩薩が悟りをひらくという龍華樹も遠く及ばない」と称えるほど好み、菊の花も若い頃から栽培するほど好んでいた。
→桜・梅・菊すべて瀬織津姫です。

・政治の合間に和歌を吟詠しては、その草稿を「瑠璃壺」に納めていたという。
→「瑠璃」=瀬織津姫です。

・道真が大宰府へ赴いたとき、宇佐のほとりで龍女が現れ、「瑠璃壺」を承ったという。
→「宇佐」「龍女」から、宇佐神宮の比売大神を想起します。

・延喜2年(902年)正月7日に道真自ら悪魔祓いの神事をしたところ、無数の蜂が参拝者を次々と襲う事件がおきた。そのとき鷽鳥が飛来して蜂を食いつくし、人々の危難を救ったそうで、それが鷽替え神事の由来とされています。
→次の記事で。

・道真が賊に襲われたとき牛が身をていして守ってくれた伝説があります。
→牛=瀬織津姫ですね。

・道真が難破に巻き込まれたとき昔飼っていた愛犬の霊が宿った犬石が助けてくれたという犬島伝説(←岡山の犬島にあるのは桃太郎伝説ですね)
→後天八卦で瀬織津姫を表す西の兌宮は歯や口を表し、動物では牙を持つ動物ですから、猫が瀬織津姫の使いと見なされたように犬もそうだったのでしょう。

(以上、詳しくは「瀬織津姫の異名(別名)&二柱を表すもの」をご覧ください)



-------------------------------------
・元慶8年(884年)、道真が40歳の頃に叔母である覚寿尼のいる道明寺に4~7月まで滞在した。その時、夏水井の水を汲み青白磁円硯で、五部の大乗経の書写をしていた。すると、二人の天童が現れ、浄水を汲んで注ぎ写経の業を守護し、白山権現、稲荷明神が現れ、筆の水を運び、天照大神、八幡神、春日大明神が現れ、大乗経を埋納する地を示したという。そこに埋納すると「もくげんじゅ」という不思議な木が生えてきたという

・寛平8年(896年)2月10日、勅命により道真が長谷寺縁起文を執筆していたところ、夢に3体の蔵王権現が現れ、「この山は神仏の加護厚く功徳成就の地である」と、告げられたという。

・左遷のおり、道真の母の霊が息子を心配し、京都伏見稲荷大社から稲荷神を遣わせ、大宰府の石穴神社に鎮まったとする伝承がある。稲荷神は、道真の配所に稲穂を届け飢えを救ったという。

・晩年、道真は無実を天に訴えるため、身の潔白を祭文に書き、七日七夜天拝山山頂の岩の上で爪立って、祭文を読上げ天に祈り続けた。すると、祭文は空高く舞上り、帝釈天を過ぎ梵天まで達し、天から『天満大自在天神』と書かれた尊号がとどいたという。

*上記に出てくる「白山権現」「稲荷明神」「天照大神」「八幡神」「春日大明神」「蔵王権現」「梵天」・・・既に書いた神仏も書いていない神仏もいますが、瀬織津姫の権現です。





「飛梅伝説」と「飛松伝説」-----------------------------

さて、道真の伝説で最も有名なのは「飛梅伝説」ですね。

道真が太宰府に左遷されたとき、桜は悲しみのあまりみるみるうちに枯れてしまったが、梅と松は空を飛んで道真の後を追った。
ところが松は途中で力尽きて、摂津国八部郡板宿の丘に降り立ち、そこに根を下ろした(→「飛松岡」→「飛松伝説」)。
ひとり残った梅だけは、見事その日一夜のうちに大宰府まで飛んでいったという伝説です。

その飛梅が太宰府天満宮のご神木となっていますが、品種は「色玉垣」(極早の八重咲き)だそうです。「早」の「八」ですから瀬織津姫。

道真に国常立神を仮託するのであれば、松(国常立神)と桜(瀬織津姫)はどこかでご退場願って、道真と梅の組み合わせにしたかったのかもしれません。それに道真が飛ばされたのが梅の季節でしたから、ちょうどよかったのでしょう。



見事な梅ですね~↓
枝垂れ梅05
枝垂れ梅05 posted by (C)ろごきっと

降るがごとし
枝垂れ梅07
枝垂れ梅07 posted by (C)ろごきっと






ところで、藤袴は絶滅危惧種だそうです。
藤袴を救うために「御所藤袴の会」が立ち上がったそうです。
御所藤袴の会


【原種の藤袴とアサギマダラ(嵯峨水尾)】





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