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「全身全霊」の明仁天皇と美智子皇后

2019/05/01(Wed) Category : 見方・考え方・価値観-パラダイム
令和元年おめでとうございます。

平成の開幕は昭和天皇の崩御に伴うものでしたから閉じた重たさがありましたが、譲位による今回の改元は、明仁天皇への感謝と新天皇皇后への期待が合わさって祝賀ムード一色でした。

私も昨夕からテレビ漬けとなりましたが、「全身全霊」という言葉が改めて身に沁みてきました。いえ、「全身全霊」という言葉が、初めて“実”を伴う言葉として聞こえました。それは、明仁天皇が使われたからです。

『象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば』(平成28年8月8日)の中で、次のように仰られています。

『既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。』

「象徴」に実体を与えていくこと―そこに一心に尽力してこられた方のお言葉だからこそ、「全身全霊」という実体のない言葉に魂が宿ったのだと思います。



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この思いは、『プリンセス美智子さま物語 知られざる愛と苦悩の軌跡』を見てさらに深くなりました。

見合いが常識であった時代に、自分の目で后を選ぶ決意をされていた明仁殿下。母親の香淳皇后以下旧華族がこぞって大反対する中で、よくぞまぁ意志を貫かれたと思います。

その強い意志の背景にあったのは、持統天皇と同じく孤独感―3歳で親から引き離すという皇室の伝統の中で味わった孤独と、人間を道具扱いすることへの哀しみが、あの穏やかな表情の後ろに隠されていたのかもしれません。

天皇の即位を庶民も見物するという開かれた時代もありましたが、天皇を支配者として利用したい明治政府によって天皇は神格化され、民と隔てられました。そして、3歳になると家族から引き離され、愛を育むことよりも統治者としての能力を育むために帝王学が授けられました。

明治政府の頃は、日本地図の上に天皇が足を置くという儀式まであったそうですから、「王道」ではなく「覇道」を目指していたのでしょう。けれど、列強と覇を競ったわけでもありませんが(でもそうなってしまうのですが)、戦争に敗れ、天皇は象徴、主権は在民となって新たな国体がスタートします。



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昭和天皇は支配者から象徴へとその位置づけが大きく変わりましたが、明仁天皇は最初から象徴という位置づけを担った天皇でした。
自らが欲した家族愛、その家庭を破壊する最たるものが戦争、その戦争を深く悔いた昭和天皇―それらの思いが重なって、戦争を否定し家族愛を実現するという強い意志が生まれたのかもしれません。

そして、家族愛を実現する道の第一歩として恋愛結婚でなければならなかったのでしょう。けれどその矛先は当然美智子様に向けられます。

天皇の意志を現実化するためには、美智子様は自分で手料理を作り、病院で出産し、自ら母乳を飲ませ、家族で子を育てる―という“当たり前”のことをしなければなりませんが、そのことごとくが皇室&旧華族にとっては“伝統破り”なこと。そのストレスから一人引きこもってご静養されるほど、風当たりは相当に強いものだったようです。

『プリンセス美智子さま物語』では、美智子様と旧華族の間に東宮女官長が立たされます。最初は立場やしきたりを美智子さまに教え込んでいこうとする女官長ですが、相反する2つのもの―伝統も学び、天皇の意志も実現しようと粉骨砕身で尽力する美智子さまのお姿に心を動かされていきます。そして、ついに美智子さまの盾となって旧華族に啖呵を切るのですが、胸がすく場面でした。



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ドラマを見ていて思い出したのは、ヘドロのゴミ捨て場を渡り鳥の飛来地に変えた森田三郎さんや、「奇跡のリンゴ」を産み出した木村秋則さんのこと。三郎さんは「きちがいの森田」と敬遠され、秋則さんは「かまど消し」と蔑まれました。

それぞれ、「たった一人」から始めたお二人。常識(伝統)の壁と巨大な組織連合の壁が立ち塞がります。それが正しいことであろうと、後の世には当たり前になることであろうと、そうなるまでは“前例にない”ことであれば、様々な組織が巨大な壁となって潰しにかかってきます。

美智子さまと木村秋則さんが重なりました。
また、矢尽き刀折れそうな木村秋則さんを救ったのがご家族であったように、美智子さまが強いストレスで引きこもってしまわれたときに救いとなったのも、天皇とお二人で築き上げた家族(愛)でした。



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しかし、天皇を神格化して支配に利用したい勢力もいるでしょう。その勢力にとっては国民の傍らにありたいという天皇の意志は邪魔であったかもしれません。

そういう勢力にとって、1991年の雲仙普賢岳災害で天皇がワイシャツ姿で被災者の中に入っていく姿は許しがたいものだったのでしょう。マスコミを利用した皇室バッシング(“威厳がない”など、開かれた皇室への批判)があったようで、93年の奥尻島の津波被災のお見舞い時にはスーツ姿になっていました。

が、既に幾多のバッシングを乗り越えてこられた美智子皇后が支えられたのだと思います。お二人で十分に話し合われ、決意と意志を固められたのでしょう。
95年の阪神大震災の時の両陛下のお姿は、積極的に民の間に入って行かれる主体性を取り戻されていました。気持ちと共に活き活きと行動されているお姿の背景に、意志と決意が垣間見えるようでした。

凄い!
私たちは、凄いものを見せられていたわけです。

天皇に、平和とその根底をなす家族愛への強い意志があり、
皇后はその実現のために現実の壁と全力で向き合われたこと。

天皇は皇后を守り、皇后は天皇を支え、
2人が揃わなければ、この壁は乗り越えられなかっただろうということ。

お二人は“戦友”だということ。

私たちは、素晴らしいモデルを目の当たりにさせてもらっているわけです。これほどありがたいことがあるでしょうか。



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持統天皇は、自らが支配者(誰にも手出しができない最高権力者)となることで不安から逃れようとしました。町自体を自分の守りとするために条坊制の要塞(都)を築き、法律と刑罰で自分を守り(律令)、我が子も含めて自分の道具になり得ない人々は抹殺しました。

けれど、持統天皇が整えた“形”は、内なる不安が形となったものですから、結局は不安が拡散されていくことになり、怨霊など不安に満ちた時代が幕を開けました。

明仁天皇は、持統天皇が捨てた家族を取り戻されました。
もの凄い偉業をされたなぁと、つくづく思います。



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その偉業達成をなしえた姿勢が、冒頭のお言葉の中に述べられています。

『いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています』

持統は自らを社会の外に置こうとしました。人が手出しできない神(現人神かつ外在神)になり、だからこそ神官の殺戮もできたわけです。一神教において他の宗教の神は悪魔ですから、“正義”と信じて殺戮ができます。

人を戦地に送り込む権威として天皇を利用すべく、この発想を用いたのが明治政府でしょう。神仏分離令によって聖武天皇が神仏習合の形で復活させていた二柱を再分離させ、国家神道(天皇を現人神とする一神教)を前面に出しました。

それに対して痛切に反省されたのが昭和天皇です。深い反省(強い悔い)は、同じ道をたどろうとしたときに歯止めになります。私たちも、「悔しい!」という言葉を声に出して強く実感したときに、ふと脚本に踊らされそうになるときのブレーキになるのです。

そして、続く明仁天皇は『いきいきとして社会に内在』することを選ばれました。生きた人間として民と共にあることを決意されたわけです。イギリスも同じ島国であり君主国ですが、英王室は民とかけ離れた存在として外在しています。ここがかの国(分離の思想)と我が国(和の思想)の違いなのです。



『私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。』

上記のお言葉は、天皇の部分を「社長」「父親」、国民の部分を「社員」「家族」と置き換えて読んでみると、それが組織の長(社長、父親等)にとって必要な姿勢であることが分かります。



それは次のお言葉にも言えます。
『天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。』

結婚したから夫になるのではなく、子ができたから父親になるのではありません。無意識ながら「親の子」のまま、夫にも父にもならずに生きている人も多々いらっしゃいます(もっと言えば、程度の差はあれど全ての人が「母親一神教」ですから、脳内母親以外とは繋がらずに生きていますが)。

ですから、『父親もまた,自らのありように深く心し,家族に対する理解を深め,常に家族と共にある自覚を自らの内に育てる必要』があるのです。



『これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。』

激務の中にあって両陛下の旅は、47都道府県の二巡目を終えたそうで、頭が下がります。各地に足を運ぶこと―これが民の傍らに居る、という理念の“実”でした。両陛下のお姿を見るだけで氣が上がり、その地が軽くなったことでしょう。

そして何より、地域を、自然を愛する人々を見て「幸せ」と感じる天皇をいただけたことが、本当に幸せです。持統のような天皇が登場すれば、一挙に闇夜になってしまうでしょう。明仁天皇は「岩戸開き」をされたのだと思います。



『これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。国民の理解を得られることを,切に願っています。』

先の記事で書いた通り、明仁天皇がなされたことは、巨視的に見れば大化の改新を覆す革新だったと思います。すべからく新しいことは、既存組織にとっては邪魔なことですから、旧に復する衝動は出てくるでしょう。

だから、後を継ぐ天皇を今度は上皇となって守らなければなりません。そのため生前譲位となったのではないでしょうか。



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戦争は形を変えて続いています。
外に手を取られるために、家庭はおろそかになり、子どもだけで食べる家庭内孤食はついに6割を超えたそうです。これは不安の連鎖を拡大させていくことになるでしょう。

天皇も「全身全霊」で闘っていらっしゃいます。
その闘いとは、自然(人も自然の一部)と共に生きる、という価値観を広める闘い。それが究極的には戦争を無くす道ですから、私たち一人一人がその生き方を体現していかなければなりません。

両陛下とも国を背負った激務の中で闘われていました。
私も、両陛下ほど超人的にはなれませんが、少しでも続きたいと思います。

父親としてどう闘うかは、天皇の言葉に示されています。(下記は前出の通り読み替えたものですが)
『父親もまた,自らのありように深く心し,家族に対する理解を深め,常に家族と共にある自覚を自らの内に育てる』こと。

母親としてどう闘うかは、皇后の行動に示されています。
自分で手料理を作り、病院で出産し、自ら母乳を飲ませ、家族で子を育てる―この当たり前のことを子どもの目を見、声を聴いてすることです。


けれど、何をするしないではなく、子(人)に対しては笑顔で見守る存在として在ること―そこにつきます。
両陛下が作詞作曲された「歌声の響」が沁みました。




【「歌声の響」 三浦大知】




いよいよ「令和」時代の幕開けです。
徳仁天皇と雅子皇后を心で応援しつつ、私は私にできることを全身全霊でやっていきたいと思います。















【ps】前記事のコメント欄でLGBTについてお問い合わせ頂きました。お問い合わせについてはコメント欄その他も含めてお返事することはしておりません。が、それに対する回答のようなものが記事になることもあります。LGBTについては、これを機に書いておこうと思いましたので、いずれ記事にさせていただきます。



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