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「長いお別れ」 5.遊園地:繋がった昇平と繋がらなかった曜子

2019/07/21(Sun) Category : 映画
【「長いお別れ」に見る家族問題】

遊園地の場面の不可解-------------------------------------------

曜子の姉妹に対する扱いの違いが現れている場面が、2011年春、昇平が行方不明になり、遊園地で発見された時のシーンでした。
何故昇平がこの遊園地に来たのか?その謎を探る内に、芙美が風邪を引いた翌日に母子3人で遊園地に来たことを思い出します。

曜子が、「芙美ちゃんが風邪を引いていて、雨が降りそうだったからお父さんが心配したのよ」というようなことを言います。するとカメラは昇平が持ってきた3本の傘を映し出しました。

曜子は、「お父さんは芙美ちゃんを心配した」と言っているわけで、その言葉を聞く子供達の心境を思うと痛々しい思いがします。
昇平は3人の心配をしていることが傘によって分かります。にもかかわらず、特に次女のことを心配したことにしているわけです。これでは、昇平、麻里、芙美全員が浮かばれません。


そもそも、雨の予報があり、次女も風邪気味ならば、何故行ったのか?
また、傘を持って行けるくらいなら、なぜ最初から家族全員で行かなかったのか?
家族で行く計画を立ててきた目から見ると、違和感ありまくりです。つまり、そこにリアリティがなく不可解な謎だらけ。
けれど次のように想定すると、こういうシーンも「あるある」になります。





曜子が遊園地行きを強行した理由---------------------------------------

(想定)
脚本を生き続けること=自分(感情)を無視し続けることなので、ストローク飢餓(自分の存在を確認したいという飢え)は深まっていく。
自分が何かを仕掛け、相手がそれに反応することで、ここに自分がいると確認できる(飢えは一時的に満たされる)ので、自分の存在確認をするためにそういう仕掛けをし続けていくことになる。

昇平が休みのある日、次女が風邪気味で、かつ雨が降りそう、という条件が揃ったので、曜子は仕掛けることにした(←いつも腹ぺこなので、エサ(ストローク)にありつけるというチャンスをストローク飢餓者は逃しません)。
これで家にいる昇平(曜子の代理母)は「私」のことを気にすることになるだろう―と、計画した時点で既に仮想ストロークを得ている。

(なぜ「私」のことを気にすることになるのかの解説は後ほどしますが)
曜子は自分に意識・視線(ストローク)を集めるために子供達や遊園地、天候を利用している。脚本を生きる人は自分の人生そのものが道具なので、子供達を道具にすることも当たり前すぎてそこに罪悪感などはない。逆に、罪悪感なく子供を道具にするために、表層意識では「子供達のため」と思いこんでいる。
(←子供のために遊園地に行っているのではないことは当事者の子供の“気持ち”が一番よく分かっているでしょう)。

もし、子供達が元気で天気もよい日であれば、母親一神教で生きている昇平はなんの心配も無く送り出すだけで終わることが想定できるので、逆に遊園地には行っていなかっただろう。
ということは、これを仕掛けた理由は、その仕掛けに昇平が反応すると曜子が踏んでいたから。恐らく心理的ネグレクトだった昇平は、風邪気味なのに連れてこられた次女に同情(自己投影)すると想定できたからだろう。

一方の昇平は、この計画を知ったときに少し気になったかもしれないが、曜子によって子供達から微妙に遠ざけられているので一緒に行くことができなかった。けれど、いざ雨が降りそうと思ったときに、矢も楯もたまらず傘を3本持って出た。
―こういうストーリーが考えられます。


昇平にとっては、家族と繋がりたい衝動が、「子供と繋がるな」という代理母(曜子)の禁止令を乗り越えて行動させた―初めてインナーチャイルドの意志で行動した日、そういう日だったのではないでしょうか。





自分(気持ち)が自分に「帰る」ことができた日--------------------------

「人と繋がるな」=「母親以外と繋がるな」という禁止令の根底にあるのは「自分と繋がるな」です。自分が自分(気持ち)と繋がらない=インナーチャイルドを封じることが、脚本人生を生きるスタートです。自分が気持ちと繋がっていないので、当然、人の気持ちなど理解しようがありません。

けれど、現実は利用するものでしかない脚本人生にとってはその方が都合がいいわけです。こうして「脚本で生きる自分」は「本当の自分(感情)」を疎外し続け、さらには認知症に落とし込んで、それををどんどん進ませていきました。

そのなす術がない中にあって、昇平は「帰る」と言い続けていました。
【「長いお別れ」~父のこと6.「帰る」場所を探し続ける理由】で書きましたが、自分本体(感情)の居場所は自分ですから、「小さいちゃん(インナーチャイルド)」が、自分に向かって「帰る」と呼びかけ続けていて、それを口にしていたのでしょう。

そしてあの日、昇平は「繋がるな」という禁止令のバリケードを飛び越え、「家族と繋がりたい」気持ちのままに行動しました。この日初めて、自分(気持ち)は自分に「帰る」ことができたのです。

昇平が帰りたかった場所―それは、自分が気持ちで行動できた日=自分と自分(気持ち)が繋がった日=自分(気持ち)が自分に「帰る」ことができたこの日であり、その象徴とも言うべきあの遊園地だったのではないでしょうか。





「自分と脳内母親だけの世界」に生きる曜子------------------------------

一方の曜子は、傘3本は完全に無視します。というのも、代理母(昇平)が自分以外を見ることはあってはならないからです。そして、自分が仕掛けた想定通りのストーリーを言葉にします。それは、子供達に聞かせているようでいてそうではなく、自己洗脳してこの現実の中で虚構界を完成させるためです。

それが、「芙美ちゃんが風邪を引いていて、雨が降りそうだったからお父さんが心配したのよ」→「お父さんは芙美ちゃんを心配した」というストーリーでした。

先に見た通り、芙美=自分の手足=自分自身ですから、「お父さんは芙美ちゃんを心配した」は、曜子の脳内では「お父さんは曜子ちゃんを心配した」→「(代理)母は曜子ちゃんを心配した」にすり替わっています。

恐らく、曜子が小さい頃から「母が自分のことを心配してほしい」と願っていた願望が、この時に成就したのでしょう。「母が自分のことを心配して来てくれた」という理想世界(虚構)が、この現実界に落とし込まれたのでした。

麻里は自分を見る「目」の役であり、自分の脚本人生の“証人”ですから、そこにいるだけでいい。それ以上に求めることもありません。



なお、ここで分かる通り、初めて4人が揃ったこの遊園地の場面でさえ、曜子の脳内世界にいるのは「曜子と脳内母親だけ」なのです。このように常に「自分と脳内母親だけの世界」にいるのが母親一神教の住人達であり、それは脚本(虚構)を生きている人全てに言えることなのです。










【玉置成実「REAL」】






<続く>



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