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存在不安の国(米国&中国)と「空母いぶき」

2019/07/30(Tue) Category : 映画
前記事で書きましたが、父と同居して分かったことは、現家族を守るためには闘う必要があるということでした。

これが別世帯であれば、実家が酷い空間になっていったとしても、それは彼らにとってその方が安心できる(感情が出なくてすむ)からそうしているわけなので、それをとやかく言う必要はありません。

が、同居するとなると、父が自分の居心地がいいように改変していくことは、私たちにとっては不快と危険の増大ですので、そうさせないために闘う必要があったわけです。

また、これは「生きる構造・求める環境・目指す方向」の違いですから、どちらがいい悪いではなく、そう在らねば生きられない―ただそういうことなので、価値観を合わせることは不可能です。

結局、相手の安心空間(不快・危険)とこちらの安心空間(快・安全)の住み分けをする必要が出てくるわけで、これは仕方がありません。
そして、境界を設けたら、そこからこちらへは侵犯されないように境界を守る必要があります。それが子や孫を守る親の責任です。

そういう最中に見たのが「空母いぶき」でした。





★「存在不安の国」中国--------------------------------------------------

映画で出てくる敵は架空の国ですが、コミックでは中国です(いずれ読んでみたいですね)。

中国は古来西から脅かされ続けてきました。
「キングダム」はコミックも映画もとても面白かったですが、始皇帝は東進してきたイスラエル人だった可能性があります。

以下は、そういう説があると言うことですが、これぞ中国文明と言ってもいい隋、唐の建国者もモンゴル人の鮮卑族。
宋はトルコ人の沙陀族。
元はモンゴル人帝国。
清は満州人、女真族。
かように中国という大地を支配したのは、漢民族だけではありませんでした(漢民族の王朝は漢や明など)。明が最後の漢王朝で、その後清が支配します。

日清戦争により、台湾、朝鮮、チベット、モンゴルなどが独立していくわけですが、漢民族もまた女真族の支配から解放されたという見方もできるでしょう。

異民族に蹂躙され続けてきた歴史を持つこの国は、言わば「存在不安の国」です。中国を一人の人間と見なせば、親に捨てられ、虐待を受けてきた子供と言っていいかもしれません。

苛酷な目に遭った人は選民思想を持ちます。こんな苛酷な目に遭うのは自分が神に選ばれたからだとでも思わないと釣り合いが取れないからです。奥底に強い劣等感があるから、強烈な優越感を持つことでバランスをとろうとするわけで、それは個人レベル、民族レベル、国家レベルのいずれでも見られます。中国の場合は、それが中華思想として現れました。

そしてやることは、存在不安者が行うことと同じ次の2つをするわけです。
1.感情を見たくない人は空間を不快&危険なものに作り変えようとする
2.ストローク飢餓者は空間を侵食しようとする

前記事で見た通り、これは自分たちが安心できる空間を作るためにやっていることですから、黙っていれば終わりなく浸食していきます。

中国は、その浸食を正当化するために共産主義を手に入れました。社会の最終形態として共産主義になることを是とし、かつそれを世界的に広めていくことが正義だとしているわけです。ですから、ウイグル人の洗脳(民族浄化)も正義として行なえるわけです。

私たちはそれに経済的観点からの理由を付けて中国の拡張主義と呼んでいますが、中国が共産主義に染まったのも拡張していこうとするのも、その根っこにあるのは存在不安なのでしょう。





★「存在不安の国」米国-----------------------------------------------

さて、米中覇権戦争の最中なので、アメリカについても見ておきましょう。

アメリカは、イギリスの迫害から逃げたメイフラワーの人々が建国の始祖(ピルグリムファーザーズ)と言われています。彼らはまずイギリスからオランダに逃げましたが、そこに住む内に子供達がオランダ化していくのを見て、自分たちの信仰や価値を守るために移住してきた意味が失われることに危惧を感じ、新大陸(アメリカ)に渡ることにしました。

つまり、他と同化せず、自分たちの価値を押しつけることが正義という考え方の集団がアメリカに渡ったわけです。その半数はピューリタンで、ピューリタンとは「純粋なプロテスタント」―プロテスタント原理主義ともいうべき頑迷な人々です。

これを個人と見なすと、ピューリタンは親(イギリス)から虐待された子供で、心の底には認めてもらえなかった劣等感、存在不安があります。おじさん(オランダ)の所に逃げましたが、今度はそこで感化されることが、彼にとっては許せませんでした。

というのも、ただ一人孤独に逃げてきた彼を支えるのは、唯一自分の持つ信仰しかなかったからです。それが侵されてしまえば、もはや彼を支えるものはなくなってしまいます。彼は一神教の世界から逃げ出さざるを得ず、イメージとしては自分を脅かす者が誰もいない新大陸へと逃げたわけです。


大陸にはインディアンがいました。
私は、インディアンは縄文末裔と捉えています。山岳民族かつ海洋民族の縄文人は新大陸に渡り、そこで船を馬に乗り換えて大陸を闊歩しました。
自然と共存する和の民族ですから、ピューリタンの人々にも土地を与え、色々と教えました。

けれど、自分たちの価値観と信仰を守るために逃げてきたピューリタン達に、他の文化から学ぶ姿勢などありません。どころか自分たちの勢力を拡大することが是ですから、あとはそれを正当化する理屈を付けるだけ。

彼らは自然と共存しているインディアン達を、資源を活用する術を知らない未開と見なし、資源を活用できる知恵を持つ自分たちこそが神の御心に沿うと理屈づけ、インディアンから土地を奪うことは正義だと大義名分を整備しました。

そして、西へ西へと駆逐していくわけです。ここではアメリカ史を語ることが本筋ではありませんのでごく大雑把に述べますが、やがてゴールドラッシュが起こり、西端へ到達します。

けれど、もちろんそこで終わりではありません。自分の心と繋がらない限り安息は訪れませんから、存在不安者のやることに終わりはありません。そこから太平洋をさらに西進するわけです。で、到達したのが日本でした。縄文末裔の本体に出逢ったのです。

さて、どうするか。アメリカ史を見て分かることは、ピューリタンが新大陸でやってきたことは「追い出し+略奪」、もしくは「焦土化+略奪」です。自分たちの価値以外認めないわけですから、追い出すか皆殺しにするか、いずれかしかないわけです。

列島をぶんどるためには、日本人を追い出すわけにはいきませんから、残る選択肢は「焦土化」です。それが大都市を焼け野原にする大空襲であり、原爆でした。戦後、列島分割をさせなかったのは、日本人を洗脳して不沈空母として利用するためだったでしょう。





日本が折れない理由-------------------------------------------------

さて、ここで言いたいことは、アメリカと中国はよく似ているということです。両者とも「存在不安の国」。中国の不安が現れているシンボルは「万里の長城」。米国の不安が現れているシンボルは「銃」。

両国ともいわゆる拡張をしていくわけですが、拡張を正当化する理屈として中国が採用したのが共産主義。アメリカはピューリタニズムを基本原理として、それに自由主義やグローバリズムを載せて正当性を強調しました。

やり方もよく似ています。アメリカは抹殺(焦土化)、中国は洗脳(民族浄化)です。

で、存在不安の中国は元寇の時に日本に押し寄せ、存在不安のアメリカはペリーを皮切りに日本に押し寄せ、そして、第二次大戦の時に全力で焦土化しようとしたわけです。

つまり、二大「存在不安大国」に挟まれているのが日本です。そして、日本はしなやかにしたたかに生き続けました。
その第一の理由は、心(天皇)が折れなかったからです。(私も若い頃は天皇や自衛隊に無関心で、国歌斉唱には抵抗がありました。教育とか雰囲気の影響は大きいですね。けれど今は、天皇制こそが日本を守っていると思っています)


日本が折れない理由の2つめは、日本人が自然(国土)を愛しているからです。それは万物に宿る神を愛しているからで、無宗教ではありません。
共産主義(中国)も資本主義(アメリカ)も、所詮は自然を資源としか見ない紛い物。一神教も人間にしか魂を見ない宗教に堕しています。


では何故愛しているのか。それは自然が智恵と成長を与えてくれることを知っているからです。衣食住にしろ、科学にしろ、芸術にしろ、全て自然からの学びと恵みで成り立っています。
日本人が完璧主義なのは、自然が完璧だからです。日本人は生活自体が芸術だと言われるのも、生活に自然を取り入れ、自然と同化しようとしているからです。
この実際的な恩恵があるからこそ、机上の空論ではなく自然を大事にしているわけです。これが3つめの理由。


そして4つめは、過去に文化の抹殺&完全支配を経験しているからです。しかも、あろうことか天皇によって。そう、持統天皇ですね。つまり、中国やアメリカが侵略してくるはるか以前に、日本は天皇によって過去の文化を抹殺され書き換えられ、血脈を断たれたという苛烈な体験があるのです。

けれど、瀬織津姫神社が様々な神名に変わり、かつ習俗も由来を変えて生き延びたように、最高権威の弾圧によっても文化を抹殺することはできませんでした。
また、高度成長時に列島の自然は分断され、人工物で覆われ、化学物質やゴミで汚染されていきますが、再び自然回復の努力がなされています。

これらの数世紀にわたる体験から、支配者がいかように変わろうとも、自然を愛し、自然と共存していくメンタリティが変わらなければ日本という国体は護持できることを知っています。対自然のエキスパートである「職人」を大切にする限り、日本は大丈夫です。

また、この時の体験から、強烈な支配欲の裏に潜んでいるのは強い存在不安だということも知っています。その不安に怯える者は諭しようがありません。存在不安に火がつけばカオナシのように暴れ回るだけですから、銭婆(ぜにーば)が「そこにいていいよ」とカオナシの居場所を作って大人しくそこに収まっているように、ある意味列島は、持統天皇に「そこにいていいよ」と居場所を作ったとも言えるでしょう。(人間次元で言えばそこには凄まじい確執がありますが

つまり、世界の覇権争いの根っこにあるのは存在不安であり、そこはどうにもしようがありませんが、存在不安者の浸食が日本にまで及んでくるとなると火の粉は払わなければならないわけです。私が父と“戦闘”したように。

列島という龍体が自然を愛する日本人の心を育んでいますので、列島(龍体)の風土や生態系を守らなければなりません。それは水源を外資に売ろうとする日本の政治からもです。

存在不安者は自由を怖れ、監獄の中で安心します。「支配なんかしねえよ。この海で一番自由なやつが海賊王だ!」というルフィの言葉が沁みますね~。

この海で一番自由な奴が 海賊王だ





「空母いぶき」に見る戦闘と戦争---------------------------------------

さて、存在不安者は自分にとって居心地のいい空間を作っていくために拡張していこうとしますので、米中が衝突するのは当然でした。その狭間にあって旗幟を鮮明にしなければならないのは、列島及び朝鮮半島です。

日本は天皇制を否定する共産主義(中国)は選びませんが、事大主義の韓国はどうやら中国を選んだようです(儒教的序列で中国>韓国>日本となっているようですね)。
となると、情報戦が主役である覇権戦争の最中、韓国の半導体技術が中国に供給されるのをアメリカはよしとしないでしょう。だから、アメリカは韓国の半導体分野を「焦土化」する必要があります。日韓問題の背景には、そういう目論見も隠されていそうです。

まぁ、直近のことはともかく、存在不安者がいなくなることはありませんので、そこが浸食してくるとき日本を守る防衛力は持っていなければなりませんし、日々対処していることが抑止力になります。

そして万一事が起こってしまった場合、一体どう対処するのか?
それが見事に描かれていたのが、「空母いぶき」でした。




【「空母いぶき」】


侵入国は戦争するために向かってきています。先方に迷いはありません。それが一瞬の勝敗を分け、その連鎖が拡大して国を惨めなところに追い詰めていく―始まってしまえば正義もへったくれもなく勝つか負けるしかない―それが戦争です。

そういう個々の戦闘において、「戦争」にしないために必要最低限の自衛のための「戦闘」とはどうあるべきかを、喫緊の状況に即して判断し実行する・・・無理だろう、と思います。

それが成功しなければ、幾何級数的に味方の命が失われてくことになるわけですから、失敗は許されないという重圧も凄い。相手も勝たなければなりませんから、そこを突いてくるでしょう。

勝つためには兵器を操る人間を殺さなければならない。当然のことです。けれど、自衛隊の戦い方は、なるべく殺さずに兵力を無力化することを狙うわけです。なんとまぁ、これまでの世界史にあって決してなかった人道的な戦闘を選んでいます。こういうことを考えながら闘うなど、人類史上初ではないでしょうか。

この不可能を、海戦、潜水艦戦、空戦のそれぞれでかろうじて成し遂げていくわけですが、「そうくるか!」と手に汗握る奇跡の連続でした。「身を切らせて骨を断つ」とでもいいましょうか、まさに(そうしなくても勝てるのに)捨て身。あくまでも自衛に徹する、かつ戦争にせず平和を維持するという、憲法精神が末梢神経にまで行き渡っているかのようなその闘いぶりは見事でした。

が、実際はなかなかこうはいかないでしょう。それに、敵を撃退できたのは、超人的な冷静さと判断力を持つ艦長がいたからですが、艦長がそこに専念できたのは、艦長を信頼するライバルかつ親友がいたから。この2人で、「思考」と「感情」の車の両輪役を果たしたわけで、これも希有なことでしょう。





戦闘にいきづく「忍者」の伝統---------------------------------------

この戦い方を見ていて、まるで「忍者」だと思いました。
三重大教授の山田雄司さんによれば、忍者とは「耐え忍ぶ人」―「心」の上に「刃」が当たっている状況で、どんなことがあっても忍耐して仕事をする。その仕事とは、戦争をさせないための情報収集です。それを、まさに「黙々と」やる。現代に名前が残っている忍者は中程度だと忍術書に書いてあるそうです。

まさに、あの戦闘こそ「心」の上に「刃」が当たっている状況。
いやはや自衛隊って「忍者部隊月光」だよな、と思いました。

こういう「忍の一字」のごとき闘いだからこそ、次の場面の「いてまえ!」でスカッとしたのでしょう。





つくづく思うことは、戦闘も戦争も怨嗟しか残しません。
だから、戦争をさせないためには、そもそも敵が攻めてこないように、隙を見せないこと。

「レレレのおじさん」が毎日外掃除している地域に不審者は現れないでしょう。庭掃除や家の周囲の掃除をきちんとしてその領域の秩序を維持しておくことが、部外者の侵入を阻むことになるわけです。

これを列島で言えば、庭や家の周囲は領海や排他的経済水域に当たるでしょう。列島である日本の領土は、むしろこれらの領海等の方が広い。領海等をちゃんと守ることができるように空母は必要だと思います。
全ては運用次第です。空母=攻撃用と一意に捉えるのではなく、「自衛のための空母」という捉え方は、領海等が広い日本においては妥当だと思いました。


ともあれ、是非見て欲しい映画です。
















【蛇足ですが…】
懐かしいね~。リメイクされないのかな。世界的に忍者ブームだし、戦争させないための月光の活躍を描くのも面白そう。


【忍者部隊月光】



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