なぜ小学生の校内暴力が増えるのか
2006/09/14(Thu) Category : 学校・教育・いじめ
小学生の校内暴力が過去最多になったことが、各新聞やテレビを賑わせた。メディアが伝えるコメントを概観すると次のような構図になる。
<原因>
家庭:父母の力がなく、大人と子供の境界もできていない
学校:文部省の指針と家族からの突き上げにより怒ることができない
↓
<結果>
子供のしつけができていないから、暴力が増える。
怒られなれていないから、怒られたときに暴力を振るう。
↓
<対策>
だから、もっと厳しく不寛容(ゼロトレランス)にしなければならない!
だから、もっと小さいとき-保育園や幼稚園の頃からしつけと教育をしなければならない!
オイ!オイオイオイオイ! オ~イ!!
因果関係を正しく把握しなければ、間違った対策になる。
間違った対策は、さらに問題を複雑骨折させるか悪化させる。
そして、やはり文科省は指導に乗り出してしまった。
このような場合はこのように指導しろと、やり方まで列挙した要領を作ったのである。
文科省は、まだ自分たちのやっている行為の意味が分からないのか。心理学者はいないのか。
「やり方まで列挙した要領を作る」ということは、「列挙してあるやり方でやれ。それ以外でやれば罰する」という禁止令を出していると言うことなのだ。
これで、教師はますます身動きがとれなくなる。今でさえ教師は管理に顔が向き、子供と向き合う時間が少ないというのに…。
正直私は、管理過剰のこの国から逃げ出したくなる。
国から親まで無意識に「禁止令」だしまくりのこの国で、子供たちの荒れる気持ちがよくわかる。
そして、私が今小学生で荒れていたら、「そういう子がいては困る」と言っていたコメンテーターの声に代表される父兄の声に押され、ゼロトレランスで厳罰を受けるのだろう…。
・ゼロトレランスでいじめは救われない
・自縄自縛の教育行政
今の子供たちは、既に生まれた直後からしつけと教育の競争の中にたたき込まれているのだ。
家も社会も監獄のようで息苦しいからイライラとなって荒れるのに、荒れたら管理社会から罰を受ける。救われない。
スケープゴートへの罰を目の当たりにする人間達は、去勢された子羊となる。救われない。
今、日本がどれだけ急速に息苦しくなりつつあるのか、わからないのだろうか。
子供は、この国の非人間性を感じている。
・ハラスメント・スクール
いや、子羊になった大人も本当は感じているはずだ。
今日都内某所で打ち合わせのため、お昼はサラリーマンがわんさかいる場所で久々にランチをとったが、とっっっっっても暗い!
暗い顔や険しい顔、そしてネガティブエネルギーの顔が確実に増えている。
活きていない。真っ当でない。
・教育大国ジパンでの生涯
ある工場では、工員の真上にビデオカメラがあり工員の動きを記録する。そして無駄な動きをチェックして、効率のいい動きを指導する。もはや工員は、効率のための「人間ロボット」である。
文科省の作ったマニュアル通り、こういう場合はこういう指導の仕方…これまた「人間ロボット」である。
まさにロボット大国日本!
日本は、既にジョージ・オーウェルの世界になってしまっているのかもしれない。
人間のロボット化とは、気持ちを無くしルールに従うこと。
ルールに支配され、ルールに服従するシステム。
支配と服従が当たり前になる人間関係(ロボット関係)。
相手を操作し、関係を支配と服従に持ち込むことが本質のモラハラ、パワハラ、セクハラ、ドクハラ、アカハラ…あらゆる業界にハラスメントが蔓延するのは当たり前だ。
人が人でなくなり、モラルが壊れているのだ。
・奈良市職員の長期欠勤問題~人間のロボット化
・急増!ハラスメント用語
あらゆる現象がこの国の危機を訴えている。
残業過多。
家庭の空洞化。
ロボット化した親による子供の支配。
意味もわからないままに、親から押しつけられるスケジュール。
監獄のような家庭。
支配から逃れられる空間になってしまった独房(個室)。
自分を守るために引きこもるしかない。
人間関係を紡ぐ根源的な場である食事。
が、気持ちを受け止めあう人間らしい会話の喪失した食卓。
子供が描く記号化した人間は、まんまロボット化した親を表しているのだろう。そして、個室での孤食がラクだと言う子供たち。
ロボット化した父親には示すことができない↓
生身の人間としての父親モデル。
ぬくもりのある家族モデル。
支配と服従の関係ではない自律した対等な夫婦モデル。
そしてなにより、レールがない生き方モデル。
会社の規範は社会の規範ではない。
だから、規範も教えられない。
背骨も作れない生きづらさを抱えた20代~30代。
ロボット大国日本から、「感情」がどんどん疎外されている。
感情は取りも直さず自分そのもの。
だから、日本は「人間」を疎外している。
「人間を幸福にしない日本というシステム」―カレル ヴァン・ ウォルフレンの言うとおり。
だから、カウンセリングは封印したり抑圧したりしている感情を掘り起こし直視するところから始まる。
感情を取り戻すことが人間に戻ること。
封印していた感情まで認めてあげることが、自分が全き人間になること。
うつが増えるのは当たり前だ。感情を締めだして働いているんだもの。
・「人間がシステムに敗北している」~後追い自殺のニュースを見て
この国のあらゆる悲劇の原因は、人を「コントロール(支配・制御)」しようとすることにある。そのために「気持ち(感情)」を排除しようとすることにある。
コントロールは押しつける(push)すること。
聴くことは、引き出す(pull)すること。
すでに時代はプロダクトアウト(push)の工業化社会から、
マーケットイン(pull)の情報化社会に移行している。
コントロールを手放せ。
気持ちを聴く訓練を全国的に行え。
その昔日本は、「思いやりの国」と呼ばれ、世界から尊敬されていた。
・「笑顔の国」から「怒りの国」へ
<原因>
家庭:父母の力がなく、大人と子供の境界もできていない
学校:文部省の指針と家族からの突き上げにより怒ることができない
↓
<結果>
子供のしつけができていないから、暴力が増える。
怒られなれていないから、怒られたときに暴力を振るう。
↓
<対策>
だから、もっと厳しく不寛容(ゼロトレランス)にしなければならない!
だから、もっと小さいとき-保育園や幼稚園の頃からしつけと教育をしなければならない!
オイ!オイオイオイオイ! オ~イ!!
因果関係を正しく把握しなければ、間違った対策になる。
間違った対策は、さらに問題を複雑骨折させるか悪化させる。
そして、やはり文科省は指導に乗り出してしまった。
このような場合はこのように指導しろと、やり方まで列挙した要領を作ったのである。
文科省は、まだ自分たちのやっている行為の意味が分からないのか。心理学者はいないのか。
「やり方まで列挙した要領を作る」ということは、「列挙してあるやり方でやれ。それ以外でやれば罰する」という禁止令を出していると言うことなのだ。
これで、教師はますます身動きがとれなくなる。今でさえ教師は管理に顔が向き、子供と向き合う時間が少ないというのに…。
正直私は、管理過剰のこの国から逃げ出したくなる。
国から親まで無意識に「禁止令」だしまくりのこの国で、子供たちの荒れる気持ちがよくわかる。
そして、私が今小学生で荒れていたら、「そういう子がいては困る」と言っていたコメンテーターの声に代表される父兄の声に押され、ゼロトレランスで厳罰を受けるのだろう…。
・ゼロトレランスでいじめは救われない
・自縄自縛の教育行政
今の子供たちは、既に生まれた直後からしつけと教育の競争の中にたたき込まれているのだ。
家も社会も監獄のようで息苦しいからイライラとなって荒れるのに、荒れたら管理社会から罰を受ける。救われない。
スケープゴートへの罰を目の当たりにする人間達は、去勢された子羊となる。救われない。
今、日本がどれだけ急速に息苦しくなりつつあるのか、わからないのだろうか。
子供は、この国の非人間性を感じている。
・ハラスメント・スクール
いや、子羊になった大人も本当は感じているはずだ。
今日都内某所で打ち合わせのため、お昼はサラリーマンがわんさかいる場所で久々にランチをとったが、とっっっっっても暗い!
暗い顔や険しい顔、そしてネガティブエネルギーの顔が確実に増えている。
活きていない。真っ当でない。
・教育大国ジパンでの生涯
ある工場では、工員の真上にビデオカメラがあり工員の動きを記録する。そして無駄な動きをチェックして、効率のいい動きを指導する。もはや工員は、効率のための「人間ロボット」である。
文科省の作ったマニュアル通り、こういう場合はこういう指導の仕方…これまた「人間ロボット」である。
まさにロボット大国日本!
日本は、既にジョージ・オーウェルの世界になってしまっているのかもしれない。
人間のロボット化とは、気持ちを無くしルールに従うこと。
ルールに支配され、ルールに服従するシステム。
支配と服従が当たり前になる人間関係(ロボット関係)。
相手を操作し、関係を支配と服従に持ち込むことが本質のモラハラ、パワハラ、セクハラ、ドクハラ、アカハラ…あらゆる業界にハラスメントが蔓延するのは当たり前だ。
人が人でなくなり、モラルが壊れているのだ。
・奈良市職員の長期欠勤問題~人間のロボット化
・急増!ハラスメント用語
あらゆる現象がこの国の危機を訴えている。
残業過多。
家庭の空洞化。
ロボット化した親による子供の支配。
意味もわからないままに、親から押しつけられるスケジュール。
監獄のような家庭。
支配から逃れられる空間になってしまった独房(個室)。
自分を守るために引きこもるしかない。
人間関係を紡ぐ根源的な場である食事。
が、気持ちを受け止めあう人間らしい会話の喪失した食卓。
子供が描く記号化した人間は、まんまロボット化した親を表しているのだろう。そして、個室での孤食がラクだと言う子供たち。
ロボット化した父親には示すことができない↓
生身の人間としての父親モデル。
ぬくもりのある家族モデル。
支配と服従の関係ではない自律した対等な夫婦モデル。
そしてなにより、レールがない生き方モデル。
会社の規範は社会の規範ではない。
だから、規範も教えられない。
背骨も作れない生きづらさを抱えた20代~30代。
ロボット大国日本から、「感情」がどんどん疎外されている。
感情は取りも直さず自分そのもの。
だから、日本は「人間」を疎外している。
「人間を幸福にしない日本というシステム」―カレル ヴァン・ ウォルフレンの言うとおり。
だから、カウンセリングは封印したり抑圧したりしている感情を掘り起こし直視するところから始まる。
感情を取り戻すことが人間に戻ること。
封印していた感情まで認めてあげることが、自分が全き人間になること。
うつが増えるのは当たり前だ。感情を締めだして働いているんだもの。
・「人間がシステムに敗北している」~後追い自殺のニュースを見て
この国のあらゆる悲劇の原因は、人を「コントロール(支配・制御)」しようとすることにある。そのために「気持ち(感情)」を排除しようとすることにある。
コントロールは押しつける(push)すること。
聴くことは、引き出す(pull)すること。
すでに時代はプロダクトアウト(push)の工業化社会から、
マーケットイン(pull)の情報化社会に移行している。
コントロールを手放せ。
気持ちを聴く訓練を全国的に行え。
その昔日本は、「思いやりの国」と呼ばれ、世界から尊敬されていた。
・「笑顔の国」から「怒りの国」へ
暴れる小学生増加? ⇒これはかなりヤバイ
暴れる小学生が問題になっているようだ。 2006年9月14日 読売新聞より (以... ...