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見えるのはケンカ、見えないのがいじめ

2006/10/02(Mon) Category : 学校・教育・いじめ
「滝川市小6女児自殺のニュースから」の続き

■「滝川市小6女児自殺」事件のメモ
『安西輝恭(てるやす)・市教育長は翌月22日、報道関係者に「手紙の中には、友だちが少なかったこと、迷惑をかけてごめんなさいという趣旨のことが書かれていた」と説明し、「自殺の原因に直接結びつくようなことは書かれていなかった」と強調した』
『市教委は、同級生から聞き取り調査を行うなどして原因を探ったが、現在も「死の直接的な原因は特定できない」としている』
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061001i4w1.htm

報道関係者への説明が、『迷惑をかけてごめんなさい』の部分の強調など、いかにも周囲には無関係のような持って行き方である。

しかし、教卓に残された7通の遺書の中には『それは、とても悲しくて苦しくて、たえられませんでした。なので私は自殺を考えました』と、いじめが理由であることが明記されている。
学校及び教育委の対応に不信感を持った遺族が読売新聞に調査を依頼。

『聞き取り調査』でも、『「カッターの刃を手首に当てていた」「死にたい、と言っていた」など、自殺の兆候があったことを、多くの児童が証言していた』ことを確認。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061002i301.htm?from=main3

『担任教諭がその1か月半前の7月、友人関係のことで女児から相談を受けていた』こともわかったが、『「担任の指導で解決された」と説明し、いじめは否定していた』。




スーパーモーニングで鳥越俊太郎氏が、「市教委は暴力など見えるものをいじめと強弁しているのか、精神的なものの方が深刻だ」と、気色ばんでいた。


見ていた娘いわく。
「表に出るのはケンカだよ。裏で見えないようにやるからいじめなんじゃん」

娘もいじめにあったことがある。以下は、娘の話。

男子は無邪気な世界だが、女子は必ずどこかでいじめに遭遇する。やるほうか、やられるほうか、眺めているか、いずれも全く経験のない女子はほとんどいないのではないかと思うくらい、いじめは当たり前の世界。

一概には言えないが、いじめる子は家庭に問題のある子が多い。家族状況の変化か、その子が成長するかで別人のようになる子もいれば、これは変わらないだろうな、と思う子もいる。
いじめグループの結束は脆い。仲間内で仲違いがあると、簡単にターゲットに転がり落ちる。

いじめられる子は、いわば目立つ子。目立つ内容は問わない。いわゆる、いじめられてもしょうがない、悪いところがある、というようなものではない。いじめられる側は、少人数でいくつかのグループに分かれ支え合っていることも多い。

今回のように数年にわたって集中的にいじめられたというのは、一人のスケープゴートがいることによって、その他の人間達の“平和”が保たれるからかも。

いじめの形態は、「はぶられる」こと。「はぶかれる」から転じた言葉のようだが、ようは「村八分」にされること。例えば、授業中に“必ず”メモなどが回るそうだが、その際に自分の所だけ回ってこないなど。

ストローク(人を認める働きかけ)の中で最高のものの一つが「気持ちを聴く」ことであり、最悪のものが「無視する」ことであることを考えると、いじめの中で最悪のものは仲間はずれにしたり、無視したりすることであることがわかるだろう。
これは、目に見えることではない。教育委員会の方、心理学をよく勉強してください。
(教育委は男性組織ではなく、いじめ体験のある女性を入れるなど、女性主体の組織にした方がいいだろう)



では、大人はどう対応すればいいのか。


<続く>




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小6児童自殺に見るいじめの定義

自殺:小6女児が遺書…遺族はいじめ原因と訴え 毎日新聞 2006年10月1日 20時50分 (最終更新時間 10月1日 23時17分)>市教委の千葉潤指導室長は「(遺書にある)無視が即、陰湿ないじめに結びつくとは思わない。遺書の中身自体は学級でよくあること。原因は今 ...

 
 
 

Comment

 

生々しいコメントありがとうございました

「校長によるパワハラ自殺」で使わせていただきました!
http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-415.html

 

私は教育学部出身ではありませんが、教員免許を取ることのできる大学・学部の出身で、高校の教員免許を取得しました。ですから4年生のときには2週間ほど教育実習をしました。私は、結局、高校の教員という職にはつきませんでしたが、一応、学校を生徒としてだけでなく、教員という立場からもどういうものかと眺めた経験があります。もちろん、実際に教壇に立たれている先生達の経験と比べると足元にも及びませんが、一応、違う角度から学校を見たことがあります。

私が教育実習でお世話になった学校では、短期間でしたが、問題をもみ消したりするようなことはありませんでした。もちろん、教育実習生の耳にいちいち問題が入るようなことは、いずれにしろないでしょうが、そういう開かれた空気といいますか、問題があれば対応していくという教員の心構えのようなものを感じました。その経験は15年ほど前のことですから、時代の差、また地域・学校間の差というものもあるでしょうから、私のわずかな経験から一般的に受け入れられる考えを導きだす事は無理かもしれませんが、私の経験では、その当時の大部分の教員は色々な意味でレベルは高かったという印象を持っています。

私が教員にならなかった理由は幾つかありますが、そのうちの一つに、大学のクラブの先輩から先生になりたかったら「試験・面接のときに、自分の意見を言うのではなくて、周りに同調しろ。」と、言われたからです。私は、「まじですか?」と聞いたら、その先輩は教育学部出身の人で教育行政には詳しく、教員採用というのは「そういうものだから。」と、言われました。私は驚きましたが、「意見を述べるということと、教員という集団の歩調を乱すということは、違いますよね。」というようなことをその先輩に聞くと、教員採用に限っては「意見を述べることが、歩調を乱すことと同義に取られる」と、説明してくれました。では、教員になるのは止めようと思いました。もう15年程前のことですが、あの当時にそういう形で採用した人達・採用された人達が、現代の学校での問題を対処しきれずにいるのかなという印象を、この事件を聞いた時に思いました。

学校に限らず、似たような問題が社会には多く、我々が考えていかなくてはいけない問題だと思います。

 
    
 
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