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いじめに大人はどう対応すればいいか

2006/10/02(Mon) Category : 学校・教育・いじめ
「見えるのはケンカ、見えないのがいじめ」の続き

娘はいじめと闘い、乗り越えてきたが、それができたのは、話を聴いてくれる先生や親がいたからだ。
何もしてくれなくていいと言う。

むしろ、先生が「いじめについて考えましょう」などとやったり、親が怒鳴り込んだりしたら、ますます悪化する。
だから、話してすぐに動いてしまうような短慮な先生や親であれば、相談することもできずに一人で抱え込むことになる。

とにかく、担任や親がダメでも、保健室の先生でも部活の顧問でもいい。大人の誰かが、そのことを知り、自分の気持ちを理解してくれる、それだけで支えになると言う。

今回の事件では、相談を受けた担任が、この子を受け止められなかったのではないかと言う。共感的にただ気持ちを受け止めるのではなく、指導やアドバイスだけやったのではないか、と。
それができればいじめられてなんかいない。できない関係性の中にいるから苦しんでいるわけだ。





事は関係性(Be)の問題であって、処し方(Do)の問題ではない。
それを、大体の大人は、ああすればとかこうすれば、など「する(Do)」の問題に置き換えて対処しようとする。方法論で対処しようとする「処方箋」や「処世術」が身についてしまっている。

そうやって小手先で対処しようとばかりしているから、いつまでたっても本質的問題に取り組むことができない。否、むしろ、本質的問題から逃げるために処方を身につけてきたと言ってもいいかもしれない。

事は、「相手の存在(Be)が気にくわない」という「Be vs Be」-存在同士の対決の問題だ。「Do」の入り込む余地がない、ある意味どうしようもない問題なのである。そこを支えるためには、「支える存在(Be)」として見守り続けることしかない。

対処の仕方(Do)を教える大人は、教えた後は自分の問題ということで、そこで見捨てている。
自らの存在(Be)で支えようとする大人は、見捨てずにずっと様子を見守っている。

娘の場合も、担任の先生が話を聴いてくれたり、部活の顧問が廊下ですれ違うときなどにも声をかけてくれたりしたという。我が家でも妻がよく話を聴いていた。そういうサポーターの存在(Be)が娘を支えた。

滝川市の事件では、大人のあり方(Be)が、女児を追いつめた。
娘の場合は、大人のあり方(Be)が、娘に立ち向かう勇気を与えた。

子供は大人のあり方(Be)を見ている。
よく言われることだが、「子供は大人の背中を見て育つ」のである。

一人一人の大人が、まっすぐにこの世の中に立って存在(Be)していること-それが、今問われている。



<続く>



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