2006年10月27日 (金) 01:37 | 編集

夕焼けを見ながら家を出る。
本日は、夜間セミナー。
空と向き合う。
空は大らかだ。
が、人は空と隔絶した空間でせわしなくごった返している。
袖触れ合う余裕はない。
ただ通り過ぎる物体としてすれ違っている。
多生の縁は生まれない。
ワークショップで人が向き合う
人間の顔が戻ってくる
皆、健気に生きている、と思う。
しかし、参加できずに9時、10時、11時…そういう人もいる。
が、その多くの人が向き合うのは人ではなくパソコン画面だ。
人と向き合わなければ欠乏欲求は満たされない。
人は自分を認めてくれるが、パソコンは自分を認知しない。
人を認めるとは、どういうことか。
認められなければ、どういう衝動が生まれるのか。
認められたとき、どういう気持ちになるか。
だんだんとわかってくる。
こうして、少しでも人間性を取り戻してほしい。
飲み会でいろいろと話が出る。
そういう話を聞くことの出来る自分は果報者だと思う。
今の人は出逢い方が下手になったな、と感じたのは既に私が大学時代。
今は出逢う余裕さえ与えられていない。
袖触れ合うのはとても楽しい。
人の話を聞くことが出来るから。
夜中にもかかわらず満員電車。
人と向き合わず1日を過ごし、自分をすり減らして…
生活はどこへ行った
生活のための仕事だったはずが、いつの間にか、生活が消えて亡くなっている
今日あなたは理論武装した。
大きな声じゃなくていい。小さな声でも十分。でも、きっぱりと、
「NO!」と言おう。
人間の顔が戻ってくる
皆、健気に生きている、と思う。
しかし、参加できずに9時、10時、11時…そういう人もいる。
が、その多くの人が向き合うのは人ではなくパソコン画面だ。
人と向き合わなければ欠乏欲求は満たされない。
人は自分を認めてくれるが、パソコンは自分を認知しない。
人を認めるとは、どういうことか。
認められなければ、どういう衝動が生まれるのか。
認められたとき、どういう気持ちになるか。
だんだんとわかってくる。
こうして、少しでも人間性を取り戻してほしい。
飲み会でいろいろと話が出る。
そういう話を聞くことの出来る自分は果報者だと思う。
今の人は出逢い方が下手になったな、と感じたのは既に私が大学時代。
今は出逢う余裕さえ与えられていない。
袖触れ合うのはとても楽しい。
人の話を聞くことが出来るから。
夜中にもかかわらず満員電車。
人と向き合わず1日を過ごし、自分をすり減らして…
生活はどこへ行った
生活のための仕事だったはずが、いつの間にか、生活が消えて亡くなっている
今日あなたは理論武装した。
大きな声じゃなくていい。小さな声でも十分。でも、きっぱりと、
「NO!」と言おう。







