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頑張ってはいけない

2006/10/30(Mon) Category : 自殺・自傷
『がんばることに疲れました。それでは、さようなら』

岐阜県瑞浪(みずなみ)市の市立瑞浪中学2年、自宅で首をつって自殺した女子生徒の遺書の最後である。

そして、
『この忙しい時に御迷惑をおかけします』
これが冒頭の方に来る。


中学2年生が、『この忙しい時に御迷惑をおかけします』と書く。しかも、自分が死ぬ、という遺書にだ。


「子は親の鏡」「若者は社会の鏡」と言い続けているが、この遺書もそのまま現代日本社会を表しているように思えてならない。


今や、のどかで無邪気な子ども時代を過ごすことのできる幸福な日本人は極めて少ないと思う。早く大人になれとせき立てられて生きている。全ての環境がせき立てる。親はそうではないと言いつつ、やはり期待をする。子は親の期待がわかるから頑張る。勉強もやり、委員もやり、スポーツもやり…。


この子は、この忙しい日本社会のシステムの中で懸命に生きた。
そして、疲れ果てた。
だから、この社会からおさらばした…。


いじめが直接の原因である。

しかし、この子の遺書を眺めていると、それにとどまらないものを感じるのだ。




今や、「利潤・効率・スピード」を追求するこの社会のあり方は、既に尋常じゃないところへ来てしまっている。人々は、思考停止と流されることを強いられている。人と深く関わることなく作業をこなすことを強いられている-何のために? 

…そういう質問すら、問うヒマがあればやるべきことをやれと封じられている。なぜなら、「利潤・効率・スピード」を追求することは「是」だから…。

(本当は是ではないよ。念のため。それらは生活を便利にするためにあったのであって、生活がそれに服従するようになったら意味がない)

現代は、社会のペースに合わせていると、放っておいてもオーバーワークになる。だから普通に生活しているつもりでも、心身の疲労が蓄積されている。だから、自分を守るために、意識して頑張らないことだ。そして意識して休養を取ることだ。


これは、なかなか理解されにくいことだと思う。
社会に合わせろ、と躾けられてきたからね。しかし、社会が異常なときは、自分で自分を守らなければならない。

自殺してはいけない、というのは、いろいろな社会をあなたが選択できるからだ。
競争からおりることは不安があるかも知れないが、おりてしまえば違う世界が見えてくる。
自分を自分のままに活かすことのできる世界と、必ず出逢うことができる。

だから、人を消耗品として使い捨てる世界に適応する必要はない。そこでは頑張らずに力を温存しよう。温存した力を離脱のために使おう。


だから、
心ひそかに誓おう。
こっそりとでいい、自分につぶやこう。

「自分の気持ちにうそはつかない」

「親の理想に自分を合わせない」

「周囲の期待で自分のレールを構築しない」

「自分は自分、親は親、友人は友人」

そして、

「自分のペース以上に、頑張らない!」






「頑張る家族」劇場



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早く大人になれ。


>9歳か10歳の頃から頻繁に、

>「早く大人になんなさい。」
と言われてたなぁ。

>親からしたら、私は「道具」として必要だったんだから、もっともな言い分だなぁと思う。

>残念ながら、もう「道具」としては生きていられないんですけどね。


 

誠実に自分の問題と向き合う

『ただ単に矛先を学校に向けるだけでは、問題は解決しないですよね』ーそうですね。たけさんがいろいろと正面から考えておられるように、一人一人が自分の持ち場持ち場で、誠実に自分の目の前にある問題と向き合っていかなければならないと思います。

 

絶対的な親を相対化しましょう

はがきょんさん、『子供の頃から人と比較され順位をつけられてきた』-これはつらいですね。自分という存在が自分だけでは完結せず、人との比較の中で初めて自分の存在が現れるわけです。比較され続けるのは疲れますから、比較されなくてすむ平均値の中に安住を求めます。

しかし、それは残念ながら本当の安息の地ではありません。比較されることから逃げ続けているだけなのです。比較から逃げるために、平均値を追い求め続けなくてはなりませんから、そこに安息の地はないのです。

本当の安息の地は、比較から解放されたところにあります。そのためには、はがきょんさんが比較する親と闘わなければなりません。その親は現実の親ではなく、芳賀きょんさんの頭の中に棲みついている親です。親の価値観が芳賀きょんさんの中にすり込まれていますから、その考え方が自分自身を縛っています。だから、そこから逃れるために平均値の中に逃げ込もうとするわけです。

ですから、自分の頭の中から親を追い出すこと。そのためには、自分が親からどういう影響を受けてきたのかに気づくこと。そして、親や先生を相対化できたときに、本当の安息が訪れます。

 

この種の自殺問題。メディアは過剰報道をやめ、世間も過剰反応をやめ、一歩立ち止まる必要があると考えています。命の重みが、これほどまでに軽くなってしまった背景には、人間社会が抱える社会的ひずみがあり、現存する社会構造の欠陥が必ず関係していて、ただ単に矛先を学校に向けるだけでは、問題は解決しないですよね。。。
http://blog.livedoor.jp/tarotohachinosu/

 

質問

私は常に平均にこだわっていました。平均値にいると安心します。それは間違っているのでしょうか?子供の頃から人と比較され順位をつけられてきたので自分は自分になかなかなれません。先生や親の言う事は絶対だったし。

 
    
 
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