プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


中尾相談室のカウンセリング概要
カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
06 ≪│2019/07│≫ 08
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

人生7年転機説

2006/12/04(Mon) Category : 人生・世代
私は、幼少期転々とした後、鹿屋市7年、佐伯市7年、高山市で1年宅浪した後、札幌市で7年…と過ごすうち、なんだか自然と「7年転機」の考え方が身についていた。

特に20歳の時に休学してヒッチハイクの乞食旅をしていた頃に、出逢った誰かにその話しをしていて「インディアンにも7年転機説があるよ」と聞いてからは、自分の中で確かなものになっていった。

当時髪の毛が背中まであり、もみあげも尾崎紀世彦のように長く、バンダナをして北海道を旅していた頃はアイヌと間違われたこともある私は、当時からアイヌやインディアンが好きだったので、「おっ、インディアンもそう思っているのか!」と嬉しい思いがしたものだ。




そのため、ようやく26歳で社会に出る頃には次のように考えていた。
1,10年で1人前になって5年で会社に貢献(恩返し)する
2,5年で1人前になって10年で会社に貢献(恩返し)する

いずれにせよ、15年あれば会社と貸し借りはなくなるなぁ、と。
そして、その間に2回の転機がある。

結局、これは高校時代から考えていた「四十にして惑う」(“惑わず”ではないよ)という“自己流”の考え方を正当化するための半ばこじつけなのだが、「40歳までは会社のため」、「40歳からは社会のため」と考えていた。





“自己流”というのは、漢文の時間に『子曰わく、吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(した)がう。七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず』(by孔子)を学んだとき、今は寿命が長くなっているのだからと70歳→90歳に置き換え、全ての年齢を90/70倍した(笑)。

すると、次のようになる。
『19志学→40而立→50不惑→65知命→77耳順→90不踰矩』

おお~、これなら何となくしっくり来る。
不惑なんぞ50歳まで先延ばしにしてしまえ(笑)。





こうして、高校時代に思っていたとおり、39歳の時にこれまでの半生を棚卸しし、内的には40歳から新たな道の模索に入った。
会社では組織改革のプロジェクトを率いることになり、私的にはカウンセリングの勉強と訓練が始まって公私ともに多忙を極めたが、実はエネルギーは自分の内側に向いていた。外面はどうあれ、引きこもったのである。

振り返ると20~26歳までの7年間と、40~46歳までの7年間は、「青年期の危機」と「中年期の危機」を乗り越える期間だった(←ここでも7年)。

「青年期の危機」とは、自分が何者かわからなくなるアイデンティティ・クライシス(自己同一性の危機)。文字通り、私は「自分が何者か」がわからなくなった。そして、私はフラッと旅に出たのだった。

「中年期の危機」とは、人生の価値の転換期。
「人生の正午」(ユング)という表現が実にピッタリと来る40歳を超えると、それまで午前中日が当たって輝いていた価値がかげり、登り詰めていくことが空しくなる。そして、これまで日が当たっていなかった部分の価値に目覚め始める。

しかし、この価値の転換が人間なかなかできずに、後ろばかりを振り返って先に進めなくなってしまう。…これからが本当の実りの日々というのに-。こうして、最もタイセツナモノを失っていくのが「中年期の危機」。

幸い私は、ヘッドハンターから「会社におけるハイエンドの仕事」と言われた組織改革を成し遂げ、会社生活にけりをつけると同時に、カウンセリングを会社生活において活用して手応えを感じることができた。
しかし、7年間揺れ惑ったのである。

この2つを自分の力で乗り切ったことが、今の仕事にとても役立っている。





さて…なんのために長々と書いてきたかというと、今、苦しんでいるあなたに、その苦しみは長くても7年だよと言いたいからである。

えっ! この苦しみは7年も続くの!!
いえ、単にその苦しみが7年も続くわけでは…。
ただ、けじめがつくまでに7年かかると思います。

それは、私個人の体験的実感だけではなく、以前書いた青木昆陽もそうだった。【「ひきこもり」とは何か(3)-6年間引きこもった青木昆陽


また、今日のテレビ(「主治医が見つかる診療所」)でたまたま見た湯原昌幸・荒木由美子夫妻の認知症の義母の介護期間が7年。
実母の首を絞めるところまで追いつめられる…。自分たちでできるだけのことはやったから、自信を持って病院探しができたという言葉が印象的だった。けじめがついたのだ。

恋愛依存症の方が苦しまれた期間も7年だった。
依存症は対象が何であれ、苦しみ方は同じ。そう、麻薬など薬物依存の苦しみと同じなのである。七転八倒の7年を苦しみ抜き、その方は抜け出た。

苦しみ抜いたから、抜け出ることができたのだ。
今は、とても晴れた顔をされている。



苦しんでいる子どもがいる親の方に言いたい。
急かさないでほしい。3年、そして7年のスパンで見てほしい。


そして、苦しまれている当事者の方。
先の見えないトンネルの中にいると思う。絶望に駆られるかも知れない。
しかし、信じてほしい。
その苦しみは“無限”には続かない。

必ず終わるときが来る。

20061201朝日






「7年転機」+「9年周期」で人生の転機を乗り切ろう



関連記事
 
Comment0  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
記事・インタビュー他
わが子を守るために
写真/動画集はこちら↓
 
アルバム(flickr)
アルバム(フォト蔵)
YouTube

・写真はアルバムページに飛ぶようにしてあります。
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
QRコード
 
QRコード