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ゼロトレランスでいじめは救われない

2006/12/11(Mon) Category : 学校・教育・いじめ
<前項の続き>

さて、私なりに心理実験の結果を解釈すると次のようになる。

①放置されてる =誰も咎めない
②誰かがやってる→自分がやってもいい

①管理されている =やれば咎められる(罰)
②誰もやっていない→自分がやったらモラルにもとる(恥)


このように罰(外)と恥(内)の両面効果でヒトの行動が抑制されることを実験は示した。そして、ジュリアーニ市長が行った落書き消去は、罰を持って落書きを規制するのではなく、根気よく落書きを消し続け環境美化に努めた結果、汚すことをためらうという人の心に働きかけたのだと思う。


つまり、人の行動を「罰」によって「外的に規制」するのではなく、環境を整えることによって「恥」に訴え「内的に規制」したのである。
ところが、「罪と罰」の文化だからだろうか、それら一連の施策に外罰的イメージの「ゼロトレランス(不寛容)」と名付けたことが間違いだった。脅しをかけて外から行動を強制するやり方がまかり通るようになった。


この考え方の本質的な問題点は、違法者=悪、いじめ=悪、という極めて単純な2分法に基づく勧善懲悪思想にある。これでは、結局誰も救われないからだ。
例を挙げよう(いくつかの事例の組み合わせですが)。





いじめを行っていた女子高生A子。
ある時、ムシャクシャして級友の靴をカミソリでズタズタに引き裂き、その級友は転校した。いじめを受けた友人の心労を察すれば、A子の行った行為は許されるものではない(ゼロトレランスならば、この時点で厳罰だ)。

しかし、A子は母親からの支配を受けていた。
暴力や虐待の支配ではない。働く母親が自分の手足とさせるべく躾や強制を行い、物心つく頃には母親は逆らうことのできない神になっていた。自分の気持ちを受け止めてもらえず意のままに動かされるA子は、生きながら操り人形になっていた。その苦しさがいじめという形で出ていたのである。

では、母親が悪いのか? 
母親はごく当たり前の躾をしているつもりだった。しかし、母親の心の中には承認欲求があった。自分の母親(祖母)から認められなかったため、実母から得られなかったストロークを他者から得ようとしたのである。
だから、頼まれ事は断らない、何でもかんでも自ら引き受け、自分だけでは足りずに子供たちまでもを自分の手足にしようとしたのである。

それらは無意識の行動であるため、子どもが自分を人間扱いしてほしいという訴えは母に届かず、子どもは絶望とあきらめの中、自棄になっていたのである。
そういう意味で、原因は我が子に愛情を与えなかった母親にあるが、母親がそうなった原因は祖母にある。

では、祖母が悪いのか? 
祖母は男尊女卑の風潮の中価値を認めてもらえず、親からの愛情をもらえずに育ったため、子どもをどう愛していいのかわからない人だった。

では、祖母の親が悪いのか? ……




そう、このように問題は連鎖しているのである。
A子は母親に愛してほしいと泣き、母親は祖母に愛してほしいと泣いている。皆、自分の中に、あるがままの自分を認めてほしいと願っている子ども(インナーチャイルド)を抱えた健気な人間たちなのだ。
そして、皆、懸命にその時の“情況”を生きているだけなのだ…。

では、
どう解決するか。

救わなくてはいけないのはA子。
そのためには、母親が救われなければならない。

私は、A子、母親からそれぞれ個別に話を聴き、それぞれの気持ちを受け止める。次にA子の気持ちを母親に伝える中で、母親は自分に原因があったとハッと気づくと大泣きされた。
次にその原因の奥にある自分の心の空洞に気づかなければならない。場合によっては、メールカウンセリングで自分と向き合う作業を行う。

そして、最後に自分で自分を救ってもらう。
祖母がいない場合、あるいは求めても得られない場合でも、大人になった自分がインナーチャイルドを愛し、癒すことができるのである。





自分はペットのようにかわいがられたが心がなかった、と言う母親に、小さい頃にしたかったことは何かを聞いた。

「お人形さん遊びがしたかった」
という。

そのお人形が今でも売っているというので買って遊んでみてください、と言った。


人生も後半に入っているその方は、半信半疑で買いに行った。…



家に帰り、ゆっくりと包みを開ける。

そこには、
あの、
お人形がいた。


そうして、箱から大事に取り出し、
そっと手に取ってみた。


すると…


涙がボロボロボロボロこぼれてきた…。





自分の気持ちを知った母親は、A子の気持ちがわかるようになった。
自分の気持ちを受け止めてもらったA子は、人を配慮することができるようになった。そして、心から被害者のために祈り、自分ができることで社会に貢献しようと生きている。




ゼロトレランス(不寛容)で、人が救えますか?






【ご参考】
「いじめ」って何?(1)-感情吐き出しのバケツリレー


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インナーチャイルドに…

はじめまして。
ツイッターからきました。
インナーチャイルドとの接し方がいまひとつ掴めなかったのですが、「お人形を買ってあげて…」でなんだかわかったようなきがします。
私はまともな環境で育ったと思っていたのですが、子どもが大きくなり、自分の世界を広げようとしたら、軌道に乗り掛かる度に、気持ちが塞がり閉じ籠り…を繰り返しています。
他人と自分にしてあげられることの限界を測れなくて疲れはてて苦しくなるようです。
私は3姉妹の長女で楽しく賑やかに育ててもらったと思ってました。
一人遊びが上手で、本を読んだりして色々自分で考えられる子だったので手がかからず、妹や従姉妹の面倒もみるしっかり者でした。ので、放っておかれたり、発言を真面目だと感嘆されこそしましたが、共感や考えた行為や過程自体を褒めて認めて貰った記憶がありません。
低学年の時クラスの男子二人から連れ出されて暴行を受けた時は数日失語し、やっと全部話しても、ただの仲違いと勘違いされて、彼らを全く叱責せず、私に家に招かせて母の手作りケーキを共に食べ遊ばせました。
先日、後述の体験をネットに綴ったらそれはおかしいと指摘されて、よくわからないけど涙が止まりませんでし

 

心配です

私も夫に暴力されて離婚。1歳の息子を連れて実家に避難。
でも、避難した実家の母は、私に暴力を振るって育てた人。
自分では、息子をとことん、ベタベタ可愛がっているつもりだけど、時々、いけないことをいけないと、強く言うと、ものの見事に言う事を聞いてしまう息子が心配だったりします。こちらはそれほど強く言っていなくても、子供が強いストレスを感じていたら、いじめる人間に変ってしまうんでしょうか?

 

連鎖を絶つには覚悟が必要です

正直、お子様たちへの連鎖が気になりました。
『子供たちにはおばあちゃんの言うことを聞きなさいと叱らなければいけない』-子供たちから見れば同じ価値観の大人が二人そろうことになります。二人そろったとき、子供たちにあらがう術はありません。巻き込まれていくだけです。
それは、将来爆発する爆弾を今作っているようなものです。

自分たちの防波堤にならなかったお母さんを恨むときが来るかも知れません。
その時に立ち上がっても遅いです。考えるべき時が来ているかも知れませんね。





 

はじめまして、楽しく読ませていただいてます。上記の状況は、まさに自分と同じなのですが、離婚して子供たちを育てるためにその嫌いな母親と同居しています。私が仕事に行っている間、子供たちの面倒を見てくれており、感謝しているのですが、やはり私のときと同じように、あるいはもっとひどく子供たちを支配、否定します。そこが腹立たしいので、母親とも余り口を利きたくありません。同居を解消すべきかとも思いますが、仕事が続けられません。目の前にいなければ、許せるのですが、いつまでたっても癒されない。おまけに、目の前で自分の子供のころが再生されているのが、とても苦しいです。母親が大嫌いと心の中で唱えながらも、子供たちにはおばあちゃんの言うことを聞きなさいと叱らなければいけない自分も大嫌いです。こっそり、子供たちをフォローすれば、てきめん母の言うことを聞かなくなるし。。。
今は母に子供たちを見てもらっていますが、母ももう70過ぎで、今度は私かこの母を介護しなければならないのかと思うと、ぞっとする日々です。やっぱり、これは不健康ですね。どうすれば、打開できるのでしょうか?別居するしかないのでしょうか。

 
    
 
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