介護疲れの「承諾殺人」を政治家はどう見るのか!
2007/03/16(Fri) Category : 少年犯罪・家族事件簿
18年にわたる介護の末に母親(72)を殺害した浜岡渡被告(41)。
昨日、「承諾殺人罪」が適用され、執行猶予付きの温情判決が出た。
承諾殺人とは、殺された人が同意・承諾していたということらしい。
裁判官は、涙を浮かべて最後の言葉を言ったという。
「執行猶予がついたと言うことは自由になったということ。
死のうとしても誰も止めてくれません。
しっかりと生きてください。」
「朝ズバ」で彼の書いた上申書を聞いて涙が止まらなかった―
毎日2時間毎におむつを替え、加えて新聞配達。
睡眠時間は2時間。
2時間おき!
これは自分のまとまった時間を取れないと言うことに等しい。
心身のストレスを癒すだけでも、ボーッとした時間が2時間ほど必要だ。これは、かつてパワハラに遭っていた頃の私の実感である。その癒しと回復の時間さえ取れない。
疲れが取れないままに蓄積し、自分に戻る時間を取れず回復できないままに次の仕事が待つ…これで追い詰められない人間はいない。
無職故の新聞配達。
私も高校時代に新聞配達をしたことがある。
しかし、今の新聞配達はあの頃とは異なり精神的プレッシャーが苛酷だ。
彼らと話しをすると、人間扱いされていない気がする。
分量が多ければ夜中の2時、3時から配達を始め、午前中ゆっくり休めるわけもなく、午後からチラシなどの折り込みが始まり夕刊配達がある…(私は夕刊はなくなればいいと思っている)。
介護も新聞配達もともに重労働かつ細切れ労働だ。だから、睡眠2時間…。
そして、10年前についに鬱を発症。
鬱とは、「休みなさい」ということなのだから、発病するのも当然だ。
そして、その生活が変わらず休めないのだから、長引くのも当然なのだ。
ついに根つきて、母を施設に預けるが、母は「帰りたい」と泣く。
彼は、どうすれば母を救うことができるのか考え続けた。しかし、死ぬこと以外に救われる道はないように思えた。
「俺も心の病気が良くなんなくて、お母ちゃんを家に連れ帰って面倒を見るのはもう無理だ。ここで一緒に死んでくれ」
ココアに薬を入れて飲ませたという。
母親は最期に暖かい思いをしたのだろうか。
切なくて、哀しくて、涙があふれた。
18年間、一度も床ずれをさせなかったことが誇りだと言う。
母の気持ちにより添い、母の体を労った18年―
よく頑張ったと思う。
そして、悔しい。その技能は日本の財産となったであろうに。
MSNニュースによると、足利市内で在宅介護支援センターを運営する民間介護業者は、「事件のかなり前に、職員の独自の調査で浜岡被告の窮状を把握はしていた」と言う。
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/tochigi/wide/news/20070125ddlk09040033000c.html
「継続調査すべきだった」が、今年度に入り同市からの介護報酬費が削減されて経営が悪化。調査に手が回らなくなった。在宅介護業者への介護報酬は削減されたため多くのセンターが苦境にある中で、この業者もセンター事業からの撤退を検討している。
「現状ではセンター運営や訪問調査の継続は困難。制度は事実上崩壊しており、今回の事件のようなケースはこれからもある」と言い切ったという。
必要なお金を削っておきながらオリンピック?!
バカ言ってンじゃねぇよ!!
『生労働省が05年6月に実施した調査では、在宅介護の担い手4人に1人がストレスなどで「抑うつ」状態に陥っていることが判明』→判明したなら手を打てよ! もう2年経っているよ。
組織が手を打つと言うことは、コストと人手をかけること。
必要なお金を必要なことに使え!
我々は自分が働いた税金で穴を掘ったり建物を造ってほしいわけではない!
人を救ってほしいのだ。
いつまで、「自己責任」ということばで人の問題から逃げるつもりだ。
昨日は昨日で小児科医の自殺が過労と労災認定された。
発症の原因は中原利郎医師(当時44)個人の「脆弱性」だと主張していた労基署は、自分で同じ勤務をしてからものを言え!
『人間を幸福にしない日本というシステム』
制度やシステムが人間を追い詰めている。
制度やシステムに深い怒りを感じた坂本龍馬のように、怒りが深い。
昨日、「承諾殺人罪」が適用され、執行猶予付きの温情判決が出た。
承諾殺人とは、殺された人が同意・承諾していたということらしい。
裁判官は、涙を浮かべて最後の言葉を言ったという。
「執行猶予がついたと言うことは自由になったということ。
死のうとしても誰も止めてくれません。
しっかりと生きてください。」
「朝ズバ」で彼の書いた上申書を聞いて涙が止まらなかった―
毎日2時間毎におむつを替え、加えて新聞配達。
睡眠時間は2時間。
2時間おき!
これは自分のまとまった時間を取れないと言うことに等しい。
心身のストレスを癒すだけでも、ボーッとした時間が2時間ほど必要だ。これは、かつてパワハラに遭っていた頃の私の実感である。その癒しと回復の時間さえ取れない。
疲れが取れないままに蓄積し、自分に戻る時間を取れず回復できないままに次の仕事が待つ…これで追い詰められない人間はいない。
無職故の新聞配達。
私も高校時代に新聞配達をしたことがある。
しかし、今の新聞配達はあの頃とは異なり精神的プレッシャーが苛酷だ。
彼らと話しをすると、人間扱いされていない気がする。
分量が多ければ夜中の2時、3時から配達を始め、午前中ゆっくり休めるわけもなく、午後からチラシなどの折り込みが始まり夕刊配達がある…(私は夕刊はなくなればいいと思っている)。
介護も新聞配達もともに重労働かつ細切れ労働だ。だから、睡眠2時間…。
そして、10年前についに鬱を発症。
鬱とは、「休みなさい」ということなのだから、発病するのも当然だ。
そして、その生活が変わらず休めないのだから、長引くのも当然なのだ。
ついに根つきて、母を施設に預けるが、母は「帰りたい」と泣く。
彼は、どうすれば母を救うことができるのか考え続けた。しかし、死ぬこと以外に救われる道はないように思えた。
「俺も心の病気が良くなんなくて、お母ちゃんを家に連れ帰って面倒を見るのはもう無理だ。ここで一緒に死んでくれ」
ココアに薬を入れて飲ませたという。
母親は最期に暖かい思いをしたのだろうか。
切なくて、哀しくて、涙があふれた。
18年間、一度も床ずれをさせなかったことが誇りだと言う。
母の気持ちにより添い、母の体を労った18年―
よく頑張ったと思う。
そして、悔しい。その技能は日本の財産となったであろうに。
MSNニュースによると、足利市内で在宅介護支援センターを運営する民間介護業者は、「事件のかなり前に、職員の独自の調査で浜岡被告の窮状を把握はしていた」と言う。
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/tochigi/wide/news/20070125ddlk09040033000c.html
「継続調査すべきだった」が、今年度に入り同市からの介護報酬費が削減されて経営が悪化。調査に手が回らなくなった。在宅介護業者への介護報酬は削減されたため多くのセンターが苦境にある中で、この業者もセンター事業からの撤退を検討している。
「現状ではセンター運営や訪問調査の継続は困難。制度は事実上崩壊しており、今回の事件のようなケースはこれからもある」と言い切ったという。
必要なお金を削っておきながらオリンピック?!
バカ言ってンじゃねぇよ!!
『生労働省が05年6月に実施した調査では、在宅介護の担い手4人に1人がストレスなどで「抑うつ」状態に陥っていることが判明』→判明したなら手を打てよ! もう2年経っているよ。
組織が手を打つと言うことは、コストと人手をかけること。
必要なお金を必要なことに使え!
我々は自分が働いた税金で穴を掘ったり建物を造ってほしいわけではない!
人を救ってほしいのだ。
いつまで、「自己責任」ということばで人の問題から逃げるつもりだ。
昨日は昨日で小児科医の自殺が過労と労災認定された。
発症の原因は中原利郎医師(当時44)個人の「脆弱性」だと主張していた労基署は、自分で同じ勤務をしてからものを言え!
『人間を幸福にしない日本というシステム』
制度やシステムが人間を追い詰めている。
制度やシステムに深い怒りを感じた坂本龍馬のように、怒りが深い。
今昔物語の「母親殺し」
岩波書店から毎月出されている小冊子で,「図書」という名前が付けられているものがある.冊子の半分は岩波図書のリストなんだけど,初めの半分にはいろいろな人の小文が載せられている.私は毎月それが黙っていても手に入るので,A5判の薄い冊子にもかかわらずそれら... ...