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特急電車内女性暴行事件(2)-社会が失ったもの

2007/04/23(Mon) Category : 社会事件簿
この種の事件は、社会的にも大きな悪影響を与える。
なぜなら、ごく当たり前の日常空間で起きているからだ。

つまり、誰もが被害者になり得るし、誰もが助からない可能性をそこに見たということだ。人に対する信頼、社会に対する信頼が、人々の心から失われていく。テロ以上に、社会に対する基本的信頼を破壊する。

そして、この男は既に何度か警察に逮捕されている。
つまりは、逮捕されることが何の抑止力にもなっていないということが証明されたわけだ。警察に対する信頼も失われる。

さらに、このようなことを放置して、オリンピックだの、「美しい国」だの、「形」に捕らわれ続ける政治に対する信頼も失われるだろう。




人は一人では生きていけない。
だから、社会を作った。

その社会を自然と調和した「共生」の社会にすることも、「競争」の社会にすることも人間の恣意でできる。
人類はいろいろな歴史を経てきたが、産業革命以降は開発を是とし富を得ることを発展とする価値観が席捲し、そのために人を「競争」させ、脱落していく人間をダメ人間と決めつける社会となった。


価値が異なれば、そこで使われる言葉も変わってくる。
もっとも大事にされている言葉が何かを見れば、その組織(家庭、会社、地域、社会、時代等)の価値が分かる。卑近な例で言えば…

安全運行を第一の価値においていた国鉄は「安全」
利潤追求を第一の価値におくJRは「効率(スピード)」

つまり、もっとも大事にされている言葉はその組織のポリシーを表し、そのポリシーに従ってシステム(ルール、制度、機能)は作られる。あるいは、作り変えられる。たとえば、

国鉄時代は、安全第一でカーブは設計された。しかし、
効率第一のJRに転換後、原則として作ってはいけないS字カーブにわざわざ作り替えた所がある。最後は直進で駅に入り、乗換を効率化するためである。

その結果、やってはいけないS字に加えて、運転士が「魔のカーブ」と言うR300(半径300メートル)の急カーブが生まれることになった。2005年、そのカーブで大惨事が起きた。そう、尼崎脱線事故である…。

あの事故は、組織の第一優先価値を「安全」から「効率」に変えることにより、制度、ルール、評価系、そして軌道までが変えられ、その結果起こるべくして起きた事故だったと思う。


かように、社会というものは、実はポリシーに基づいて作られている。そのポリシーが変われば、すべてのシステムのあり方が変わる。




さて、競争が是とされる社会。
家庭で教えられる言葉も、社会で使われる言葉も変わった。

「相手の身になって考えろ」→「自分のことだけ考えろ」
「困った人を見たら助けよ」→「面倒には関わるな」
「いけないことはいけないと言え」→「言わなくていいことは言うな」
「正直に生きよ」→「正直者は馬鹿を見る」
「本物の実力をつけよ」→「実力より学歴・資格」
「弱きを助け、強きをくじく」→「長いものには巻かれろ」
「人のために自分を活かせ」→「自分のために頭を使え」
「素直に自分を出せ」→「手の内をボロボロ見せるやつは馬鹿だ」

「いろんな人の支えがあってあなたがいるのだから、社会に恩返ししなきゃ」→「恵まれているのは優秀だから、ダメなのは無能だから」

「言った者勝ち、やった者勝ち」
「大きい声の意見が通る」
「社会事業じゃない。利益のためには何でもやれ」
「組織にいたければ考えるな。言われたとおりにやれ」


こういう言葉が流通する中で生きればどうなる?

国は地方を食い物にし、
会社は派遣という形で労働者を食い物にし、
大人はゲームや詐欺で子供や老人を食い物にし…

誰もが、人のことなど考えないようになる
そして、人は自分が生きていくための「獲物」になる。
人が人を食い物にする社会になっていく。

これは、道徳の問題ではない。
豊かになり自由になり、個人主義が蔓延してモラルが低下した-そういう問題ではない。問題をすり替えてはならない。

きわめてシンプルなのだ。
それは「競争」というポリシーを掲げた当然の結果なのである。




こうして、日本は自分のことだけで精一杯で、他人のことを無視する社会に変化した。

かつて、見知らぬ他人とも話をしていた国鉄のにぎやかな車内は、
いつしか、シーンと沈黙した車内に変わっていた。
今や、シーンとした車内しか知らない若者も多いだろう。


…大学時代にブラジルの留学生からこう言われた。
「中尾さんは強い」
「なんで?」
「人に関わる気持ちの余裕があるから」


もう30年近くも前の話だ。
あの頃でさえ、人々はせっつかれていた。
そして、この30年、さらに人々は走らされ、バラバラに解体され続けてきている。
今や、家族という単位までもがバラバラにされているのが現代という社会の病理だ。




病に冒されたバラバラ社会。
「我関せず」で、人に関わる余裕のない競争社会。

その社会が行き着いたのが、今回の事件だ。
事件は、社会の鏡だ。
そこには、社会の真の姿が映し出されている。

その鏡を見て、我々は自己嫌悪に陥る。無力感にさいなまされる。
なぜなら、自分もその社会を構成している一員だからだ。

喪失感が深い。


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