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連鎖を絶つ歌 「マーラが与えた人生」

2007/06/22(Fri) Category : 世代間連鎖
今、離婚裁判を闘っておられる彷徨人さんが号泣されたという「100万本のバラ」。
意味深い原曲の原曲に遭遇してしまった…。

加藤登紀子が訳詞で歌うのはロシアのヒット歌謡(↓)。
★原曲 「百万本の深紅のバラ」(ロシア)


しかし、それにさらに原曲があった。
「マーラが与えた人生」

作られた国はラトビア。ロシア帝国に支配され、ソ連時代に独立→併合→再独立と、ロシアからの自律の闘いの歴史を繰り返している国だ。

そのラトビアで1981年に生まれた歌と言うから、せっかく独立したのに再度併合されて40年後、暗い時代のどん底の歌だ。
下記サイトによると「マーラ」は、ラトビアの生命と母性の女神で、ラトビア女性の名前によくあるらしい。
http://banyahaiku.at.webry.info/200701/article_13.html

ラトビアの母マーラは、ラトビアにどのような生(運命)を与えたのか。




★原曲の原曲 「マーラが与えた人生」(ラトビア)


 子供のころ泣かされると
 母に寄り添って
 なぐさめてもらった
 そんなとき母は笑みを浮かべてささやいた
 「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」


 時が経って、もう母はいない
 今は一人で生きなくてはならない
 母を思いだして寂しさに駆られると
 同じ事を一人つぶやく私がいる
 「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」


 そんなことすっかり忘れていたけど
 ある日突然驚いた
 今度は私の娘が
 笑みを浮かべて口ずさんでいる
 「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」





静かな原曲が胸に迫ってきた。

その繊細で祈るようなかみしめるような歌声が琴線を揺さぶり、
涙がこみあげてくる


母-娘-孫、3代にわたる世代間連鎖の物語

あるところで、ハッと胸を突かれた…

もう繰り返してはならない
連鎖をつないではいけない
もう、哀しむ母も、愛に飢えた子も生み出してはいけない

「ここで、何としても不幸の連鎖を絶たなければならない!」

強く、
強くそう思った。



このような不幸な物語を、娘が
『笑みを浮かべて口ずさんでいる』
不幸を不幸とさえ感じなくなっているほどの哀しみ…


感覚を無くした人
感情を無くした人
記憶を無くした人
心と体が分離してしまった人
自分を傷つける人
いつも上の空でぼーっとしている人
依存と闘う人
……

家族カウンセリングをしてきた様々な人が去来する

いつしか私も滂沱の泪を流していた





聴いていると、泪とともに静かな決意が、自分の内側にわき起こってくる。
その裏に、支配に対する強い怒りと懺悔がある

私は厳しく支配する父親だった。
息子が小さい頃、「探し物をするときはしっかりと見回せ!」と怒った時のこと。

その時息子は、立ちつくしたまま
その場でぎこちなく、まるで灯台のように“回った”のだ!

なんと、罪深いことを―

私は、息子の心を奪ってしまった!!


その時の光景が、焼き付いて離れない
ココロを奪われた息子が不憫でならない

私は、あのときの息子を心の中で抱きしめて泣いた…





先日の帰省の時にも、ふとその話を母にした。
翌日の夜、母はその話を思い出し、涙が溢れて一晩眠れなかったと言う

その昔、私の息子に対する接し方を見ていて、
「私たちもそうだったかねぇ…」
と反省したという。そして、付け加えた。
「親になるのって、難しいねぇ…」





この歌が世に出て10年後、ラトビアは再度独立を勝ち取る。
この歌が、ラトビアを独立に導いた―私は、そう確信的に感じた。

気持ちを揺り動かす歌だ。
ラトビアの人たちはこの歌を歌いながら、ロシアという「支配する父親」からの離脱への意志を固めていったのではないだろうか。

どんなメッセージソングよりも訴えてくる
しかも、静かに、深く…


「歌には力がある」


そう感じた歌だった




ずっと息子の味方となり、息子を引き出してくれている
妻と娘の暖かさに感謝して筆を置く。







<参考>
●「百万本のバラとラトビア


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加藤登紀子が歌う歌は好きだったけど加藤登紀子のことを良く言わず嫌いだった母の事を書いてたら消えて、ソ連によるラトビア等バルト三国の併合は、法的承認だけは決して与えてはいけない非合法武力侵略と米英仏は強く意識していたと書いてたら、Weblio辞書「バルト諸国占領」だと

米英仏中は法的承認を与えていないのに日本はナチ独と一緒に与えてて、
そんな破廉恥な優遇を、日露和親条約により合法化された不法武力侵略の結果である樺太共有と勘察加領有がそのままになっている旧加害国後継国にわざわざ与えたのが本当なら、

米英仏中も承認する合法併合による朝鮮総督府統治は朝鮮人を奴隷化していて、朝鮮総督府統治に類似する統治の下にある、かっては独立国の国民であった人民は、独立国の国民となるべきであるとか

台湾総督府統治に類似する統治下に在る者は、一方的に他国の統治下とされても、国家や国家の連合が一切の制限無しに利用できる人的資源とされても差し障りない、独立国の国民として扱われる権利を持たない者とかを、

世界戦争の結果としての先例として定着させてしまって、実態として日本の総督府統治の方が増しなような統治をやっている諸国に、歴史を捩曲げて日本の総督府統治を絶対悪視することにより自己正当化する必要が生じることになったのかと。

朝鮮人は独立主権国家大韓帝国の国体を構成する人民であった国民。独立主権国家は自国民の福利を国家目的とする権利を持つから、朝鮮総督府官制等の上位法の大日本帝国憲法が日本人(告文・発布勅語・上諭により憲法により福利を保証される歴代天皇以来の代々の臣民)の福利のための憲法では、朝鮮総督府統治は日本人の福利のための統治で朝鮮人の福利のための統治ではないのは朝鮮人の奴隷化で気になるから朝鮮人を自由独立な朝鮮人国家の国民とする。

台湾人は清国に属するが、化外の民で清国の国体を構成する国民ではなく、清国が自由に利用できる人的資源。日本統治時代も同様。日本領台湾において日本の台湾に対する権利・権源・請求権に一切拘束されない権利「日本との平和条約2条b(日本の台湾に対するすべての権利・権源・請求権の放棄)の利益を受ける権利」を連合国と朝鮮が排他的に独占(同21条25条)して、日本領台湾の物的人的資源を自由に処分できる(主たる占領国米が代表して権利を行使する権限がある。世界戦争の結果であり、国連憲章に107条により世界戦争の結果は国連憲章の規定や規定に基づく国連の決定に左右されない)ようになっても、台湾人の境遇が清国統治や日本統治の時代より悪化する訳ではないから問題無いという論理。

台湾籍朝鮮籍は国体を構成する皇民であったとなると、この論理は破綻するので、皇民化の絶対悪視も必須に。

 

ラトヴィアはソ連体制の被抑圧者か?

ソ連とラトヴィアの関係を単なる「ロシアvsラトヴィア」としてとらえるのは、あまりにも短絡的な見方だ。ラトヴィア人の中にも、「ソ連体制から抑圧を受けるラトヴィア人」もいれば、「ソ連体制と結び付いて利益を享受するラトヴィア人」がいた、というのが実相に近い。『マーラが与えた人生』の作曲者ライモンズ・パウルスは「ソ連時代のラトヴィア」の文化大臣であり、ソ連体制から利益を享受する立場にあったことも考慮する必要があるだろう。ラトヴィア人は、ソ連構成諸民族の中では、ソ連体制―決して「ロシア」だけではない―のエリートを比較的多く輩出しているし、ラトヴィアの経済状態はソ連構成国全体の中では良い方であった。ラトヴィア人は、ロシア人との関係では若干不利な立場にあったかもしれないが、ソ連のアジア系民族との関係では明らかに優位な立場に居続けた。ラトヴィア人を一方的に「ソ連体制の被害者」とするのは、あまりにも短絡的な見方である。

 

歌のメッセージを受け止めていらっしゃったと思います

まさに、彷徨人さんの連鎖だと思いました。
ご自身の感性を信じ、直感で行動されればよいと思います。

 

いろいろな時代がありました

「生産性」や「効率」というものを社会が重視するようになって性別分業、世代間分業、地域間分業が進みました。性差別は、むしろ近代以降ひどくなったと思います。

 

不思議そして感覚への信頼

中尾先生がつきとめてくださった「百万本のばら」の原曲。びっくりしました。今の私の課題、「マーラは娘に生を与えたけれど幸せはあげ忘れた」をうたっていたとは!この曲をきいてただ号泣した私は原曲のメッセージをうけとっていたのです。不思議。音楽のメッセージ性の確かさを感じましたし、自分の感性のありかたも見直しました。自己承認。中尾先生に感謝。

 

むずかしい問題ですね

嫁姑問題が日本に根付いているのは、たぶん男尊女卑の社会だったからではないかと思います。
男の人は戦争へ行ったり、仕事をして家族を養うのが当たり前になっていた時代、「男に台所へ入らせるな」と言われていたようです。それは女としても家を切り盛りするために都合がいい状態だったんでしょう。女にとっても自分のやり方を指図されず、男をまつり上げている方が楽だったのでは?と思います。ですから息子を生んだ母は誰よりも権限があり、嫁は言う通りにするものでした。当然、息子を生んだ嫁もそれに習います。
養老 孟司さんが、いろいろな著書で女性の立場の向上を語っているのですが、『唯脳論』という本に、現代社会は脳と構造がそっくりである、という内容があります。つまり、進化してきた人間の脳の中身と、同じように作られたのが現代社会であると。そして、脳と同じような構造の社会を作るのに、男性上位であるほうが何かと都合がいいらしいです。脳自身は人間の本能である妊娠や出産、子育てを計算に入れない方が進化しやすいのでしょう。
そんな説を読んだ時、現在の女性が置かれている立場が、不本意ながら妙に納得できるものになってしまいました。今の男性上位の社会は自分達の脳が選んだ方法だったのだと・・・

 
    
 
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