災害に対する国の姿勢が人の意識を変える
2007/07/25(Wed) Category : 世相・社会
新潟県中越沖地震の被災者の皆様には、心からお見舞い申し上げます。
連日の報道の中で、崩壊した家の撤去費用も自分持ちのため撤去さえままならないという話を聞き、これまでも災害報道に接するたびに感じてきたことを書いてみたい。
私たちは複雑な活断層の上に住んでいる。
国防という言葉を「市民の生活を守ること」とらえるならば、自然災害から市民を守ることも、この地震列島に住む上で立派な国防になるだろう。
その災害により、私たちの社会は試されている。
特に、地域の力を越えた大きな災害の場合、国の姿勢が試されている。
人に温かい社会なのか、人に厳しいだけの社会なのか。
私個人は、1993年7月12日の北海道南西沖地震による津波で甚大な被害を被った奥尻島の人々に対して、国が何の手助けもしないのを見たとき、あぁこれは国ではないなと感じた。
人の努力の及ばないところで、これまで営々と積み上げてきたものがペシャンと潰された。それに対してなしのつぶてだった。もう少し何かあってもいいだろうと感じた。
国に頼ることができず身内もバラバラとなれば、頼りは金しかない。これじゃあ、安心材料として金を使おうとせずタンスにしっかりとしまいこんで消費は冷え込むだろうと思ったが、案の定そうなった。
すると、今度はタンス預金をねらって老人狙いの悪徳業者がはびこり始めた…。
かように、災害時の国の姿勢は、人の心のあり方を変える。
不安の上に真っ当な経済は成り立たない。
結局今や、不安心理をあおることにより金を出させる不安経済真っ盛りだ。
人は必要に対して金を払う。
以前は「喜び」や「楽しみ」のために金を払っていた日本人は、
今や「不安」や「不信」を払拭するために金を払っているように思える。
不幸なお金の使い方だ…。
そういうお金の使い方をしている社会が、幸福なはずがない。
GDP,GDPと数字だけを追いかけていると、それが幸福なお金の使い方なのか、不幸なお金の使い方なのか、その質の違いは全く見えない。不幸なお金の使い方をしていても、経済は成長する。しかしそれは、不幸な社会に向かって成長していくだけなのだ…。
以前、昔よりも住みにくくなったというアンケート結果が新聞に出ていたが、実際、住みにくいでしょ?
お金を使えば使うほどに嫌な社会になっていくなんて、イヤでしょ?
この金を使うほどに不幸になっていくスパイラルを、お金が人を救いあう幸福のスパイラルに変えいかなければならない。
そのためには、日本人のお金の使い方を変えていくきっかけとなった事柄を見つめ、見直していく必要がある。
それは、自然災害や、事件、事故があったときの国の動き方である(今、JR福知山線脱線事故を検証しているのも、そういう意味がある)。
つまり、「政治」の見直しだ。
決定打を放ったのは、小泉首相だった。
「自己責任」
トップが言っては絶対に行けない言葉を、いとも簡単に、無責任に吐いてしまった。
個々人が「自己責任」で行動することを自分で肝に銘じるのは当たり前のことだ。
しかし、それをトップが言うということは、
「私は部下が問題を起こしたときに責任はもたないよ」
と突き放すことだ(アリエナ~イ)。
彼は、日本全国の上司に「無責任であってもよい」という「許可」を与えてしまった。
これでは、部下は萎縮してしまう。サントリーではないが、「やってみなはれ」と言える度量がなければ人は育たない。
育たないどころか、言われたとおりのことしかしない指示待ち人間ができあがってしまう。なぜなら、言うことを聞かない部下に対しては「自己責任!」と切って落とせるようになったからだ。上司に責任をとってもらうには、上司の言うとおりに動くしかない。
こうして、上の言うことには逆らえず、上の言うとおりに動くロボット人間ができあがってしまう。
つまり、上司に対して「無責任であってもよい」という「許可」を与えたということは、
同時に、部下に対しては「命令に逆らってはいけない」という「禁止令」を与えたことに他ならないのである。
こうして日本は、お上に逆らえない徹底した上意下達の風土が蔓延した。
こういう風土の中で、パワハラやセクハラがはびこり、失言大臣、恥ずかしい議員が続出したのである。
そして、圧倒的に弱くなった労働者がワークライフバランスに悩み、家庭を崩壊させてまで会社に使われるようになってしまった。
また、末端からフィードバックを受けない組織(つまり、下意上達のない組織)は、軌道修正ができずに激突し崩壊していく。
昨今、組織がコンプライアンスを守れず、自浄能力もなく、不祥事の連鎖を見せているのも、システムズアプローチの観点から見ると当たり前のことなのだ。
トップが決して使ってはならない「自己責任」という言葉。
その言葉が、この社会の安心と背骨を打ち砕き、「無責任な社会」へと変えていった。
社会を構成する大人の一人として、もはや黙っては見ていられないところに来ている。
連日の報道の中で、崩壊した家の撤去費用も自分持ちのため撤去さえままならないという話を聞き、これまでも災害報道に接するたびに感じてきたことを書いてみたい。
私たちは複雑な活断層の上に住んでいる。
国防という言葉を「市民の生活を守ること」とらえるならば、自然災害から市民を守ることも、この地震列島に住む上で立派な国防になるだろう。
その災害により、私たちの社会は試されている。
特に、地域の力を越えた大きな災害の場合、国の姿勢が試されている。
人に温かい社会なのか、人に厳しいだけの社会なのか。
私個人は、1993年7月12日の北海道南西沖地震による津波で甚大な被害を被った奥尻島の人々に対して、国が何の手助けもしないのを見たとき、あぁこれは国ではないなと感じた。
人の努力の及ばないところで、これまで営々と積み上げてきたものがペシャンと潰された。それに対してなしのつぶてだった。もう少し何かあってもいいだろうと感じた。
国に頼ることができず身内もバラバラとなれば、頼りは金しかない。これじゃあ、安心材料として金を使おうとせずタンスにしっかりとしまいこんで消費は冷え込むだろうと思ったが、案の定そうなった。
すると、今度はタンス預金をねらって老人狙いの悪徳業者がはびこり始めた…。
かように、災害時の国の姿勢は、人の心のあり方を変える。
不安の上に真っ当な経済は成り立たない。
結局今や、不安心理をあおることにより金を出させる不安経済真っ盛りだ。
人は必要に対して金を払う。
以前は「喜び」や「楽しみ」のために金を払っていた日本人は、
今や「不安」や「不信」を払拭するために金を払っているように思える。
不幸なお金の使い方だ…。
そういうお金の使い方をしている社会が、幸福なはずがない。
GDP,GDPと数字だけを追いかけていると、それが幸福なお金の使い方なのか、不幸なお金の使い方なのか、その質の違いは全く見えない。不幸なお金の使い方をしていても、経済は成長する。しかしそれは、不幸な社会に向かって成長していくだけなのだ…。
以前、昔よりも住みにくくなったというアンケート結果が新聞に出ていたが、実際、住みにくいでしょ?
お金を使えば使うほどに嫌な社会になっていくなんて、イヤでしょ?
この金を使うほどに不幸になっていくスパイラルを、お金が人を救いあう幸福のスパイラルに変えいかなければならない。
そのためには、日本人のお金の使い方を変えていくきっかけとなった事柄を見つめ、見直していく必要がある。
それは、自然災害や、事件、事故があったときの国の動き方である(今、JR福知山線脱線事故を検証しているのも、そういう意味がある)。
つまり、「政治」の見直しだ。
決定打を放ったのは、小泉首相だった。
「自己責任」
トップが言っては絶対に行けない言葉を、いとも簡単に、無責任に吐いてしまった。
個々人が「自己責任」で行動することを自分で肝に銘じるのは当たり前のことだ。
しかし、それをトップが言うということは、
「私は部下が問題を起こしたときに責任はもたないよ」
と突き放すことだ(アリエナ~イ)。
彼は、日本全国の上司に「無責任であってもよい」という「許可」を与えてしまった。
これでは、部下は萎縮してしまう。サントリーではないが、「やってみなはれ」と言える度量がなければ人は育たない。
育たないどころか、言われたとおりのことしかしない指示待ち人間ができあがってしまう。なぜなら、言うことを聞かない部下に対しては「自己責任!」と切って落とせるようになったからだ。上司に責任をとってもらうには、上司の言うとおりに動くしかない。
こうして、上の言うことには逆らえず、上の言うとおりに動くロボット人間ができあがってしまう。
つまり、上司に対して「無責任であってもよい」という「許可」を与えたということは、
同時に、部下に対しては「命令に逆らってはいけない」という「禁止令」を与えたことに他ならないのである。
こうして日本は、お上に逆らえない徹底した上意下達の風土が蔓延した。
こういう風土の中で、パワハラやセクハラがはびこり、失言大臣、恥ずかしい議員が続出したのである。
そして、圧倒的に弱くなった労働者がワークライフバランスに悩み、家庭を崩壊させてまで会社に使われるようになってしまった。
また、末端からフィードバックを受けない組織(つまり、下意上達のない組織)は、軌道修正ができずに激突し崩壊していく。
昨今、組織がコンプライアンスを守れず、自浄能力もなく、不祥事の連鎖を見せているのも、システムズアプローチの観点から見ると当たり前のことなのだ。
トップが決して使ってはならない「自己責任」という言葉。
その言葉が、この社会の安心と背骨を打ち砕き、「無責任な社会」へと変えていった。
社会を構成する大人の一人として、もはや黙っては見ていられないところに来ている。